ルシウスのはなし
春の麗らかな日差しが差し込む白亜の屋敷。
自分たちの住んでいた家の数倍はある広さの屋敷だが、幼い頃から頻繁に遊びに来ていたのであまり違和感は無かった。
母の友人であるマルフォイ夫妻の家だ。

普段は多くてもドラコと僕ら双子、母とマルフォイ夫妻の6人しかつくことがなかったテーブルには今、10人ほどの人間が座っている。
ドラコの宿敵ハリーポッターも同席しているとあって、なんだか奇妙な感じがした。

「…聞きたいのは名無しさんのことだな?」
「ええ。母は多くを語りませんでした。…辛そうで聞くことすらできませんでしたし」
「僕らも気になるところだしね、マルフォイ先輩」

母は決して過去のことや父のことを語ろうとはしなかった。
一度だけ、僕らが「お父様はどのような方なんですか」と聞いたところ、酷く辛そうな顔をして「優しい方でした」とだけ言った。
それ以来、僕らの間でお母様にはお父様のことをお聞きしない、という鉄則ができた。

それに乗っかってきたのはルーピン先生だった。
この場にいるイレギュラーの1人である。
他の3人は上記したハリー・ポッター、僕らの叔父にあたるシリウス・ブラック、あとなぜかアーサー・ウィーズリーだった。
ウィーズリーさんはマルフォイさんから一番遠い席に座って、静かに話を聞いていた。

「まずはレギュラス、アルタイルとスピカの父だが…彼の話からしよう。ブラックは殆ど知らないだろう、レギュラスがどのような学校生活をしていたのか」



レギュラス・ブラックはブラック家の次男である。
しかし、長男であるシリウスがあろうことかグリフィンドールに行き、素行が悪いので彼がブラック家を継ぐのではないかともっぱらの噂だった。

「はじめまして、ルシウス先輩。レギュラス・ブラックです。以後お見知りおきを」
「ああ。はじめまして。兄とは性格が似ていないようでほっとした」
「…流石にあの人に似ていて、スリザリンに来るということは無いでしょう。あったら帽子が耄碌しているとしか言いようがありません」

彼は礼儀正しく、兄とは正反対の性格をしているように思えた。
穏やかそうな笑みと柔らかな物腰が特徴的で、野蛮で子どもっぽい兄とは似ても似つかなかった。
というよりかは、両親に兄のようにならぬようにと教育されてきたのだろう。

レギュラスは品行方正でスリザリン内ですっかり有名になった。
歳の近い先輩としてセブルスを推したら、彼とよく勉強するようになっていた。
そして、セブルスつながりで彼女と出会った。

「こんにちは、セブ。この間借りてた本、読み終わった?」
「名無しさんか、…こんにちは。読み終わったから、今から返すところだ」
「ありがと」

彼と同じくらい穏やかで、彼よりもずっと控えめな彼女に。
レギュラスは恋をした。

彼女の友人で自分の先輩のセブルスにそのことを打ち明けると、彼は苦い顔をした。

「しかし、レギュラス。あの子は大変だぞ」
「何故です?」
「まず、友人関係になることすら難しい。対人恐怖症と接触障害を持ってる…その上、男性恐怖症だ」

名無しさんは幼少期のトラウマから、精神的に弱い。
もともと人付き合いは苦手で、友人からの伝手でないと人と会話するのさえも難しい。
そして、友人の中でも親友と彼女が認めた人以外には決して触れたがらないし、触れられようもなのなら振り払う。

仕舞いに、男性恐怖症で今のところ名無しさんに触れることのできる男はセブルスだけだった。
セブルスは幼少期から名無しさんとの付き合いがあり、名無しさんはセブルスにだけ心を許している。
レギュラスの必死の願いに、セブルスもとうとう重い腰を上げて行動を始めた。

「名無しさんのほうが古代ルーン文字学と薬草学、変身学に関してはうまいだろ」
「まあ…でもお兄さんに見てもらえばいいんじゃ…」
「あの兄にですか?嫌ですよ…あの人の隣じゃおちおち本も読んでいられない」
「そうかもね…」

最初は3人で勉強をすることから始めた。

名無しさんはレイブンクローの生徒だったが、その性質上あまりレイブンクローに親しいものはいなかった。
しかし、性分は完全なレイブンクローで成績は優秀。
かのジェームズ・ポッター率いる優秀なグリフィンドール生やセブルスを抜いて学年トップの成績を1年のときから崩さなかった。
そのため教えるのも得意だったし、後輩の教師になるには丁度よかった。
そのお陰でレギュラスの成績は学年トップになった。

少しずつでも名無しさんはレギュラスに慣れていって、ついには2人きりで勉強しても名無しさんの気分が悪くなることが無くなった。

「名無しさん先輩は、セブルス先輩のこと好きなんですか?」
「…どうしてそんなことになるの…?もしかしてそんな噂が立ってる?」

レギュラスは2人きりのときに、そう聞いたそうだ。
名無しさんが唯一心を開く相手なのだから、そういった関係でもおかしくないと。
確かにそれにしては距離感がおかしいとは思ったが、第三者から見てセブルスと名無しさんの関係は親友というには深すぎた。

その質問をされたときに、名無しさんは戸惑ったようにそう答えた。
不安そうにレギュラスを覗き込むように問うた。

「いえ…ですが周りから見るとそのように見えるかと…」
「そうなの…私はそんなつもりはないし、セブルスもないよ。親友というより、いつの間にか兄妹みたいになっていたのかも」

その答えはやけにしっくり来た。
セブルスが名無しさんの世話を焼く姿はどこか兄らしいところもあった。
それに甘える名無しさんはまるで妹の用でもあって、温かい家族のようだった。

セブルスにその話をしてみたところ、面白い返答が来た。

「名無しさんは僕のことを男だと思っていない。僕が触れても名無しさんが反応しないのはおそらくそのせいだ。名無しさんと僕は4,5歳ごろから毎日会ってたし、その上彼女の父は数日に1回ほどしか会わないかった。僕のほうがよっぽど家族に近い存在だったんだろう」

セブルスは最初からリリーが好きだったし、名無しさんもリリーが好きだった。
名無しさんは歳をとるにつれて仲が悪くなっていた2人を繋ぎ止めようと一生懸命になるほどだった。
実際、2人を繋いでいたのは名無しさんの存在だろう。

彼女が入学した当初、2人は名無しさんのためにさまざまなことを考え、実行した。
彼女のために医務室のマダムに症状を説明し手助けをしてもらったり、ストレスから拒食になるのではないかと1年の時点で厨房の場所を把握し名無しさんのために食事を用意したりもした。
そのかいあって、彼女は1年ほどで生活には慣れた。

しかし、名無しさんが生活に慣れたことにより、2人の関係に少しずつ陰りが見えてきた。
元々3人は寮が違うし、セブルスとリリーに関しては敵対している寮同士だ。
そして、リリーと親しかったジェームズたちはセブルスを目の敵にしていた。

名無しさんが何とか間を取り持っていたが、それも長くは続かなかった。
2人はあるとき喧嘩をして、決別してしまった。
名無しさんは2人が決別した後も、両方の架け橋になろうと懸命になった。

「やっぱりマグル生まれって嫌なものなの?」
「…その人によりけりですね。双方に言えることですが、たとえば純血の旧家だともうマグルは汚いものといわれて育ちますから、それが抜けないとマグルのことをきちんとした目では見れないでしょう。…僕がそうでした」

レギュラスはシリウスの二の舞にならないように、と両親から英才教育を受け続けてきた。
マグルは汚いもの、排除すべきもの、と。
しかし、学校に入学して名無しさんに出会って、考えを変えていた。
名無しさんのようなマグル生まれ…否、名無しさんはマグル生まれか混血か純血か、一切分からない子だったが…とにかく血に拘らなくなっていた。
だから、冷静で客観的な考えを述べることもできた。

「逆に、です。魔法界で問題を起こす魔法使いの約7割はマグル生まれ、もしくは混血です。純血主義者はこの問題をかなり重要視しています。魔法界の恥さらし、と」
「つまりはどっちもどっち、人それぞれ、ってことね…」
「そういうことです」

名無しさんもその考えは理解できたし、自分たちがどうこうできる話ではないと思っていた。
しかし、巻き込まれるとも思っていなかった。

その後も2人はよく一緒にいた。
名無しさんが6年生、レギュラスが4年生のときに満を持してレギュラスが告白し、付き合いはじめた。
少しずつ名無しさんがレギュラスに慣れるように訓練したりもしていた。
名無しさんが卒業する前までに、ランはレギュラスに不意に触られても恐れることが無くなった。

傍から見れば仲のいい先輩後輩に見えただろう、もしかしたら恋人と疑っていた人もいるかもしれなかった。
しかし、レギュラスには婚約者もいる、こんな野良猫と付き合うわけがないと誰しもが思っていたのだ。

そんな中2人はお互いのことを想って、こっそりと愛し合っていた。
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