02.隣人は邪道
黙っていればななしさんは可愛い部類に入る。
長い黒髪は触り心地良さそうだし、肌は白くて柔らかそうだし。
目鼻立ちはハッキリしていて、パッチリした目をしている。
身長は低めで身体自体は少々貧相だが、それをカバーするだけの容貌を持ち合わせている。

こういった美人に限って、口を開くととんでもなかったりする。
それが俺の経験則で、いまだ外れた事はない。

「青峰、ひとくちちょうだい」
「・・・お前さ、本当に年頃の女?」
「そういう青峰は思春期真っ盛りみたいだね。いいからよこせ」

昼休み。
特に意味はないが教室で昼食をとっていた。
後ろの桃井と俺と、何故かななしさん。
まあ隣の席だし、どちらかが席を外さない限りは顔をあわせる。
ななしさんは普段から教室で昼食を取っているようだし、今日のイレギュラーは俺のほうだろう。

だからといって、この扱いは何だ。
俺の手にある新作のメロンクリームぱん。
それをななしさんは狙っている。

「何でだよ。買ってこいよ」
「一つはいらない」
「んだよ・・・あーもう、分かった分かった。やるって。ほら」
「ありがと。お礼に私のカニさんウインナーあげる」
「おお、そこんとこはちゃんとしてるな」

意外とギブアンドテイクを大切にしているようだ。
ななしさんにパンを手渡すと、小さく一口噛み付いた。
俺はななしさんの弁当箱から赤いカニ形・・・なのかよく分からないウインナーを貰った。
味はただのウインナーだが、クリームの後の塩気としてはちょうどいい。

ななしさんは本当に一口で満足だったらしく、パンをこちらに付き返した。
というかどこを齧ったのか分からないくらいしか食べてない。
女子の一口は本当に小さいものだと感じた。

「ななしさんさんのお弁当っていつも可愛いよね。お母さんが作ってるの?」
「ありがと。自作だよ」

この若干間接キスっぽい何かの感傷に浸っている俺の後ろの桃井がここでようやく会話に参加してきた。
おしゃべりで可愛い女が好きな桃井にしては、珍しく消極的であったように思える。

にしても、弁当を自作とはなかなかの女子力。
桃井とは大違いだ。
ななしさんが一口食べたあとのメロンクリームパンを食べつつ、その様子を見守った。

「え、すごい!料理上手なんだ」
「上手かどうかは分からないけど・・・」
「お菓子とかも作るの?」

桃井の料理は核兵器だからな。
ななしさんの料理上手がうつってくれれば諸手をあげて喜ぶのだが。
まあなかなかそうも行かないだろう、誰が教えても核兵器のままだったから。

メロンクリームパンを食べ終えた。
感想としては少々甘すぎる。
2個目のパンに手を伸ばしたついでに、ななしさんの弁当を見た。
先ほど食べたカニさんウインナーと玉子焼き、それからきんぴら、照り焼き。
小さなタッパーにはプチトマト、あとはおにぎり。
全体的に量は少ないが、バランスの取れた食事に見える。
というか、色合いがいいので見栄えもいい。

料理は見た目も重要だなと桃井の作る黒い炭を思い出しつつ、しみじみと感じた。

「作るよ。ときどき。甘いもの好きだから」
「すごいね!羨ましいなあ」

ズボラそうなななしさんだが、意外と家庭的だ。
というか女子だ。

話を聞いていて、一つ気づいた事がある。
ななしさんは話している最中、食事をしないタイプのようだ。
桃井は時折おにぎりに口をつけたりしているが、ななしさんは一切それがない。
つまることろ、桃井を止めないとこいつは昼食を食べ損ねる。

「おい桃井、今日の部活何すんだ」
「え、青峰くん、出てくれるの?」

桃井との話題なんてバスケくらいしかなかった。
非常に不本意ではあるが、今日は部活に出ることになりそうだ。

ななしさんはようやく弁当に手を付け始めたようだった。
視界の端で、小さな赤い箸を手にする姿が見えた。

「青峰、これあげる」
「お、玉子焼き」

こちらの話の最中に、ななしさんはタッパーのフタに玉子焼きを乗せてよこした。
先ほどのお礼とでもいうのだろうか。
桃井に話し掛けられないように気をつけているようで、それだけ言うとすぐに弁当に目を落とした。

ありがたく玉子焼きを貰った俺だが、一つ言わせて欲しい。
甘い玉子焼きは邪道だ。
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