セブルスの手記
スピカはそこまで話終わると、自分の耳に触れた。
陶磁のピアスには百合の花が描かれている。

母の面影を見た気がして、はらりと涙を流した。
隣に座るアルタイルが、スピカの肩を抱いて落ち着かせる。

「…んっと、まあこんな感じだから」
「リリーの遺志を継いだのはセブルスだけじゃなくて、名無しさんもだったってことか」

おかしな話ではないと3人を知るものは思っていた。
3人の共通点は情に厚く、芯が強いこと。
リリーが遺した子どもを守ろうとするだろう。
セブルスは特にだと思っていたが、やはり名無しさんもだった。

誰もが2人のことを思い出し、悼んだ。
その沈黙を破ったのは最初に喋ったきり黙っていたルシウスだった。

「話の流れを切ってすまないが、もう1つ。セブルスの自室から見つかった手記がある、私はまだ読んでいない。セブルスのものだし、見るのは忍びないが、ここでなら良いだろう」

その場にある18の瞳がルシウスの手の中の分厚い黒い日記帳を捉えた。
その日記帳は皮製であるが、長い月日を経てぼろぼろになっていた。

ルシウスはその日記帳を丁寧に開き、読み上げる。


1月9日
リリーに日記帳を貰った。
日記などつけたことが無いと付き返そうかとも思ったが、そんなことをしては彼女も困るだろう。
誕生日プレゼントと言われて付き返せるわけもない。
毎日とは言わずとも、何かあった日には綴ろうと思う。


これはセブルスが誕生日にリリーから貰ったものらしかった。
随分昔のもののように見えるが、大切にしていたのだろう。

その後は、リリーとの喧嘩や名無しさんの気遣いなどが丁寧に書き出されていた。
リリーと些細なことで喧嘩をして意地の張り合いになり、それを名無しさんがどうにかしようと奮闘していたようだ。
それの顛末は悲しいものになってしまうと知っていれば、2人は仲直りをしていただろう。
しかし、運命とはそう簡単にできてはいない。

手記にはそれ以外に、名無しさんとレギュラスのことも書かれていた。

2月26日
レギュラスが名無しさんに触れることができたと報告しに来た。
これで名無しさんも幸せになるだろう、あの子は寂しがりの癖に人を恐れていたのだから。
レギュラスなら心配は要らないが、ブラック家が何と言うかが不安だ。
ともかく、名無しさんが幸せでありますよう。


ページをめくるにつれて、死喰い人としての仕事のことがかかれるようになる。
その中に出てくるのはやはり仲のよかったレギュラスとルシウスのことだ。


6月1日
名無しさんとレギュラスの子が生まれた。
名前はアルタイルとスピカ。迷ったようだが、結局星の名前をつけたようだ。
夏の星と春の星の名をつけたようだ、季節的には丁度良いのかもしれない。
早産だったからリリーが心配していたが、母子ともに健康という報告を受けた。
リリーも一安心といったところだろう。
レギュラスの死喰い人としての仕事が激化している今、よい心の支えとなれば良いが。

新たな命に、祝福がありますよう。


7月31日のところにはリリーの子が生まれたということだけ簡潔に書かれていた。
複雑な心境だったのだろう。


12月15日
レギュラスが家に訪れた。
名無しさんの存在がブラック家、闇の帝王にばれたという聞きたくない報告だった。
情報源はルシウスなので間違いは無いだろう。
両方、酷く怒っていて見つけ次第、殺すということになってしまった。
子どももまだ幼い今、名無しさんとレギュラスだけでは到底太刀打ちができない。

レギュラスは対抗策を考えてきた。
簡単に言ってしまえば、名無しさんの存在よりも大きな問題を起こすということだった。
どうするのかと問えば、レギュラスは興味深いことを話してくれた。

闇の帝王はその魂を分割し、分霊箱というものを作っているらしい。
そのうち1つの場所を掴んだそうだ。
それを奪い、壊せば闇の帝王はそれに気づきその犯人を捜すだろうと。
そうすれば名無しさんから意識を削ぎ、時間を作る事ができる。
そのうちに名無しさんをマグル界に逃亡させるというものだった。

分霊箱の破壊はレギュラスがやり、名無しさんの逃亡の手助けを私にして欲しいとのことだった。
…おそらくレギュラスは死ぬつもりだろう。
ばれたら命は無い、自分の命を引き換えに名無しさんと子どもの命を守ろうとしているのだ。
断るか迷った。今の名無しさんには夫も必要不可欠だ、しかし、他に方法も無い。

ならば、私にできることは1つ。
レギュラスの作戦を手伝い、名無しさんを支えること。

レギュラスは自分を責めているようだった。
もし、自分が名無しさんを娶らなければこんな危険に名無しさんをさらすことは無かった。
しかし、それはありえないことだろう。
名無しさんは自分を支えてくれる人を探していた、その人が現れなければ名無しさんは長くは生きていなかっただろう。
あれだけ身体も心も弱い娘が、1人で生きていくのは無理がある。

私はレギュラスに感謝をしているのだ。
私が名無しさんにできなかったことをレギュラスは名無しさんにしてくれた。
お陰で彼女は幸せになれたのだから。

私にできるのはレギュラスが死なないようにしつつ、名無しさんを見守ること。

どうか、2人の幸せが長く続きますよう。



そこを読んでいるルシウスの声は震えていた。
ルシウスは全てを知りつつ、手を貸せなかった。

この1年後、闇の帝王が消滅し、ハリーが遺された。
闇の帝王がいなくなったお陰で、名無しさんはレギュラスの与えてくれた家で引き続き暮らすことができたが、大切なものをたくさん失った。

事態が鎮火したあと、名無しさんの様子は酷いものだった。
ホグワーツに入学したばかりの頃の名無しさんのような、全てに怯えて食事も睡眠もままならない。
頼りの綱のセブルスも頼ることはできなかった。

それを支えたのは、子どもたちだった。


1月9日
この日記を彼女から貰って、何年が過ぎただろう。
彼女が亡くなってからずっと考えていたし、ダンブルドアにも話したが、やはりリリーの遺した子を私は守ろうと思う。

名無しさんがレギュラスの子を懸命に守っていると、ルシウスから聞いた。
食事も睡眠もままならない状況で名無しさんが生きているのは、子どもたちのお陰だと。
名無しさんが頑張っているのに、私がこのままではいけないだろう。
とりあえず、一度、名無しさんに会って話し合おう。
これからどうするのかを。

どうか、僕らの歩く道が星の光で満ちていますように。


そこからは覚えのある話が続いていた。
ハリーとアルタイル、スピカ、ドラコが入学してきたこと、毎年危険なことをしていること。
まるで親のように丁寧に観察して、それを綴っていた。

時には心配をし、時には褒め、時には怒り。
手記の中でのセブルスは活発で、さまざまなことを考えているようだった。
もしも、この手記で書いているようなことを言葉にしてくれたら、誤解は解けていたのかもしれない。
でも、セブルスの性格を考えるとありえないことだった。

ハリーはそう思った、あの人は損な人なんだと。





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