パパはものすごく不機嫌だ。
不機嫌な理由その一、今日は夏一番の暑さ。
その二、休日の今日は人が多い。
その三、プラチナブロンドの人にパパが捕まった。
土曜日、パパは私と一緒にダイアゴン横町に来た。
土日はいつも私と遊ぼうとしてくれるパパ。
私は今日、ダイアゴン横町に行きたかった。
前にレギュラスさんに連れて行ってもらったカフェで新作が数量限定で出るという話を聞いたから。
でもそのお店は子供一人で入れるような雰囲気ではない。
そこで、パパにお願いしたのだ。
「まあ、たまには悪くない」
「やったー!」
私は大喜びで、その時を楽しみにしていたのに。
ダイアゴン横町を歩いていると、見覚えのあるプラチナブロンドがちらと見えた。
私はパパにすぐ伝えたのだが、向こうのほうが早かった。
「お久しぶりです、お覚えですか」
「…ルシウス」
パパが挨拶すらしなかった。
プラチナブロンドはルシウスというらしい。
この前のレギュラスさんが黒猫みたいな感じなら、この人は狐みたいだ。
私の目の前には同じくらいの身長の男の子が立っていた。
彼の薄い青の瞳が私を睨むように見ていた。
私はその視線に居づらさを感じて、パパのローブの後ろに隠れた。
パパはその異変を察して、子供の父であるルシウスを睨みつけた。
ルシウスはその視線をみて、はっとしたように子供をにらみつける。
なんだか大人げないことをしてしまったような気がしてばつが悪くなった。
しかし、会話は途切れ、雑踏の中に取り残されたような沈黙がその場に残る。
このやりにくい場をなんとか諌めようと、私が口を開いた。
「ななしさん・ななしです。この前は逃げてごめんなさい」
「ななしさん、お前が謝る必要はない。俺はお前に知らない男について行けとは教えていない」
パパは私を隠すようにローブの内側に入れた。
その中にはヤタと同じサイズのナギニがいて、シューシューと威嚇をしている。
私はローブの隙間から、ルシウスを見た。
彼は自分の髪と同じような色に顔を染めていた。
「謝るのはこちらのほうだ。レディーを追いかけるなど非常識だった」
「非常識なのはいまだお前が自己紹介をしていないところもだな、ルシウス」
「…申し訳ない。私はルシウス・マルフォイだ。こちらはドラコ」
彼は身をかがめて、私のいるあたりに視線を落とした。
私はローブの端からそれをみていた。
パパ、ちょっとやりすぎだ、ルシウスさんの笑顔は完全にひきつっている。
私までひきつってしまいそうなほど。
ドラコ、と呼ばれた男の子は呆然としていたが、ステッキで叩かれてあわてて自己紹介を始めた。
「ドラコだ、よろしく」
「よろしく」
なんだか不服そうだ。
まあ父親がぺこぺこしているところなんて見たくもないだろう。
私はパパのローブを引いた。
数量限定なのだから早くいきたい。
ぶっちゃけ、この親子どうでもいい。
「話は済んだな。行くぞ、ななしさん」
「はあい」
パパも同じ気持ちだったらしい。
私はパパのローブからぱっと出て、暑い空気に包まれた。
ローブの中はナギニとヤタのおかげで若干涼しかった。
パパは私の手を引いて、ルシウスの隣を颯爽と歩いた。
マルフォイ親子はそこに立っているだけだった。
その姿を振り返ってみると、ちょっと可笑しかった。
ハトが豆鉄砲くらったようなそんな顔を、私は初めて見た。
通りを見せに向かって歩いていると、パパが握っている手を強めた。
不思議に思ってパパを見上げると、下がっていろとだけ言われた。
言う通りにパパの左後ろに下がって歩いた。
少しすると、前から歩いてきた女性がゆるりと微笑んだのが見えた。
「お久しぶりですわ…このようなところでお目見えするだなんて。後ろにいらっしゃるのはお嬢様?初めまして、こんにちは。私、ナルシッサというの」
「はじめまして、ナルシッサさん。こんにちは」
「お前はまともだな」
綺麗な女性だった、髪をハーフアップにまとめている。
優しい灰色の瞳が、私と同じ視点にいる。
滑らかな金髪が日に当たって輝いていた。
穏やかそうな微笑みは、なぜかレギュラスさんを思い出させた。
パパもこの挨拶には好印象のようだ。
先ほどまでの不機嫌そうな顔を少しだけ緩めて、口角をあげていた。
しかし、パパの発言でナルシッサさんは整った眉根を少しゆがめた。
「もしかして、夫が何か?」
「あいつは、頭はいいが世渡りは下手だな」
「まあ…仕方がありませんわ。私はなんとも」
「すまないが、今日は急ぎだ」
「あら、そうだったんですの?ごめんなさい。それではまた」
ナルシッサは苦笑しながら、そう話した。
どうもマルフォイ家は夫を立てる家らしい。
ただ、その内情は奥さんのほうが発言力はありそうだけど。
なんだろう、すべてをうまく丸め込むような人だ。
そんな印象を持った。
話の終わり方もスマートで、話慣れしている感じだ。
最後に私へのあいさつも忘れず、そのまま私たちが歩いてきた先に歩いて行った。
「今の人、いい人だね」
「あれは世渡り上手だからな。親族関係が広い家の女性だ。よく見習え、ななしさん」
見習えといわれてもどうすればいいのか。
親族関係がパパしかない私に、パパはなにを求めているのか。
うーんと頭をかしげていると、その頭をパパが撫でた。
そういうのは珍しいから、ばっとパパを見上げた。
パパは変わらず、前を見ている。
「学校でそういうことを学べ。勉強は自分がしたいだけでいい。そんなことよりも、対人関係を大切にして、ネットワークを作れ。そのほうがよっぽど楽しい」
パパが他の家のパパと違うところはたくさんある。
これもその一つ、勉強は好きなだけでいい。
これは私が小学校に入って、夏休みの宿題をやらずに夏休みを終えたときからずっと言われている。
小学校の担任の先生が、宿題をやっていないことを咎めた。
私は謝って、とりあえず渋々宿題を終わらせた。
そこまではよかったのだが、担任はなぜかパパに連絡して私のいないうちに家庭訪問したのだ。
そこでパパは何を言ったのか、家に帰ると生徒訪問をしていた担任が泣いていた。
パパに問い詰めると、勉強をする意義に関して話し合いをし、その上で論破したとか。
「そっかー」
「そうだ。これからお前は多くの人に会うだろう。様々なことを知るだろう。それがお前にとっていいことか、悪いことかはわからない。だがな、間違いなくお前は成長する。ななしさん、お前は精一杯楽しめばいい」
「パパっていいこというよね」
「長く生きてるからな」
パパのいうことはかなり、力がある。
なんといえばいいかわからないが、貫録があるとでもいうのだろうか。
低い声とも相まって、ずしっと重みがあるのだ。
気が付くと、レギュラスさんについてくぐったバラのアーチをパパとくぐっていた。
数量限定の新作スイーツはまだあるだろうか。
なかったとしても、後悔はないだろう。
今日はそんなものよりももっと貴重なものを得たような気がするから。