07.隣人は女子
大ちゃんから根気強く事情を聞きだした私は、なんでこんなことになっているのだろうと頭を抱えたくなった。
ななしちゃんはとてもいい子だ。
人並み以上にいろいろできるとかそういうことではなく、根が優しい。

ちゃらんぽらんに見せているけど、本当はとても臆病で寂しがりやだってことを私は知っている。
ななしちゃんは大ちゃんの前と私の前とでは人が違う。
別にキャラを作っているとかぶりっこしてるとかそういうのではないことを、私はつい最近察した。



「ね、ななしちゃん。私のことも名前で呼んでよ」
「え?」

私はいつからか、前の席にいるななしさんさんのことをななしちゃんと呼ぶようになった。
別に大した意味はなく、時間の経過とともにそうしてもいいかなと思ったからそうした。
まあ友達関係なんてそんなものじゃないかなと思っていた。
だけど、ななしちゃんは違ったようで、いつまで私のことを桃井さん、と呼ぶ。

別に桃井さん、が悪いわけじゃない。
でもよそよそしくて、なんだかさみしくなった。
だから、思い切って頼んでみた。

ななしちゃんはちょっとだけ戸惑ったような顔をした。
大ちゃんの前ではこんな顔しないけど、私の前だとよくする。
困ったような、ちょっと怖がっているような。

「さつき、ちゃん?」
「そうそう。さつきでいいよ!私もななしって呼ぶから!」
「ああ…うん、わかった」

ぎこちなく笑う姿は、ちょっとだけ不安をあおる。
大丈夫、きっと仲良くなれるとその時は思った。

それ以来、ななしは私の名前を極力呼ばなくなってしまった。


ななしは人と一線を置く性質にあるらしいということはなんとなくわかっていた。
その一線がどこにあるのか、それがちょっと掴みづらかったというのが言い訳だ。
ちょっと押しつけがましかったのかもしれない。
でも、ななしのことがなんとなく心配だった。

「さつき、よくあの子と話す気になるよね」
「全然話してくれないし、つまらないじゃん?」

大ちゃんがよく、女はめんどくさいというけど、まさにそれ。
私は苦笑を浮かべながら、クラスメイトの女子の話に耳を傾ける。
噂も立派な情報だ、だからちょっと下らないなと思うような話でも聞きに行く。
今日はお昼ご飯を彼女たちと食べることになっていた。

いつもは恋バナばかりの彼女たちだけど、今日の話題はななしについてだった。
どうも私が構っているのが気になるらしい。

「そうでもないよ。ななしは引っ込み思案なだけだと思う」
「の、割に青峰くんとはよく話すよねえ」
「確かに!隣だからっていうレベルじゃないよね」

ななしは確かに大ちゃんとよく話す。
大ちゃんもななしと話すのは好きみたいで、結構冗談を言い合ったり、楽しそうにしている。
バスケでちょっとあってからいつもつまらなそうにしていたから大ちゃんが楽しそうだから、私は内心ななしに感謝していた。
事情を知る人間やバスケをしている人ではこういう風にはできなかっただろう。

だから彼女たちがななしのことをよく思っていないことは不安だった。
ななしは他の女子と仲良くしようという気がないと思う。
用事がない限りはなさないし、せいぜい挨拶を返す程度。
大ちゃんの隣にいるときが例外なだけで、一般的に見ればななしは暗く引っ込み思案な子に見える。

大ちゃんだけの前で姿が変わるというのは、あまりいいようには見えない。
女子から見れば、それはどんな事情があろうともぶりっ子に見えるのだ。
それをよく思わない人はたくさんいる。
何かきっかけがあれば、ななしは叩かれてしまうだろう。
私はそれが不安だった。

だからこそ、私は何とかしてななしと仲良くなろうとしていた。

「お前、ばっかじゃねーの?」

何とかしてななしと仲良くなりたいという旨を、一番仲がいい大ちゃんに話したら、これだ。
むっとして、馬鹿って何よ、とぶっきらぼうに聞き返した。
大ちゃんは分からないと思うけど、女子って本当に怖いんだからね。

「ななしはそう言うのが嫌いなんだよ」
「どういうこと?」
「そういう、なんていうんだ?計画的な感じとか、…そうだ、あれだ。打算的。そういうのが好きじゃねーんだろ」

打算的、確かにそうだ。
結局のところ、私はななしと本当に親友になりたいとかそういう意味で近づいているわけではなかった。
私は大ちゃんに笑っていてほしくて、ななしを利用していたんだ。

ななしは、それになんとなく気づいていたのだろうと思う。
だから避けていたのか。

「…ありがと、大ちゃん。私、ななしと話してくる」
「おー」

やる気なさげな声を背中に受けて、私はななしを探しに行った。
…のだけど、見つからない。

大ちゃんに心当たりはないかとメールをしてみると、今一緒にいるとのこと。
場所は図書資料室…図書室の隣の倉庫みたいな場所だ。
なんで大ちゃんはななしを見つけられるんだろう。

資料室では、ななしは読書をしていた。
大ちゃんはその隣で本を枕に寝転がっている。
開いた扉を見て、ななしは目を丸くして驚いていた。

「桃井さん」

やっぱりななしは私のことを名前で呼んではくれない。
だけど、それが今の私とななしとの距離なんだろうと思う。

ななしは私を驚いたように見ていたが、そのあと、すぐに大ちゃんに目をやった。
何か言いたげだったが、結局何も言わずにこちらに向き直る。

「青峰に用事?」
「ううん。今日はななしに用事なの…隣、いい?」

ななしはあっさりと頷いてくれた。
もっと嫌がられるかなと思ったけど、そうでもないみたいだ。

ななしの隣はいつも大ちゃんがいる。
大ちゃんは寝転がったままだから、その反対に座った。

「あのね…あの、ごめんね。私、ななしと仲良くなりたいとか言ってたけど、私、ななしのこと利用してた」
「うん」
「だから、ごめん。でも、私、本当にななしと仲良くなりたいと思っているの」
「うん」

ななしはこちらを見ない。
手に持った本に目を落としたまま、小さく頷くだけだ。
これ以上、私が言えることはなかったから黙っていた。
重い沈黙が資料室に落ちる。
その中でも大ちゃんはのんきに寝ていて、ちょっとムカついた。

少しして、ようやくななしが口を開いてくれた。
目線は落としたまま、ただ声だけがこちらに届く。

「私、あまり人付き合いが好きじゃないの。青峰は…まあ、例外だけど。だから、仲良くしようと思って仲よくできるわけじゃないと思う」
「そう、だよね…」

友達ってなろうと思ってなるものじゃないのかもしれないなとは思う。
意識して作った友達は果たして、本当の友達といえるのか。
そこから本当の友達になれるかもしれない。
だけど、そこにはいつまでも意識が残り続ける。
ななしはそれをよくわかっているようだった。

ななしは私のことを迷惑だと思っていたのかもしれない。
うっとおしいと思っていて、でも言えずにいたのかもしれない。


「さつきちゃんが優しいのはわかってるから。無理しないでほしいってことだけ」

これは、どうとればいいのだろう。
心配してくれているのか、それとも遠回しに近寄るなといっているのか。
私が戸惑っていると、反対隣の大ちゃんが起き上がった。

「女ってめんどくせーな。ってかななしさん、頭いいんだからもっといい言い方できんだろ」
「んー」
「つまりだ、さつき。こいつが言いたいのは、友達になろうとしていろいろ考え過ぎんなってことだ。だろ?」
「大体は。加えるなら気を使わないでほしいってこと」

ななしちゃんは言葉をつづけた。
曰く、自分がクラスメイトに嫌われていることはわかっている、わかっていて放置している。
何かしてきたら対応を考えるが、今のところ問題にするようなことはされていない。
だから私はこのままでいいと思っている。
さつきちゃんが心配してくれるのは嬉しいが、申し訳ないから気にしないでいい。
そんな感じのことだった。

「そっか。わかった!でも、私はもっとななしと仲良くなりたいと思うんだ!大ちゃん抜きでね!」
「それは…どうぞ、お好きに」

ななしは苦笑を零しながら、そういった。
先ほどまでの重かった雰囲気が、あっという間にほんわかとした軽いものになる。
その感覚にほっとして、肩の力を抜いた。

今日はここでのんびりしようかな、と思っていると、今まで静かに話を聞いていた大ちゃんが気だるげにななしに問いかけた。

「そういや、お前なんで俺が例外なんだよ」
「それ、聞いちゃう?」

ななしは大ちゃんを見上げて、眉根を潜めた。
どうも聞かれたくないようなことだったらしい。
大ちゃんは不機嫌そうなななしを見ながらも、おう、と返した。

ななしは少し考えた風に俯いていた。
そして、ちらりと私のほうを見る。

「私、本当に引っ込み思案で、人見知りが激しいから春が嫌いなの。入学式とか新しいクラスとかそう言うのがすっごく億劫で、怖いと思ってて。入学式の前日、ストレスで一睡もできなかったの…」
「あれか、遠足を楽しみにしすぎて寝れない小学生の逆バージョンか」
「…そんなとこ」
「そんなくだらないことのために俺が犠牲になったのかよ…」
「悪いとは思ってるよ」

2人が何のことについて話しているのか、私にはわからなかった。
だけど、傍目から2人を見ていると、とても仲がよさそうに見える。
教室内ではおふざけみたいなじゃれ合いみたいな感じで話しているけど、今はちょっと違う。
もう本当に自然で、姉弟みたいな感じでもあり。
あれ、これって、と下種な勘繰りをしたくなるくらいにはいい感じだった。

大ちゃんはあまり女子に構う人じゃない。
万年ガキ大将みたいな人だから、女子に切れることだって少なくない。
だけど、ななしに対してはそんなことはないようだ。

「そんなことがあったけど、なんだかなんだで青峰が優しいから、例外」
「そーかい」

話の流れ的に、ななしは何か大ちゃんに迷惑をかけたらしい、しかも入学式で。
何があったのか私には分からないが、2人は意外と信頼し合っているように見える。

話は終わったらしい、大ちゃんは元通り、ななしの隣で寝転がった。
ななしは本を開きだして、ちらとこちらを見た。
どうするの?と聞かれているような気がしたので、邪魔者は退散することにした。

ちょっとだけ、ななしに嫉妬心を抱いたのは秘密だ。



…嫌なことまで思い出してしまった。
とにかく、ななしはいろいろ考えすぎている。
ななしが思っているほど青峰は頭がよくないし、気もまわらない。
だから好きなだけ頼ってもいいだろうし、気を使う必要もそんなにない。

「とにかく、あんまりななしを追い詰めないでよ、大ちゃん」
「知るか」

大丈夫かな…さすがに大ちゃんもわかってくれているとは思うんだけど。
でもななしもななしだ、大ちゃんから早々に逃げきれるわけがない。
なんだかんだ言ってはいるけど、大ちゃんはななしを気に入っているようだし。

今日逃げられたからといって、明日休まない限り逃げきれない。
朝はギリギリに来るとしても、休み時間に追い詰められるだろう。
きっとななしは頭を使って逃げようとするんだろうけど、大ちゃんは追いかけっこが昔から得意だ。
ただ、ななしも足は速いし持久力はある、逃げるのはきっと得意だろう。

不謹慎だけど、ちょっとどうなるのか楽しみだ。
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