シリウスの懺悔
「我々夫婦の話はこのくらいだ。他は?」

その場を仕切っていたルシウスがそう言うと、シリウスがすっと顔を上げた。
隣のリーマスが苦笑を浮かべながらシリウスを見た。

「シリウス」
「いいや、リーマス。これは話すべきだ」
「でもここで話すようなことじゃないだろう?」

よく分からない言い合いをはじめた2人を子どもたちは不思議そうに見た。
ハリーにとってはシリウスが無茶をしようとするのをリーマスが止めるのは日常風景ではあった。
しかし、こんなところでやるとはと少々呆れ気味だ。

「いいや、関係ある。レギュラスが命を落としたきっかけが俺にもある」
「シリウス」
「レギュラスは家族思いなやつだった。両親のことも名無しさんのことも、…俺のこともあいつは考えてたんだ」

悔しそうに、シリウスは話し始めた。
リーマスも止めるのを諦めたようで、隣でティーカップを傾けていた。
その視線はカップの中に落ち、シリウスを見ることはなかった。

「俺が学生時代の頃…いや、今もだがかなりの馬鹿だった。とにかく両親と同じ人間だと思われるのが嫌で、わざと乱暴なことをしたりして家から出ようとしていた」

シリウスは両親に辟易していた。
口を開けば、ブラック家の長男たる者…だとか純血のトップだと思って…だとか煩い。
だから、11歳で家を出て学校の寮で過ごすことができるのが嬉しかった。
すでに家族からは見限られつつあるので、学校に行けば更に距離をおくことができる。

いつかは自由になって、家とか関係が無いところで過ごしたい。
それが11歳のシリウス・ブラックの願いだった。

そして、ホグワーツに入ってその願いは大体うまく叶った。
家族はもうシリウスに見限りをつけ、弟であるレギュラスを見るようになった。
友人はたくさんできたし、親友と呼べる人もできた。
たくさんの女に声を掛けられたりもしたし、大抵のことは何でもできた。

しかし、できないことが1つだけあった。

「お、名無しさんじゃねーか、今日はスニベルスが一緒じゃねーのかよ」
「…シリウスくん、こんにちは」

シリウスの少し前を歩いていた長い黒髪の女に話しかける。
女は名無しさんと言う名前で、シリウスの大嫌いなセブルスの親友だった。
一度セブルスに悪戯を仕掛けて、誤って彼女に当たってしまってリリーにめちゃくちゃに怒られた。

切りそろえられた前髪、戸惑ったような色を湛えた瞳、控えめな口調。
病的に白い肌の殆どは洋服や髪によって隠されている。
どこかあどけなさを残してはいるものの、纏っている雰囲気は愁いを帯びていてミステリアスな感じがした。
レイブンクローの深窓の麗人と呼ばれるだけあってとても美しい

名無しさんは両手いっぱいに巻いてある羊皮紙を抱え込んでいた。

「こんな時間にどこ行くんだよ」
「教授に頼まれごとをされたから…」
「頼まれごと?お前が?」
「…教授に頼まれた人が私に頼んだの。用事があるって」
「それ、騙されてんじゃね?」

素直な言葉だった、多分シリウスの言い分が正解だろう。
普段口数が少なく反論することもない名無しさんだ、良いように言いくるめられてしまったのだろう。
それをはっきりと告げると名無しさんはしゅんと項垂れてしまった。

シリウスはその姿にしまったと思いながら話を続ける。

「しょうがねえな!俺が手伝ってやるよ!」
「え…いいよ。ご飯食べ損ねるよ?」
「んなのたいした問題じゃねーよ。ほら、さっさといくぞ」

名無しさんの腕から羊皮紙を奪い取り、先を歩く。
この先にある教授の部屋は1つだけだから、迷うことも無いだろう。
名無しさんは先を歩き始めたシリウスの後ろを歩く。

そんな名無しさんが可愛くて仕方が無かった。
そう、簡単に言えばシリウスは名無しさんが好きだった。
今まで大人の女とも年下の女とも関わりを持ったが、結局名無しさんが一番だと思った。
だからこそセブルスが大嫌いだった、つまるところ嫉妬である。

だからさまざまな悪戯を仕掛け、嫌がらせをした。
ジェームズとも意見があった、ジェームズはリリーをセブルスにとられるのではないかと思ったのだ。

そして、その嫉妬の矛先はレギュラスにも向かった。
自分よりも2年もあとに入学したにもかかわらず、あっという間に名無しさんといい雰囲気になっていたのだ。
それがシリウスは許せなかった。
両親にも愛され、名無しさんにも愛されるレギュラスが、妬ましかった。

6年になる夏、シリウスは家出を決行しようとしていた。

「ついに家出ですか、兄さん」
「そーだよ。こんな家、いられるか」
「…そうですか」

向かいの部屋のレギュラスとばったり出くわしてしまい、シリウスは不機嫌そうに目の前の弟を見た。
弟は涼しい顔でシリウスのことを見ていた。
その余裕ぶった感じがシリウスを更に苛立たせた。

「もう帰ってこねーよ。乱暴者がいなくなってよかったな」
「きっと父上と母上はそう思っていらっしゃるんでしょうね」

レギュラスは苦笑しかしなかった。
柔らかそうな黒髪が揺れる、いつの間にか弟も成長したものだとそう素直に思った。
自分よりも大人びていて、やはり腹が立つ。

「お前はどうなんだよ」
「…どうでしょうね。僕は兄さんのように白黒はっきりした性格ではありませんから」

優柔不断なやつだとそのときは笑い飛ばしたような気がする。

今思えば、レギュラスは家を守るか名無しさんとの幸せをとるかで既に揺れていたのだろう。
シリウスがいなくなってしまえば、ブラック家の嫡男になるのはレギュラスなのだ。
レギュラスは優しいやつだった、両親を捨てていくことなど出来やしなかった。
だから、両親の望むように成長しながら、その傍らでこっそり名無しさんを愛した。

両親を騙しているという罪悪感も、レギュラスを闇の道に走らせた。
レギュラスは確かに闇の帝王の思想に傾倒していた時期もあったが、それは名無しさんに出会う前までだ。
好きになった人が純血でなかったから、考え直したのだ。
しかし、両親のためにも、ブラック家のためにも、死喰い人になる以外に無かった。
すべては、シリウスの捨てたブラック家のために。

シリウスが最後にレギュラスにあったのは、レギュラスが行方不明になる数日前だった。
実家においてきたものを取りに戻ったのだ。
しかし、正面突破などできるわけが無かった。
実家といえども死喰い人の巣窟だ、闇払いになった息子など入れるはずなど無いし、そもそももうシリウスのことを息子とも思っていないだろう。

家の前でまごつくシリウスを見つけたのはレギュラスだった。

「…これでしょう、欲しかったのは」
「レギュラス…何の真似だ」
「困っている兄を助けて、あわよくば僕のお願いを聞いてもらおうと思ったんです」

まさか、まだ自分のことを兄だと思ってくれているとは思わなかった。
シリウスはレギュラスが完全に闇側に落ちたとばかり思っていた、従姉妹のベラトリックスのように。
だが、レギュラスは家出したときと同じような苦笑を浮かべていた。

しかし、その顔はどこか切なげで何かがあったということが伺えた。

「なんだよ…」
「名無しさんのこと、守ってあげて欲しいんです」
「そりゃお前の役目だろうが」
「立場上難しいんですよ。今は隠していますが、いつ見つかるか分かりません。もし見つかってしまえば名無しさんは闇軍だけではなく、ブラック家に殺されてしまう」

レギュラスが名無しさんと付き合っていたのは知っている。
だから結婚しても尚、名無しさんのことを気に掛けているのだろう。
そのときはその程度にしか考えていなかった。
まさか、名無しさんとの間に子どもまで成しているとは、思わなかったのだ。

そして、レギュラスの言うことは尤もだった。
名無しさんはすでにレギュラスを誑かした野良猫として、ブラック家から目の敵にされている。
一度、レギュラスが結婚したくないと言ったのが原因だった。
未だに結婚相手と子を成していないことからも、まだ名無しさんが好きなのだろう。

昔から精神的にも身体的にも弱い名無しさんが襲われてしまえば、あっという間だ。

「分かったよ。これ、助かったぜ」
「いいえ。構いません。…ピアスはどうしたんです?」

レギュラスは不思議そうにシリウスの耳を見た。
いつもシリウスはお気に入りの赤のピアスをしていたのに、今日はしていなかったからだろう。

「最近なくしたんだよ。気に入ってたんだけどな」
「そうなんですか…?じゃあ、これを」
「は?いいのかよ」
「いいんです、是非あなたに」

何を思ったのか、レギュラスは自分の耳についていた青のシンプルなピアスを取り、シリウスに渡した。
今までレギュラスがシリウスに深く関わることなどなかったから、おかしいとは思った。
しかしいい方向に変化しているのだしいいと思い、素直にそのピアスを受け取り耳につけた。
やはり耳に重さがあると落ち着く。


「おーさんきゅ」
「やっぱり、ピアスは兄さんのほうが似合います」

満足気に笑ったレギュラスを見て、シリウスも笑う。
兄弟でこうして笑いあうのは久しぶりだと思った。

この戦いが終わったら、レギュラスと名無しさんとシリウスの3人でお茶でもしたいと思った。
シリウスはお茶なんて柄ではないが、レギュラスと名無しさんはそのほうが嬉しいだろう。
そこで昔の自分の名無しさんに対する思いでも笑い話にしよう。
そうすれば、きっとレギュラスとまた仲良くやれるような気がした。

レギュラスは家族の中でも唯一、シリウスを気に掛けてくれる掛け替えの無い大切な弟だった。

「そろそろ行ったほうが良いでしょう、僕も怪しまれますし」
「おお、そうする」
「…どうか兄さん、無事でいてください。そして、名無しさんを守って。僕は名無しさんさえ幸せであれば良いんです。名無しさんは戦いが嫌いだ、だから巻き込みたくない。僕の我がままです。でも、どうか」
「…わかったよ。ってかお前からの我がままなんて滅多にねーしな」

レギュラスは悲しそうに微笑んでいたのを覚えている。
そして、レギュラスはその数日後行方を晦ました。


「きっとあのときには、死を覚悟してたんだろうな」
「…突っ込みたいことは結構ありますけど、それ直接的にシリウスさんは悪くないでしょう?」
「いいや、まだ続きがあんだよ。…あの時、レギュラスに貰ったピアスが、これなんだけどな」

ことり、とテーブルに置かれたピアスは今も尚、当初の美しさを保っていた。
静かな青がきらりと光る。

「これ、元々は名無しさんがレギュラスに贈った物なんだそうだ。それをレギュラスは俺にくれた。それを知ったのはつい最近だよ。俺が一度名無しさんに会った時に、聞かれたんだ。そのピアスは誰から貰ったんだってな」

レギュラスから貰った、と答えると名無しさんは泣きそうな顔で、そう、とだけ答えた。
どうしたのかと思い、話を聞いたのだ。

「そのピアスは、私が魔法をかけてレギュラスに渡したの。レギュラスに何かあった時に彼を守るように。それをレギュラスがシリウスにあげたというのなら、それがレギュラスの意志だったってことでしょう?だから返してくれなくて良いわ。そんなことより、レギュラスは、なんて?なんていっていたの?」
「…レギュラスはただ、名無しさんを守るようにって」
「馬鹿、レギュラスがいなきゃ、意味無いよ…レギュラス…」

名無しさんはそういって泣き崩れてしまった。
思えば、アズカバンで気が狂わなかったのも、すべて名無しさんのピアスのお陰だったかもしれない。
吸魂鬼はシリウスのいる檻を避けていたし、襲われた回数も少ない。

もし、レギュラスがこのピアスをもっていたら、助かっていたかもしれない。
あの時、レギュラスにお前のほうが似合ってるといって受け取らなければ。




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