プロローグ
あの時と、マルフォイ家は変わっていなかった。
変わったのはドラコの家族が増えたことだろうか。

「あ!アルタイルさん、父上に御用ですか?」
「そうだよ。スコーピウス、こちらにいらっしゃるかな?」

本当にこの家は父親に見た目が似るらしい。
ドラコそっくりなこの子は、彼の息子だった。
やっぱり子どもを見ると結婚したほうがいいのかとも思うのだが、相手が居ないんだ、仕方が無い。
相手が居ないというよりかは、アルタイルの見る目が厳しすぎるのだが…それは置いておこう。

スコーピウスに通されてリビングの椅子に掛ける。
彼は父であるドラコを呼びに言ったらしい、ぱたぱたと駆ける音が2階から聞こえる。

「…アルタイルか」
「こんにちは、ルシウスさん。お久しぶりですね」
「ホグワーツの教師になったと聞いたが…こんなところに居て良いのか?」

アルタイルとスピカはその後、教師になった。
アルタイルは魔法薬学、スピカはその手伝いとして。

スピカは結婚をして、子ども2人がいる。
姪と甥も可愛くて仕方が無い、その辺りは叔父であるシリウスに似てしまったのだろうかと頭を抱えたこともあったが。
スピカには笑い飛ばされた。

それはさておき、だ。

「お前は結婚していないそうだな」
「あー…まあ、そうですね。いいんですよ、気長にやります」

呆れたようにアルタイルを見るルシウスに苦笑を返す。
ブラックの血を絶やすなとそういいたいのだろうが、好きな人が居ないんだから仕方が無い。

いざとなったらスピカの子どもをブラック家の跡取りにすればいい。
拒否されなければだが…。

「今日はどんな用事だ?」
「ああ、大した用事は無いんですけど、あえて言うなら嫌がらせに来ました。欲しい薬草があるんですけど、ルートが面倒で」
「…まあ何とかなるだろうな」

マルフォイ家は商売上手な家として有名なので、これくらいはできるだろうと見越して頼みに来たのだ。
謝礼はスコーピウスの勉強を見るということで良いだろう。
ホグワーツの現役教師が家庭教師とは問題にもなりそうだが、ばれなければいい。

アルタイル、スピカ両者にいえることだが、母親に似て勉強が得意だった。
スピカはそこまで熱中しなかったが、アルタイルは勉強がもはや趣味というレベルで研究に打ち込んだりしている。
専門書も何冊か書き、それらは教授レベルの人間に賞賛されるほどのものだ。
幅広く研究しているが、一応の専攻は魔法薬学。
昔スネイプ先生に教えてもらってから、ずっと好きな分野だった。

「アルタイル…それに父上も」
「久しぶりだなードラコ。頼みがあってきたんだよ」
「…どうせ面倒事なんだろう?」
「まあな。でもどうにかなるだろ?マルフォイ君」

2階から降りてきたドラコを茶化しながら、アルタイルは彼を見た。
父親にどんどん似る彼を見ると、やはり歳を取ったもんだとそう思う。

欲しい薬草の名前を言うと嫌そうな顔をしたが、夏休みの間週1でスコーピウスの勉強を見るというとあっさり呑んでくれた。
その結果にアルタイルは満足気に笑って、マルフォイ家を出た。

夏休みの間は暇だ、学校はないから生徒のレポートを見ることもない。
自分の研究をすれば良いが、皆が遊んでいるというのに自分だけ研究というのも嫌だ。
せっかくだし、友人宅を無理に用事をつけて回ろうとしていた。
普段は学校に住み込みなので、会うことも無いのだし時にはこういうのも良いだろう。

「さーて、次はどこに行くかな」

マグルの格好に着替えて、ロンドンを歩く。
美味しそうなケーキ屋に入って手土産のケーキをいくつか買った。
ケーキが好きな妹に届けに行こうか。

「ってわけなんだよ」
「…つまるところ暇なんでしょー?ってかドラコ君に頼めた?」

ケーキを冷蔵庫に入れて、代わりにアイスティーを持ってきた妹に事情を説明すると、面倒くさそうに会話を始めた。
暑いのが苦手なスピカは、連日の猛暑に参っているようだ。
相変わらずうまく掛けられないらしい冷却魔法を掛け直してやる。

「頼んだよ」
「そう…んー、なんていうかさやっぱりアルタイルも結婚したら?相手なんてどうだって良いじゃない。連れ添ってる間に好きになるって」
「お前は俺の親か」

スピカの夫であるフレーズはまだ勤めから帰ってきていないらしい。
子どもたちはポッター家に遊びに行っていて居ない。
何と言うか、せっかく来たのに妹と2人きりというのは残念である。

その思いは相手にも伝わっていたのか、ちょっと不機嫌そうだった。
その不機嫌そうな顔のまま、スピカまで結婚しろと煩い。
先ほぼマルフォイ氏にも言われただけあって、気にしていたというのにピンポイントでいたいところを付いてくるのだ。

「結局のところ、アルタイルは寂しいんでしょ。ずっと私とかお母様と一緒だったわけだし。なんていうかさ、アルタイルは女が居ないとダメなんだよ。そう言う男に育っちゃったの」
「…ほんと、お前俺の何なんだよ」
「双子の妹でしょ」

まあ、図星過ぎて何もいえない。
母から譲り受けた家は、1人で住むには広すぎる。
寂しいといえば寂しいし、子どもがいれば良いと思うこともあった。
そんなに賑やかな家庭ではなかったが、孤独になることは一切無い家だった。

だからこそ今の孤独がとても痛い。

「あー…考えるよ、真剣に。それより、お母様のお墓参り、行かないか?」
「やっぱり感傷に浸ってるんじゃない。1人で行ったら?」

夕飯はアルタイルの分も作っておくよ、とそういわれて家を出された。

何と言うか、自分はかなりのマザコンだった気がする。
母ばかり見ていて、他の女性に興味を持てなかった。

母が亡くなったときに泣いて以来、ずっと泣いていなかった。
実感が無かったのだ、ずっと。
母が居なくなったという実感、時が進んでいるという実感。
だからアルタイルだけは1人、あの時のままだ。
妻も居ない、子どももいない、ずっと変わらない。

今日、改めて家を回って自分が1人になってしまっていることを少し実感した。
友人や妹の子どもたちはもうホグワーツに通う。
自分だけこうして立ち止まっていて、酷く寂しくなった。

「情けないと思いますか、お母様」

じわじわと日差しが思考を蝕む。
母の墓は家のほど近くに作られた。
大好きだった庭の見える場所にそれはある。
いつだってこれたはずなのに、来たのは墓ができて以来だった。

いつまでも向き合えなくて、どうしてもあなたを待ってしまう。

「僕はいつまでたっても貴女のこと、忘れられないのです」

帰ってくるはずも無いその人を待ってしまう癖。
きっと母に似たのだろうと思うと、どこかそれさえも愛おしくて。

ぽたり、と雫が手にかかる。

「でも、いい加減前に進めと言われたんですよ。スピカに。全く情けないことです。そう背を押されなければここに来れないのですから」

身体中が熱い、込み上がる熱を吐き出すようにゆっくりと呼吸をした。
一息ついて、続きを話す。

「でも、漸く来ることができました。ずっと来ることができなくてすみません」

いつまでも、その熱は身体の周りを渦巻いているかのようだった。

手の中の花はその暑さの中、しゃんと背を伸ばし美しさを誇るようだった。
その花を母の墓に供える。

墓には雫が垂れて染みを作る。
泣いたのは母が亡くなったあの時以来だった、時はあそこで止まったままだったんだ。
目を閉じると、太陽の閃光の中に母を見た気がした。

「僕はもう進みますから。お母様はどうか、お父様とお幸せにしてください」

ずっとずっと、母は父を思い続けていた。
漸く会うことができるのだ、今度こそ幸せに過ごして欲しい。

そして、自分も幸せにならなければ。

「さてと。スピカが夕飯作って待ってるらしいし行きますね。今度は、スピカも連れて来ますから」

アルタイルは名無しさんの墓に背を向けた。
止まった時は、動き出した。



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