06.隣人の思惑
学校が始まって、相変わらず隣にはななしさんがいる。
いつも通りだ、変わりない。

「はよ」
「おー」

やる気のない挨拶も、直りきっていない寝癖も、気だるげに細められた目も、何一つ変わっていない。
こいつ本当に試合見に来たんだかな。
さつきは誘ったといっていたし、もしかしたら来てなかったのかもしれない。

「なあ、今日の英語のテスト。どこでる?」
「その情報はメロンパン一つ分ですー」
「たけえな、おい」
「安いでしょ。情報化社会において、他者の成績に影響を及ぼすだけでなくそれにより自分の成績にも影響が出る可能性がある情報をたかが120円のメロンパンで買えるんだから」

ななしさんはつらつらとなんか言っていたが、まあつまりはメロンパンを寄越せってことだ。
本当にこいつ、メロンパン好きだな。
とりあえず昼前にメロンパンを買ってくると約束して、教えてもらった。
ちなみにななしさんの予想の的中確率は8割だ、確かに120円なら安いかもしれない。

ななしさんは自分のノートを開き、俺のノートに書き込みをしていった。
例文とその答えらしきものだ、俺は書いていなかったそれを、ななしさんはしっかりと書いていたらしい。
それから教科書にアンダーラインを引く。

「これくらいかな。これを覚えておけば赤点は回避できると思う。あ、それから、これね、暗記して」
「おーサンキュ。ってか多いな」
「うん。ま、頑張って」

ななしさんはそれだけ言うと、ノートを机の中に仕舞ってから机に突っ伏せた。
どうやら朝から寝るらしい。
のんきなものだと思いつつ、俺はノートを眺めた。


「青峰、お前どうした?」
「は?なんすか」
「74点だ。よく頑張ったじゃないか」

英語のテストが帰ってきた。
まあ手ごたえはあったから赤点は回避しただろうなあと思ってはいた。
だが、返されたテストは74点。
赤点回避どころか、平均点を超えている。

今までななしさんは、毎度毎度赤点回避スレスレの点数が取れるように、最低限のことしか教えてこなかった。
だが、今回はいつもよりも教える範囲を広げていたらしい。
ななしさん様様だが、素直に喜べないのはなんでだ。

赤い字で74と書かれたテストを手に、席に戻った。
相変わらず隣ではななしさんが寝ている。
テストは返されていて、そこには98点と書かれていた。
俺との差は24点、縮んだな。

「おい、ななしさん」
「…なに?」
「めっちゃいい点とれたんだけど」
「よかったじゃん」

いや、確かによかった。
だがなぜ。
今まで1年間変わらなかったのに、今になってどうして。
一緒に喜ぶわけでもない、ただ無気力に無感情に、よかったというななしさん。
なんだか馬鹿みたいに腹が立った。

ななしさんは全部わかってたんだ、俺がいい点とれるってわかってた。
というかそういう風に仕込んだ。
なんでだ、イライラする。
俺の知らないところでななしさんが何を考えているのか分からない。

でも、何も言えずにいた。
ななしさんはななしさんなりに考えがあってやっているに違いない。
アホの皮被った狐みたいなやつだから、何かたくらんでいるに違いない。
そのたくらみが何なのか、わかるまでは下手なことは言わないほうがいい。
それが馬鹿な俺の賢明な判断だった。

そして、そのたくらみがわかったのは放課後だ。

「あれ、大ちゃん!英語、赤点じゃなかったの!?」
「おう…ってか人少なくね?」
「今日の英語のテスト、引っ掛けがあったの。みんなそれに引っかかって赤点。しかも、先生、今回赤点の点数引き上げてたから大勢引っかかったのよ。まさか大ちゃんが回避してるなんて…ななしちゃんのおかげね」

さつきの言うには、あの英語教師はテストに出るととある授業でいい、そのあとそれは嘘だと翻したらしい。
翻したときに寝ていた不届きものたちは全員赤点。
また、不勉強な輩を蹴落とすために赤点のボーダーを引き上げた。
来年から2年だから気を引き締めていけということを伝えたかったらしいが、とんでもない。
体育館にいる1年は数えるほどしかいない。

赤点が出れば、部活動は当分出席停止。
だから皆、気合を入れて勉強するのだ。
それでも今回はこれだけの人間しか残らなかった。
ななしさんはどう考えても計算を間違っていた、あれは120円の情報なんかじゃない。
本当なら、その10倍くらいは出したっていいって言いうやつもいるレベルだろう。

ななしさんのたくらみがようやく分かった。
やっぱりあいつは、あの試合を見ていたんだ。

「大ちゃん?」
「さつき、ななしさんはあの試合を見てたんだな。だからこんな舐めたマネしやがった…!」

応援するなら、堂々としろ。
こんなクソみたいな根回しされるくらいなら、あの貧相な身体を見ることになってもチアリーディングしてもらった方がましだ。

「ななしさんは今日も部活だな?」
「た、たぶんそうじゃない?赤点回避は絶対してると思うし…それに料理部のみんなはかなり真面目だから、こんなことにはなってないと思うけど…どうしたの?」
「言わねえと気が済まねえよ、クソが」

え、え、と言葉にならない声を出しているさつきを無視して、学ランを肩に引っ掛けた。
目指すのは調理室、ななしさんに一言言わないと気が済まない。

…と思ったのだが、あいつは本当に頭がいい。
頭のいい馬鹿だ、腹が立つくらいに。

「ななしちゃん、赤点で補習中なの。珍しいよね」
「え、ななしちゃんが?」
「そそ。だから差し入れでも作ってあげようかなってみんなで話してたの。…それがどうかしたの?」

一緒についてきたさつきが調理室に入って、ななしさんがどこにいるのかを聞いた。
殺気立っている俺が中に入ったら大変なことになると思ったらしい。
廊下で待機しているとそんな話声が聞こえてきて、もう怒りのボルテージを振り切っている。

ななしさんは俺が気付くのも見越して、わざと赤点を取った。
補習をしていれば、かならず教師の傍にいることができる。
さすがの俺もそこまでは乗り込んでこないとそう考えたのだろう。

「大ちゃん!ちょっと待って!」

馬鹿が、乗り込んでやる。
さつきの制止を振り切って、補習室に辿り着いた。
中からは英語教師の流暢な英語が聞こえる、腹が立った。

「あ、青峰!なんでここにいるんだ、お前は赤点じゃ…」
「ななしさんはどこだ」
「?…ななしさんは帰ったぞ。あいつは優秀だからな。補習なんて受ける必要は本来ない」
「あん?どういうことだ」

前のドアを開けて教室内を見渡したが、ななしさんの姿はなかった。
驚いた顔の英語教師は怪訝そうにこちらを見ているし、教室内の空気は凍った。
さつきが慌てて謝って、俺を引っ張って教室から引きずり出した。

そして携帯の画面をこちらにつきつけた。

「んだよ…」
「この補習、人が多いから最初にテストをしてそれに受かった人は帰ったって。だからななしちゃんはいない。…本当にどうしちゃったの、大ちゃん」

さつきが心配そうにこちらを見ている。
事情を話すか迷ったが、面倒だったからやめた。
あとななしさんを追うのも諦めた。
補習が始まってもう1時間近くが経っている。
最初にテストをしたということは、ななしさんはとっくに学校を出ているだろう。

本当に腹が立つ。
この行き場を失った怒りをどこにぶつけるか。
バスケか、そんなバスケ、俺はしたくない。
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