01.隣人はねこ
目の前に開かれたノートにはバスケのコートが描かれている。
ちなみに授業は英語。
別にそこまで苦手ではないから、授業は片手間に。
必要なのは次の試合のーーー

「・・・桃井、青峰とななしさん、たたき起こせ」
「はあい」

黙々と作業をしていたのだけど、目の前に突っ伏した2人のせいで意識が浮上した。
麗らかな日差しの入った教室。
窓際の後ろから二番目なんて眠くなるに決まってる。
私だって眠い。
だからってこんな堂々と寝るなんて。

「青峰くーん、ななしさんさん、起きて」
「・・・んだよ」
「胡蝶さん、ななしさんさん」

こうして目の前の2人組みを起こすのは何度目だろう。
入学してたった1ヶ月。
まだ1ヶ月しか経っていないというのに、この2人はどこまでも自由だ。
大ちゃんはまだいい、何となく分かっていた。

だが、大ちゃんの隣に座る少女は想定外。
おとなしそうな見た目とは相反して、かなり挑戦的だ。
毎回、大ちゃんが先に起きる。
・・・ななしさんさんは大ちゃんよりも寝ぼすけだ。

「おい、ななしさん。お前なんで俺を差し置いて寝てんだよ、起きろ」

先に目覚めた大ちゃんが、乱暴にななしさんさんを揺さぶる。
女子に対してその扱いはいかがなものかと思う。
けど、これくらいしないと起きないのだから仕方がない。
結んでいない長い髪は、大ちゃんの手によってボサボサに乱されてしまった。

そうして、ようやくななしさんさんは起きる。
けだるげに細められた目が、大ちゃんを見た。

「・・・はよ」
「はよ、じゃねえよ。馬鹿」
「青峰に言われたくない。万年ドベ」
「ああ?」

寝起きだからか少々低い声を響かせるななしさんさん。
起きて早々大ちゃんに喧嘩を吹っ掛けるとは、流石である。

万年ドベと挑発された大ちゃんはあっさりとキレる。
いい加減、このキレやすいのを如何にかして欲しい。
ちなみに、万年ドベといっているものの、まだ小テストは1度行われただけである。
大ちゃんがそこに反論できなかったのは、中学時代のドベが抜けていないからだろう。

2人は隣同士で睨み合っている・・・というか多分にらんでるのは大ちゃんだけだ。
ななしさんさんはひょうひょうとしているに違いない。
あと彼らは忘れているようだが、彼らの敵はお互いではない。
教壇に立ち、青筋を立てている英語教師だ。

「お前ら・・・!」

いうまでもなく、その後2人は職員室に呼び出された。
もうクラスメイトの誰も驚かない。
全てが日常だった。


ななしさんは不思議な女だ。
今までに会った女のどれとも違う。
ニュータイプだ。

「まだ入学して1ヶ月だぞお前ら」

始まりは入学式。
男女一列で並んだ時の隣がこいつだった。
始まって20分で、こいつは寝ていた。
しかも、隣に座っていた見ず知らずの俺の腕に頭を乗せて。

電車の中であれば、ままあることだ。
だが、流石に入学式でそんなことが起こるとは思っても見なかった。

「高校をなんだと思ってる?お前らは何しにここにきたんだ?寝るためか」

流石に振り払うわけにも行かず、そのままにしておいた。
起立のたびにゆすって起こし、また寝て。
その繰り返しだった、きれなかった事を褒めて欲しいくらいだ。

そして何とか入学式を終えて教室に着てみれば、またこいつが隣にいた。
よく寝ましたと言わん限りの爽やかそうな顔で、またあったね、といわれた時にはときめくどころかぶん殴りそうになった。
マンガなんかでよくあるような台詞だが、使い道によっては怪我につながると学んだ。

「聞いているのか!」
「聞いています、先生。どうぞ続けて下さい」

英語教師の前、隣に立つななしさんは相変わらずだ。
胡散臭い爽やかな笑みを浮かべて、教師に話すように促した。
だがななしさん、それは今逆効果だろう。

「ふざけているのか!」
「スイマセン」

何で俺が謝ってんだよ。
隣の胡蝶は俺を真似るようにすいません、と言った。
こいつはそれなりに頭がいいが(小テストで結構いい点を取っていた。桃井よりも上だった)馬鹿だ。
俺の中で頭のいい馬鹿の代名詞がななしさんだ。

「ったく、青峰はまだしも、ななしさん。お前は頭がいいのになんでこうなんだ・・・」

おいコラどういうことだ。
突っ込みどころは満載だ、ふざけんな。
この英語教師、いつか殴る。

震える拳を握り締めた俺の隣。
頭のいい馬鹿、ななしさんは英語教師に向かって一言。

「先生がそんなんだから、私はこんなんなんですよ」
「・・・どういうことだ」
「青峰くんのようにテストの点が悪い子を見捨てるような先生だから、私は先生を見限った。それだけのことです」

本当に頭のいい馬鹿だと思った。

ななしさんの言葉に何も言わなくなった英語教師に向かって、彼女は失礼しますといって、俺の拳にそっと触れた。
しっとりした冷たい手が触れたので、ようやく我に返った。
ななしさんは行こう、と手を引く。

これだから頭のいい馬鹿は。
こんなんだから、俺はななしさんを憎めない。
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