ななしさんは体育館の端で座っていた。
すらりと長い足を持て余すように折り曲げ、それに白い腕を回す。
キュッキュッと足音が鳴り響くのを、ななしさんは目を閉じて聞いていた。
体育の授業はほとんど見学だ。
50分を何もせずに過ごすのは苦痛だから、体育は嫌いだった。
せめて教室にいさせてくれれば、その50分を有意義に使うこともできただろう。
しかし、体育館では難しい。
目を瞑っていると徐々に眠気が襲ってくる。
眠ってしまう方がよっぽど有意義な気がしてきたので、後ろの壁に背中を預けた。
「寝るなよ」
「まだ寝てない」
「これから寝るつもりだったんだろう」
ぐるぐると水族館の回遊魚のごとく走っていた人々の中から、1人はずれてやってきた赤司。
群れから飛び出るとは赤司らしい。
ぱちりと目を開けて見上げると、薄らと汗をかいた赤司の額が映った。
別に怒るでもなく、あえて言うなら呆れた笑み。
ななしさんは額からその口元へと視線を移した。
特に思うところもない。
話すことも見つからないので、とりあえず赤司を見ていた。
赤司はその視線に怪訝そうに目を細めて対応した。
「退屈か」
「楽しそうに見える?」
ちょっと嫌味っぽい言葉も、見えないな、と軽く返された。
会話は特にない、赤司も意味があってななしさんに声をかけたわけではなかった。
ただ、群れから離れて眠りにつこうとしていたその姿が気になっただけだ。
遠くから赤司を呼ぶ声が聞こえる。
これからバレーのゲームをするらしい。
「暇なら見ればいい」
「それ、寝るよりも有意義?」
「それはお前が決めることだろう、ななしさん」
赤司はそういって踵を返した。
その背中を眺めていたななしさんだが、そのうち飽きて目を閉じた。
試合を見るよりも寝ている方が有意義だという結論に至った。
だから目を閉じて、あたりの世界を遮断する姿勢に入る。
遠くからはしゃぐ女子の声と、キュッキュッという足音だけが最後までついてきた。