02.気高き獣
「ほんとななしさんって馬鹿ねえ」

という話を世間話程度に実渕に話したところ、このありさまだ。
馬鹿呼ばわりされた当人は、気にすることなくパックジュースのストローを咥えている。
膝の上にはコンビニのパンが一口かじられた状態で鎮座していた。

「そんなの、やるだけ無駄じゃない」
「うん、やってみてわかりました」
「本当に馬鹿ねえ」

実渕は心底呆れたような、しかしどこか優しい様子で馬鹿といった。
馬鹿ほど難しい言葉はない。
言い方、言う相手によってあんなに意味の変わる言葉を赤司は知らなかった。
机の上の弁当のご飯を食べつつ、2人の話に耳を傾ける。

赤司、ななしさん、実渕というメンツは意外と珍しくない。
明らかに実渕だけ場にそぐわないのだが、彼はなぜか赤司とななしさんのもとに訪れる。
曰く、なんとなくお世話をしたくなるとか。
それがななしさんのことを言っているのか赤司のことを言っているのか、はたまた両方なのか。
おそらく最後者が正解であろうと赤司は思っていた。

時折このメンツに、葉山が加わったりする。
ここに葉山が加わると、次に浮いてくるのがななしさんだ。

ななしさんはむろんバスケ部ではない、その上マネージャーですらない。
文武両道を謳う洛山では部活に入ることを強制されているからななしさんは文芸部に所属しているが、たぶん強制されていなければ入部などしなかっただろう。
というか文芸部自体、入部を希望しない人の集まりのような部だ。
ともかくバスケ部でもマネージャーでもないななしさんがここにいる原因は、間違いなく赤司だった。

赤司はななしさんのことを放っておけない。
それがなぜなのかはわかりかねる。
無駄なものを省き、いつでも最短距離を考えて動く赤司唯一のお荷物。
それがななしさんだった。

「というか、お前昼食はそれだけか」
「それが?」
「少ないだろう」
「そうでもない」

長く考えていたが、ななしさんが食事を終えたらしい様子だったので声をかけた。
夏の暑い時期だから夏バテになっているというのもあり得るにしろ、少ない。
女子の食事量に関しての知識はないにしろ、少ない。
前々から思っていたが、少ない。

そうでもないとケロリと言ってのけるななしさんの顔は白い。
その白さは軟弱さを孕みながらも美しい。
触れればそこから腐り落ちそうなほど。

ななしさんがきっぱりと答えたのを見た実渕が眉根をしかめていた。
実渕は赤司の視線に気づき、口を開く。

「赤司が正しいわ」
「もう少し食事に気を配れ」

赤司も実渕も、ななしさんを前にすると保護者になる。
見ているしかない、触れれば腐るから。
その儚さは危うくて、ただ美しい。

その美しい女は、整った眉を歪めて零した。

「強制される食事なんて御免よ。そんな状態で食べる食物なんてどんなに高級でも餌」

無気力なくせに、軸のぶれない人間は厄介だ。
ななしさんの言葉に最初に諦めたのは赤司だった。
説得力のある言葉だと思った、正論だ。
言い返す言葉がないので諦めた、きっと彼女は強制されても餌は口にしない。
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