冬のくそ寒い日。
私はバスケの試合を見に来ていた。
夏以来、久しぶりに見る。
夏はまあいろいろあった。
青峰はずっとつまらなそうだった。
私もつまらなかった。
冬。
悴む指を絡めているのは。
寒さのせいじゃない、ただ治まらない震えを止めるために。
「青峰…」
今まで見た青峰の中で一番本気だ。
楽しそうだったし、真面目だった。
試合が終わった後の顔は、憑き物が落ちたみたいな感じだった。
ああよかったな、って私も思えるくらい。
私はバスケを知らないし、青峰の中学時代のことも知らない。
桃井さんみたいにずっと青峰のこと見てきたわけじゃない。
私はただの青峰のお隣さんで、都合のいい遊び相手。
「もう、いらないかもね」
青峰の都合はついた。
きっと彼はこれから自分のやりたいことに向かって真っすぐに進むことだろう。
目標さえあれば、青峰はいくらだって前に進もうとする。
私が引き止める必要なんてないし、というか、私じゃあ止められないだろう。
私はその後姿を見送るだけだ。
テツに負けた。
それは久しぶりに感じた悔しさだった。
身体を包む気持ちいい疲労感も、身を焦がすような悔しさも、漲る闘争心も、すべて戻ってきた。
中学時代の感覚が戻ってきたのを、全身でかみしめていた。
動きたい、いくらでもバスケがしたい。
「あ、買い物に行くならななしさんさんも誘おうよ」
「あ?なんでそこでななしさんが出てくんだよ」
「あれ、言ってなかった?今日、見に来てたんだよ。ってか夏から見に来てるけど」
「は!?」
ふざけんな、初耳だ。
寝転がっていた上半身を思い切り起こして、さつきに詰め寄る。
さつきは戸惑ったように視線を泳がせた。
完全に言い忘れてたんだろ、こいつ。
「来てたのか、あいつ…」
「電話してみなよ、まだ近くにいるはずだし」
「…あー、いいわ。やめとく」
あー、と気の抜けた声だけが口から漏れる。
負け試合みせるとか恥ずかしすぎるだろ…、夏はともかく。
いや、夏もありゃ舐めてた。
今思えば自分に酔ってくそみたいな試合してた。
それをななしさんに見られたって、絶対やばい。
どうすんだよ、明日から。
あいつ隣にいるんだぞ、なんて声かければ。
「知らなかったことにする」
「え?何で」
「…恥ずかしいだろ、負けたの。話持ち出されたら気まずすぎる」
さつきは何とも言えない顔をしていた。
これはたぶん、言いたいことがあるけど言いづらいって感じだな。
しばらく黙っていたが、さつきが口を開いた。
「…大ちゃんさ、ななしさんさんのこと好きなの?」
「あん!?ねーよ!なんでそうなる!!」
「だって大ちゃん今までそんなこと気にしたことないよ。中学の時もさ、女子にどう思われるとかぜんっぜん考えてなかったじゃん」
唐突な発言にいろいろといいたくなった。
いやいや、ねーよ。
あいつ全然巨乳じゃねーし、好みじゃない。
確かに一緒にいて楽しいだとかそういうのはある。
だがそんなもん、他の奴らと同じだろ。
…今はいないけど、テツや黄瀬と同じだ。
それが偶然女だったってだけだ。
だが自分でも驚くぐらい、でかい声がでた。
そんなムキになって反論することかよ。
「ふぅん?じゃあ、ななしさんさんが他の男の隣にいてもいいんだ」
「別にいいだろ。偶然前期、後期で隣にいるだけだ」
なぜかうちのクラスは席替えが年に2回だけだ。
何度も席を移動すると集中力に支障が出るという担任の意見によるが、んなもんで切れる集中力なんてくそくらえだ。
まあ、その席替えで場所は変わったものの隣のやつが変わらなかった、それだけだ。
1年ずっと隣にいたが、まあいなくても変わらないだろ。
さつきはまだ言い足りないような顔をしたが、話はそこで終わった。
「あーいたいた!お前!いい加減にしろよ!」
「んだよ…若松か」
「先輩をつけようね、大ちゃん」
文句を言われながらも、さつきに手を引かれたので立ち上がった。
ぎゃんぎゃん騒いでる若松が言うには、自分が主将になったからいうこと聞け!だった。
来年から今吉の位置に若松が立つらしい…大丈夫かよ。
たぶん、俺を言い包めるために今から頑張って先輩面してんだろうな。
面倒くさいことこの上ないが、まあいいか。
ちょっとだけ何かに後ろ髪を引かれるような気がしたが、振り返らずに歩き出した。