さあさあ、と細い雨が降っていた。
あまりの湿気に赤司は目を細める。
梅雨の雨は長い。
もっと激しく短く降ってくれればすぐに忘れられる不快さも長く続く。
夕暮れ時、部活帰り。
多くの人間が通りを歩く、色とりどりの傘、ぶつかる雨音。
車で帰ったほうがよかったかもしれない。
通りの端で、見慣れない傘を見た。
ビニール傘や可愛らしいプリントの施された傘とは一線を駕した、無骨な傘。
柔らかさよりも固さが目立つ、番傘。
その傘の下にいるのは、##NAME2##家の従者だった。
珍しさから見入ってしまったせいか、目があった。
番傘は、多くの傘を縫うようにこちらに向かってくる。
「赤司様、お久しぶりでございます。お覚えでしょうか」
むしろ忘れる方が難しいと赤司は思った。
従者にあんなに適当な扱いを受けたのは、実は初めてだ。
「覚えていますよ。ななしさんのところの従者さんでしょう」
「はい。あの、先日は失礼いたしました」
「いいえ。事情はななしさんに聞きました」
街中で見ると、本当にどこに出もいそうな女だった。
自分よりも少々年上であるように見えるが、情けなく下がった眉やたれ目が幼い印象を与える。
この従者が赤司を長らく放置していた理由は、ななしさんから聞いた。
どんくさいところは何ともいえないが、あのことについては不問にするつもりだ。
赤司がその意味を込めて返答すると、芙蓉はそのたれ目を大きく見開いた。
「ななしさん様がおっしゃったのですか?ご自分のことを?」
「ええ。心臓病だとか…」
「…そうなのですか」
芙蓉は空いた左手の人差し指を唇に当てた。
本当に驚いているようだ。
家でランがどのような扱いなのか、暮らしぶりなのか、性格なのか。
それは赤司には分からないことだ。
しかし学校での生活ぶりを見るに、あまり自分のことを話したり理解してもらおうと思う気持ちは薄いように見える。
だから芙蓉は驚いているのだと赤司は思った。
「赤司様、どうかななしさん様の支えになってくださいませ。あの方、本当は寂しいのですよ。あと数年しかないのに、年相応のこともできずに…」
「…あと数年?」
芙蓉ははっとしたように、手で口を覆った。
どうやら口が滑ったらしい…いや、ななしさんが中途半端に嘘をついていたのだ。
心臓病は本当、しかし寿命について誤魔化していた。
そう思うのが妥当だった。
眼を泳がせる芙蓉に詰め寄る。
「どういうことです?」
「…あの、ななしさん様はこのことをお言い出なかったので…?」
「僕は“そう長くは生きられない”と聞きました。明確な時間は聞いていない」
あの子は曖昧な言い回しを使った。
考えてみれば、人がいつか死ぬのは当たり前だ。
その程度で、ないがしろにされるわけがない。
お飾りであっても当主はできる。
しかし、明確な時間が提示されているとしたら。
もう死刑日が発表されているとしたら。
それなら、妹たちが憤るのもわかる。
死ぬとわかっているのなら、当主の座にいるだけ邪魔だ。
その後始末は、次にそこに座る双子が請け負わなければならないのだから。
「わ、私が言っていいことなのか、わかりませんので、教えかねます」
「…その様子だと長くはないのですね」
「お願いします、赤司様。どうかななしさん様のお友達でいてください。本当に初めてなのです、ななしさん様のもとにお友達が来てくださるなど…その話をしたということは、信頼しているという意味だと思います」
本当にこの従者は馬鹿だ。
誰が、あと数年も生きられない人と仲良くなろうとするだろう。
仲良くなっても失ってしまうとわかっているのに、誰が情を移そうとするだろう。
失って悲しくなるのはこちらで、こんなに無駄なことはないのに。
誰がそんなお人よしなことをするだろう。
無駄だ、とそういったななしさんの穏やかな笑みが脳裏に浮かんだ。
少しだけ彼女の声が聴きたくなった。