04.隣人とお遊び
ななしさんは日陰に入って、おもむろにワイシャツのボタンを第三まで開ける。
白く華奢なデコルテがワイシャツの襟から見えていた。
そして、スカートのホックを取り、チャックを開ける。

「ってお前何してんだよ。俺別にお前と乱交しにきたんじゃねーよ」
「何考えてんの、エロガッパ。制服のままで身体動かそうとする馬鹿は青峰くらいだよ」

きつい一言とともに、スカートが膝下まで降りる。
…こいつはスカートの下にハーフパンツを履く派の女だった、腹立たしい。
スカート長めだなとは思っていたが、裾を折ったハーフパンツを忍ばせていたとは、邪道。

着ていたワイシャツの上から、体育着を被る。
そしてもぞもぞとその中で動いて、器用にワイシャツだけを取り出した。
女子の生着替えだというのに、まったく興奮しない。

「これでよし。ボールは?」
「ある」

ボールはあらかじめ持ってきた。
体育館裏には誰が設置したかもわからないオンボロのゴールとフィールドがある。
それは出来損ないのストバスのフィールドに近かった。
それでもまあ身体を動かす程度ならもってこいだ。

ななしさんはのんきにストレッチをしている。
その様子は完全に運動をしている人のそれだ。

「よし、じゃあやろう。ミニゲーム…は辛そうだけど」
「やろうぜ、ミニゲーム」
「辛いって言ってんじゃん。話聞け」

というか2人しかいないのに、1on1以外に何ができるんだよ。
まさか基礎練みたいなことをするとか言い出さないよな。
というか言いだしたら速攻で却下する。

ななしさんははあ、と大げさにため息をついた。
最近、こいつとの付き合いで分かったことがある。
押しに弱い。

「基礎練なんてしたかねーぞ」
「体育の授業をもう一回やるのは私も嫌。まーいっか。殺さない程度にやってね」

結局のところ俺は手加減を強いられている。
まあ、男女の差とか部活の差とかいろいろあるから当たり前だ。
ななしさんは軽くドリブルをして見せた。
その様子を見るに、少々期待してもよさそうだ。

審判もベンチも外野もない。
静かなミニゲームが始まった。




結論から言えば、俺が勝った。
少々手加減はしたが、さつきのいう通り女子にしてはうまい。
ドリブルもシュートも、その辺のストバス野郎どもと同等くらいの力がある。

そして、一番思ったのは。
ななしさんはバスケだけでなく、他の競技もこれくらいのレベルなのだろうということ。
つまるところ、ななしさんの強みはその基礎能力の高さにあった。
運動神経がいいってしまえばそれまでだが、俊敏さや女ならではの柔軟性、広い視野、冷静な判断。
それらもすべて兼ね備えている。
スポーツをしていないのが謎なくらい、できる。

「ななしさん、お前なんでスポーツしねーの?」
「っは…あー、逆に聞くけど、青峰は、なんでバスケなの?って、聞かれたらどう答える?」
「…それは」
「素直じゃないな。まあ、簡単に言えば、別にスポーツが好きなわけじゃ、ないから」

ななしさんはまだ荒い息を整えている。
途切れ途切れの言葉の中に、ナイフが仕込まれていた。

なんでバスケなの?の答え。
きっと2年くらい前なら即答できた、好きだから、と。
だが今はそういえない、そういえないような状況にある。

一瞬黙り込んだ俺を見たななしさんは、呆れたような顔をした。
その顔にちょっとむっとした、こいつ俺が答えないとわかって質問したな。

ななしさんがスポーツをしない理由は、好きではないから。
まあ妥当な答えだ。
いくら能力を持っていたって、やる気がない奴はお呼びでない。
今の俺みたいに。

「身体を動かすのは好きだけどね。強いられたくないから、趣味程度で十分」
「なるほどな。そりゃ楽でいい」
「でしょ?でもきっと青峰はこれじゃあ満足できないよ」

ななしさんはヘラリと笑ってそういった。
いったいこいつは俺の何を知っているのか。
だが、なんとなくななしさんのいったことが正しいのはわかっている。

ようやく呼吸が落ち着いてきたらしいななしさんは、大きく息をした。
深呼吸をして、立ち上がり、伸びをする。

「あー楽しかった!」
「そりゃよかったな」
「青峰は楽しくなかった?」
「そんなことねーよ」

全くよく笑うやつだ。
普段は眠そうにしているか、退屈そうにしているかなのに。
身体を動かすことが好き、というのは本当らしい。
まるで別人のような姿に少しだけ戸惑った。

楽しくなかった?と小首を傾げられて、ちょっと悲しそうにするものだから困る。
そんなところばっかり女になりやがって、狡い。
実際、まあ楽しかった。
楽しい!というには程遠いが、ゆるっと楽しめた。
これはこれでいいと俺は思う。
というか、今俺が求めているものはこれだと思えた。

本気にならなくて済む場所。
好きなときに、好きなだけできるバスケ。
本気のバスケはもちろん好きだが、これも悪くない。

「よかった。私だけ楽しんでたなんて悲しいから」

一緒に楽しめてたならよかった。
なんとなく、優しい言葉に思えた。
一緒という言葉を聞いたのは久しぶりだ。
個人プレイが多くなっていたこの頃は聞かない言葉。

なるほど、わかった。
俺が今日楽しいと思えたのは、ななしさんが一緒だったからか。
誰か一緒に遊んでくれるやつが欲しかったのか、俺は。

それは過去、テツがいた場所で。
黄瀬がいた場所で、さつきがいた場所で。
今はななしさんがいる。

「あちー…着替えんのめんど。家庭科室冷房きいてるといいなあ」
「家庭科室、くそ暑かったぞ」
「煮込み料理だからね、今日は。たぶん冷房はつけてるけど、効かないんだよ」

体育着の襟首を掴んで、バタバタしている。
それで空気が取り込めるかといえば微妙なところ。
米神に伝った汗が、開かれた襟首に落ちたのを見た。

あーとかうーとか言いながら、冷めやらぬ熱を持て余している。
こっちまで暑い。

「いい時間だね、青峰。もうできるころだと思うよ、ロールキャベツ」

こんなに暑いのに、食べるのはロールキャベツだっていうのが笑える。
いや笑えない。
prev next bkm
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -