08.隣人の逃走
次の日、ななしさんは遅刻ギリギリに教室にやってきた。
その直後、担任が来る…たぶん計算していたんだろうと思う。
今朝、さつきが楽しそうに「頑張ってね」といっていたのはこういうことか。
そう簡単にななしさんは捕まらないとそう言いたかったのだろう。

「はよ」
「…お前、ホントいい度胸してんな、おい」
「女は度胸っていうし」

俺の神経を逆撫でするように、いつも通りのあいさつをかましてきたななしさんに顔が引きつる。
いつも通り過ぎるやる気のない顔で、余裕ぶっているのがムカつく。
あと、後ろで声を殺して笑ってるさつき、覚えておけよ。

一時間目の英語を終えると、ななしさんは速攻で席を立った。
慌てて腕を掴もうと思ったが、長いカーディガンの袖をかすったのみで終わった。
ちなみに二時間目の後の休み時間では、そのカーディガンの袖を掴んだが、一瞬で脱いで逃げた。
脱皮というよりはトカゲの尻尾切によく似ていた。
さつきは爆笑していた。
ちなみに二回とも後を追ったものの、女子トイレに逃げ込まれて捕まえることはできなかった。

三時間目の間に作戦を考えた。
教室を出られたらこちらの負けだ、この教室のすぐ目の前がトイレだから勝てない。
ということは、何とかして教室から出さないようにしなければならない。
ななしさんよりも早く席を立ち、出入り口のどちらかを塞ぐ。
DFは苦手だが、ここは仕方がない。
座っている席から近いのは後ろのドア。
とりあえずそちらに焦点を絞りつつ、牽制する。

「っ…」
「逃がすか!」

号令と同時に身を翻したランが向かったのは、後ろのドア。
その前に立ち、行く手を阻む。
ななしさんは一瞬ひるみ動きを止めたが、すぐに身を翻した。
手を掴もうと伸ばした腕は空回り、しかしそのまま前のドアに通じる通路を塞ぐべくななしさんの右側に回る。

退路は絶った、どうする。
ななしさんの動きに注目していたが、完全に動きを止めた。
諦めたか…、と気を緩めたのが悪かった。

ななしさんは身をかがめ、俺の脇の下を通って素早く抜けていった。
どうやら油断させるのが目的で動きを止めたらしい。
スポーツでも時々あることだ、つまるところ、緩急をつけてきた。

「くっそ!まじかよ!」
「…青峰君、DFの練習もトレーニングに入れるね」

さつきの静かな声が後ろから聞こえてきた、確かに必要かもしれないな、それ。
そういえばあいつ、バスケもそこそこうまかったしな、オールラウンドプレーヤー系の素質はあるんだろ。
それにしても徐々に怒りを通り越してあきれてきた、そこまで逃げたいか。

しかし、次の休みは逃がさない。
次の休みは学校生活内で最も長い休み時間…昼休みだ。
何とかしてここまでには捕まえたかった、昼飯抜きはきついからな。
だが、ここまでくれば仕方ない。

幸いなことに四時間目は終了時間を守らないことに定評のある数学。
短い休み時間ではトイレに逃げ込まれて終了が多いが、人の増える昼休みはトイレに入るのも大変だ。
廊下も人が増えるため、小回りの利くななしさんでも逃げるのは難しい。
逆に俺は歩くだけで人がよけていくから問題ない。
捕まえるならこの時間だ。

数学の授業は予定通り、時間超過をした。
廊下からはすでに賑やかな話し声が聞こえる。
号令の声が試合開始のホイッスルだ。
今回こそ絶対に捕まえてやる。
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