10.隣人と俺
涙目のななしさんを見下ろしたとき、正直かなり狼狽えた。
この感覚は小学校時代にさつきをからかいすぎて泣かせた時とよく似ている。
普段滅多に泣かない女の涙はかなり精神的にくる。

「なんか言えよ」

でないと、この雰囲気に負けそうだ。

俺としては泣かせるまでななしさんを追い詰めるつもりはなかった。
怒ればいいと思った、ちょっと馬鹿にしたくらいで怒るなといってくれればよかった。
でも俺が思っていたよりも事態は深刻で、ななしさんはななしさんなりにいろいろ考えていた。
女は面倒だ、何でもかんでも考えて溜め込んで、吐き出し方がヘタクソだ。

ななしさんはつっかえながらも、まあいろいろ言った。
俺からすれば馬鹿馬鹿しいようなことだ、どうしてそんなことで悩んだりするのか。
ななしさんのことを、俺は都合のいい女だなんて思ったことはない。
むしろ感謝さえしていた、さつきすらも受け付けなくなっていた俺の傍にいてくれたこと。

あのころは荒くれていたし、まだであって1か月も経っていないななしさんに対してさつきとするような付き合い方をした。
乱暴な口調で話したし、我儘も言った。
胡蝶はそれを文句も言わず…いや、文句は言いつつも、すべて受け入れてくれていた。

ななしさんとするバスケは楽しかった、中学時代に戻ったみたいだった。
テツみたいに素人ながらに一生懸命にボールを追いかける姿に何度救われたことか。
俺に対して、ずっと本気でぶつかってきてくれていたななしさんを邪魔に思ったことなんてなかった。
そんなことで悩んでいるなんてばかばかしい。

「何言ってんだお前」

どうしてそんな考え方しかできないのか。
俯いたななしさんに手を伸ばそうとしてやめた、そんなの俺の柄じゃない。
小さな手を握りしめて泣いている姿は、まるで子供みたいだった。
悔しくて泣いているように見えた。

無力な自分に悔しくなっている姿だ。
これは何度も見たことがある。
だけど、ななしさんがそんな風に思う必要はない。

「いつ俺がお前を荷物だっていったんだよ。いつ都合のいい女だって言った?全部お前の思い込みだろ、ななしさん」
「じゃあ何なの…?私はただの隣人だよ」

ったく、嫌になる。
ななしさんのその考え方も、俺の言い方も。
こいつも俺も、こういうことに慣れてない。
本気でぶつかることを、ずっと避けて通っていた。

確かにななしさんはただの隣人だ。

「おう。そうだ、お前はただの隣人だ。俺はその隣人を結構気に入ってんだよ。気に入ってんのに置いてくわけねーだろ。それにお前くらい担げる」

俺の隣にいることがどんなに大変か、お前は知らない。
今まで俺についてこられるやつなんていやしなかったんだ。
ついて来ようとするやつもいなかった。
…ああ、テツだけは頑張ってたっけな。

今はななしさんだけが俺の隣にいたいと、地団駄を踏んでいる。
怖がりで臆病で馬鹿なやつ。
怖いなら諦めりゃいいのに、諦めだけは悪い。
だからちょっとズルしただけだろ。

そんなに怒ってねーよ、ムカついただけだ。
俺はお前の隣にいる、下でも上でもない。

「あん?軽すぎだろ。ありえん。やっぱもっと食うべきだな、胡蝶は」
「は…?」
「メロンパンばっか食ってねえで、肉食え、肉。だからつくべき場所にも肉がつかないんだ」

身長が低いのは見ての通りだったが、馬鹿みたいに軽かった。
ななしさんは泣きはらした真っ赤な目を真ん丸にしていた。
だがすぐにムッと怒った顔をした。
そう、それでいい。

「…じゃあ、今度焼肉行こ、青峰の奢りね」
「は?なんで俺なんだよ」
「この前、言ってたじゃん。120円じゃ割に合わないって」
「おま、焼肉いくらすると思ってんだよ。10倍とかそういうレベルじゃねえだろ」

とりあえずななしさんを下した。
ななしさんはむくれ顔から元の飄々とした笑みに戻った。

これでいつも通りだ。
昼休みはもう終わる、鬼ごっこもこれで終わりだ。
飯は次の休みに食えばいい、こいつの隣で。



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