7.SCONE
季節は夏、からりとした暑さが日本とは違う。
だが、暑いのは同じ。
コンクリートよりは煉瓦道のほうが涼しいような気はするが、やっぱり暑い。
そこで、ひえぴたくーる、がほしくなる。

「ヤタ、意外と便利だよね」

ノースリーブの白いワンピースに長袖の水色のボレロ。
そのボレロの端から見えているのは白いヤタ。
ヤタは私の腹に絡みついて、顔を首元から出している。
爬虫類である彼らは夏でも体温は低いため、涼しい。
特製ひえぴたくーるである。

家でもナギニがパパによくくっついている。
たぶんあれはパパがそういう風にするようにナギニに命令しているのだと私は思っている。

私はいつも通り、ダイアゴン横町を歩いていた。
もう慣れたもので、古本屋の場所やおいしいアイスのお店やクレープのお店、かわいい文房具が置いてあるお店、たいていの場所はわかる。

私は暑さに負けて出店のアイスを食べていた。
時々ヤタが出てきてはチロリと舌を伸ばして勝手に舐めている。

「人が増えてきたなあ」

私とパパが買い物をしていたころは、人がまばらにいる程度だった道は今や人であふれている。
流れる人たちを見ながら、私は優雅にチョコクッキーアイスを舐めていた。
これからどうしようか、これだけ人がいるとあまり動く気にもならない。
ぼんやりと流れる人たちを見ていると、ぱちりと目があった人がいた。

背の高い銀髪…プラチナブロンドとでもいうのだろうか、そんな色の頭をした男性。
見た感じ、金持ちっぽい。

「え、なに、やばい?」

眼があった途端、なぜかこちらに向かってくる男性。
さすがに怖くなって逃げる体制に入った。
アイスを持ったまま人ごみに入るのは気が引けるので、小道に入る。
ダイアゴンに慣れた私にとっては小道もわかる。

はむ、とアイスにかじりつきながら、道を進む。
右へ左へ、ダイアゴン横町は意外と小道が多い。
本で見たことがある、イタリアのヴェネチアには負けるだろうけれど、負けず劣らず小道はある。
半年くらいダイアゴン横町で遊んでいた私にとっては慣れたもの。
遠回りをして、あの男性を撒いて、モネのいるカフェに向かった。

「あら、ななしさん。今日は早いわね」
「ん、なんか変な人に追いかけられたから」
「え?大丈夫だった?」
「うん、撒いてきた」

いつも夕方にいくモネのいるカフェ・シルヴィオ。
いつも通り、モネは私を迎えてくれた。
変な人に追いかけられたというと、眉根をひそめて心配してくれた。
ちょっと申し訳ないような気がして、私は平気平気、と繰り返した。

私はモネからアイスティーを受け取って、席に着いた。
それにしても先ほどの人は誰だったのだろう。
少なくとも、知っている人ではない。

思い返せば、本当にお金持ちそうな男性だった。
着ているものもそうだし、ステッキまで持って、いかにも金持ちって感じ。

パパの知り合いかもしれないが、少なくとも私は知らない。
何より、首元のヤタが威嚇音を出していたからいい人ではなさそうだ。
これはパパに報告だなあと思いながら、ストローを咥えた。


パパは私の話を聞いて、思い切り嫌そうな顔をした。

「プラチナブロンドのオールバックの成金か」
「成金とまでは言ってないけど…知り合い?逃げてきちゃったよ」
「鉢あったらあいさつでも何でもしてやればいい。だが逃げられるなら逃げろ。お前を捕まえられないようならあいさつなどする必要はない」

なんだそりゃ、といいたいのを我慢して、サラダの中のクルトンだけを口に入れた。
しかし、パパの知り合いらしいので危険というわけではなさそうだ。
成金らしいがパパよりも地位は低いみたい、でなければこんな言いぐさはしないだろうし。
というか、パパっていつでも誰かの上にいるような気がする。
パパが頭下げてるところって想像つかない。

私は最後のクルトンを口に放り込んで、いまだ何かを言い出そうとして、でもいうかどうか迷っているようで考え込んでいるパパの顔を見た。
パパは考える時間がとても長い。
考えている間はほとんどほかのことは考えていない、だけど行動はできるから考えているように見えない。
とっても器用な人間だ。

「まあ、もし俺と一緒にいるときに会ったのなら、あいさつくらいはするか」
「パパの友達だったりするの?その人」
「そうともいうかもしれないな」

はぐらかされた。
パパは私が残したトマトを仕方なさげに食べて、ほかの野菜は食べるようにと促してきた。
私は諦めてレタスを食べながら、昼のプラチナブロンドを思い出した。
そういえば、彼のステッキよりも少々高い位置に、同じようなプラチナブロンドがあったような。

「その人って息子がいたりする?」
「さあな。おそらくはいるだろうが、どうだかな」

本当に知人程度の付き合いらしい。
レタスを食べ終えて、一息つくと夏の蒸し暑さがまた身体の周囲を覆ったような気がした。



パパは有名人なのだろうか。
昨日はプラチナブロンド、今回はパパと私と同じ黒髪。
でも、私よりもパパよりの黒髪だ。
灰色の進化形みたいな黒さ。

「申し訳ない。女性に声をかけ、突然食事になど失礼とは思いはしたのだが…」
「いえ…あの、パパには捕まったら挨拶しなさいっていわれてますから」

私は今まで入ったこともないような高級そうなカフェにいる。
向かいには、黒髪に灰色の瞳の高級そうな男性と、その奥さんらしき人。
そして私の両隣には男の子と女の子。
私たちには同じように紅茶とスコーンのセットが、男性と奥さんの前には紅茶が置かれている。

「私は、レギュラス・ブラック。こちらは妻のダリア」
「はじめまして、ブラックさん。私は、ななしさん・ななしです」
「#NAME2##…?」

ブラックさんの隣にいた夫人が驚きと不思議が織り交ざったような顔をした。
日本人が珍しいとか、そういうレベルの反応じゃない。
私はそれを怪訝に思ったが、その思考を遮るようにブラックさんが私の左右にいる子供たちに自己紹介をするよう促がした。

「アルタイルです」
「スピカです。ななしさんちゃんって今年からホグワーツかしら?」
「あ、今年からです」
「だったらアルと同じね。私は2つ年上だけど、仲良くしましょう」

今の一時で分かったことが1つ、姉のスピカさんはおしゃべり。
となると、両親のどちらかもおしゃべりなんだろうな、本当はと思う。
逆にアルタイル君は静かな感じで、無駄なことは話さないって感じ。
気が合うかは未数値、でも新入生の仲間ができたのは安心だ。

私は日本人らしく曖昧に笑って、どうも、と返しておいた。
それでもスピカさんは元気だった。

「もう入学の準備は済ましたのだね」
「よくわかりますね」
「君の父上の性格を考えるとね。あの人は人ごみが嫌いだろう」
「その通りです」

レギュラスさんはパパのことをよくわかっているようだ。
私は感心しながら頷いた。
パパのことを話すレギュラスさんは柔らかな笑顔を浮かべている。
美人さんが余計美人に見える。

目の保養だなあと思いながらも、冷めないうちにと紅茶を飲んだ。
いつも飲んでいるものよりもずっと香りがよかった。

「ブラックさんは父のことよくご存じなんですね」
「レギュラスでいい。…そうだな、君の父上とは少々付き合いがあったからな」

少々、ってなんだろう。
見た感じ、パパよりも少しだけ年下くらいに見えるレギュラスさんは苦笑しながらそういった。
パパの性格を鑑みると、苦笑もしたくなるのかもしれない。
今は大分落ち着いているパパの学生時代なんか怖くて聞けない。
絶対俺様だっただろうし、先輩後輩関係なしに最上は俺みたいな人だし。

レギュラスさんはよければ子どもたちと懇意にしてくれとだけ言って、紅茶を飲み始めた。
まあ子供同士で話せとそういいたいのだろうことはわかった。
それを察知したスピカさんが口を開く。

アルタイルは話をする姉を無機質に見つめ返し、油の入りのいいブリキ人形みたいに頷いた。
どうやらかなり寡黙な子みたいだ。
スピカよりはずっと付き合いやすそうではある。

「ありがとう。スピカさん、アルタイルくん」
「…アルでいい」

私がそういうと、今まで紅茶のカップの淵を見ていた視線がこちらを見た。
母親譲りらしい緑がかった青の瞳がじっとこちらを見た。
ちょっとびっくりしたけど、辛うじてわかった、とだけ返した。

そのあとはほとんどスピカの独壇場だった。
曰く、自分はスリザリンだとか、組み分けは帽子を乗せるだけだから心配いらないとか、コンパートメント一緒にどうかしら?とかそういうことだ。
私は愛想よく応答をしつつ、スコーンを食べた。

私としては話の内容よりもスコーンのおいしさのほうが頭に残っている。
私の食べているスコーンは木の実が入ったもので、さくっとした触感とかりっとした触感の2つが楽しめる。
また、クリームが多いのか全体的に中はしっとり。
甘みは自然な感じで、ナッツのちょっとしたしょっぱさがさらにそれを引き立てる。

会話は1時間ほど続き、皆がアフタヌーンティーを終えたころに終わった。
むろんスピカはそれをきちんと見計らって話をまとめたのだろう。
そこからも彼女の聡明さが見て取れる。

「父上にお嬢さんを勝手にお連れして申し訳ないと伝えてもらえるかな」
 
帰り際、レギュラスさんはそういって私に小さな紙袋を手渡した。
紙袋には先ほどの店のロゴマークが入っている。
漏れ鍋まで送ってもらって、しかもお土産までとはそうとう頭が回る。
というか、なんだろう、ずるがしこい?

時刻は7時半、きっとパパに会うつもりはないんだ。
それがなぜなのかは私にもわからない。
でもパパに会わずして、自分の存在を伝えるために私を使った。
悪い方法ではないし、賢い方法だけど、なんだか少しムカつく。

レギュラスさんが帰ってから30分しないでパパは迎えに来た。
迎えに来てそうそう、訝しげな顔をする。

「なにその顔」
「今のお前と同じような顔だな。何があった」

どうやら私も訝しげな顔をしていたらしい。
私もそんな顔ができるのだなと少々驚いたが、とりあえず今日あったことを話して、紙袋をパパに手渡した。
パパは紙袋の中をなぜか杖で確認した後、ふむ、と一息ついた。

「レギュラスか。方法は悪くないし、何よりお前を捕まえられたのは優秀だな。だが、お前にこう不信感を持たれるあたり、俗化したというところか」
「簡単に言うと?」
「成長していい部分と悪い部分が両極化した」

わかりにくい。
しかし、感覚といてはなんとなくわかる。
私を捕まえたときの彼は非常に紳士的だったし、私も警戒心を少し解けた。
だけど、最後が悪い。
お土産なんていらない…といったらウソになるけど、私のためのではなくてパパにっていうのがよくない。
今まで一緒にいた私を差し置いて、パパにというのは、私よりもパパとの関係のほうが大切だとそういうことだし。

でも、言い方はよかった。
パパに渡す理由はあくまで私を勝手に連れまわしてしまったことへの陳謝。
それがあると、非常にいい人みたいだ。
だからこそ、その裏の意味が際立ってムカつく。

「だがお前が受け取ったということは、センスはいいみたいだな」
「そう!スコーンがすごくおいしかった!紅茶もおいしかったし!すっごく高そうだったけど」

ほかのお菓子なら受け取らなかったかもしれない。
何かと言い訳をつけて突き返したかもしれない。
それをしなかったのは、このスコーンがおいしすぎるから。

「なるほど、あいつはスコーンに救われたのか」
「そう考えると笑えるねえ」

そうだ、このスコーンじゃなかったなら私は受け取ってないんだから。
レギュラスさんが、パパとの関係を保てたのはスコーンのおかげ。
スコーン様様だ、あの高級そうな人も、そんな小さなものに振り回されると思うと、とても可笑しかった。
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