09.MANDRAKE
三号温室に入ると、むあっとした熱気に包まれた。
この温室に入るのは初めてのことだ。
中にはいくつもの植木鉢があり、そこにはふっくらとした産毛の生えた紫がかった葉が茂っている。

「今日はマンドレイクの植え替えをやります。マンドレイクの特徴が分かる人はいますか?」

どうやらこの葉はマンドレイクのものらしい。
マンドレイクといえば、マグルの世界のフィクションでよく魔女が薬の調合に使う植物だ。
頭に葉っぱが生えていて、根っこが人の形をしている植物。
冷静になって考えると、あれを磨り潰して薬にするのだから、本当に今後の魔法薬学が恐ろしい。

その風景を思い浮かべて苦々しい顔をしていたらしい、心配そうにスーザンが声を掛けてくれた。
大丈夫、と返していると、隣にいたジャスティンが声を掛けてきた。

「ななしさんはマンドレイクを見たことがありますか?」
「ないよ、ジャスティン。でも、よくマグルの世界で聞くよね」
「ええ。やっぱりななしさんはマグル育ちなんですね」
「うん。魔女だって知ったのも11歳の時だもん。フクロウが飛び込んできて焦ったよ」
「うちも母が叫んでました」

ジャスティンはマグル生まれの子だ。
うちはパパが魔法使いだったからフクロウには驚かなかったけれど、マグルのお母さんならびっくりすることだろう。
羽は舞うし、何より野鳥が家の中に入ってくるなんてプチパニックになる。

ジャスティンもマンドレイクのことを見たことはないが、物語の中で読んだことはあるらしい。
英国と日本で魔法使いの出てくる本は全く違うけれど、感じることは同じらしい。
その話を魔法界育ちのスーザンとハンナが物珍しそうに聞いていた。
2人にとってマンドレイクはそれなりに身近な存在なんだとか。
こそこそと4人で話していると、スプラウト先生に睨まれたので、皆押し黙った。

ただ、マンドレイクの特徴と危険な部分をハーマイオニーがすべて答えて、スプラウト先生はすぐに戻った。
先ほどまでロックハートの件で不機嫌だったのも、戻ったみたいだ。
流石ハーマイオニー。

「さて、ここに並んでいるマンドレイクはまだ若い。声を聞いても死にはしませんが、数時間失神するでしょう。新学期早々それは嫌でしょうから、きちんと耳当てを付けること!」

ここで倒れて泥だらけになるのも、新学期早々失神して笑いものにされるのも嫌すぎるのでしっかりと耳当てを付けた。
耳当てを付けると、周りの音がほとんど聞こえなくなった。
魔法がかかっているのかもしれにない。

スプラウト先生がやっていたように、葉の根の辺りを掴んで思いっきり引き抜いた。
かなり重いが、引き抜いてみたらその理由が分かった。

「うわあ…」

マンドレイクがどんな姿をしているか、マグルはマグルなりに考察を重ねている。
妖精のような美少女だとか、毛むくじゃらのおじさんだとか、諸説ある。
実際には、醜い赤ん坊のような見た目をしていた。
まだら模様の赤ん坊はぽっかりと口を開けて何か叫んでいるらしい、短い手足をばたつかせて暴れる。

そのため植木鉢に移し替えようものなら、手足が邪魔をしてうまくいかない。
だからといって手袋をしているとはいえ、触ろうとは思わない。
現に目の前にいるロンはマンドレイクの手足を手で握ろうとして、噛まれていた。
四苦八苦しながらもなんとか新しい植木鉢に移し替えて、土を入れた。
もうそのころにはすでに泥だらけで、いつもスプラウト先生が泥だらけだったのを思い出して、こんなことをしていたのか、とあっけにとられた。

授業を終えた頃には、もうみんなクタクタになっていた。
グリフィンドール生がバタバタと慌てて城に戻って行くのを尻目に、私たちはのんびりと白の方に向かっていた。

「あーもうクタクタ…」
「次、授業無くてよかったわ」
「グリフィンドールは次に変身術だってさ」
「うわあ…悲惨」

後ろからやってきたマクミランがそういいながらにやりと笑った。
グリフィンドールの生徒たちが焦っているのはそのせいらしい。
疲れているのにマグコナガル先生の授業が待っているとは、時間表を恨むしかない。

城まで戻ると、スリザリンの一行が地下に繋がる寮に戻るところと鉢合った。
私たちの姿を見た瞬間、顔を歪める人もあれば、あ、とこちらに寄ってくる人もいた。
ハンナやスーザンは何も気にしていない風だが、マクミランがむっとした顔でそれを見ていた。
マクミランがこちらに寄ってくるスリザリン生…アルとセオドールの脇を抜けて城の中に入って行った。

「ななしさん、夏ぶりだ。久しぶり」
「久しぶり、アル。授業だったの?」
「うん。闇に対する防衛術…とは名ばかりの自慢大会に出てきたよ」

アルが真顔でそう言い切ったため、ハンナとスーザンはマクミランの後を追って先に城の中に入って行ってしまった。
基本的に、ハンナとスーザンはロックハートの悪口とそれをいう人が嫌いだ。
流行に乗っている今だけの話だとは思うけど。

アルは今の授業があまりにも詰まらなかったらしく、無表情の中に不貞腐れたような雰囲気を纏っている。
セオドールはそのような感じはないが、彼は彼で無関心を貫いたに違いない。

「ねえ、ななしさん。僕、ヤタに会いたい」
「え?」
「ほら、去年言ってただろ?蛇を飼ってるって。そっちを見ていた方がよっぽど楽しいってセオドールと話してたんだ」

そういえばそんな話をしたような気がする。
セオドールも隣で頷いており、どうやら2人とも本気らしい。
まあ、会わせる分には問題ないと思う。
ヤタももともと大人しい蛇だし、人を襲うようなことはない。

ただ2人をハッフルパフ寮に連れてくるわけにもいかないから、こっそり部屋からゲージを持ってこないといけない。
できないことはないが、朝早めに出た方がいいだろう。
ハンナやスーザン、ミーニャにばれると面倒そうだ。

「OK、わかった。今週末はどう?」
「土曜でもいい?」
「うん、平気」
「分かった。じゃあ中庭で落ち合おう」

2人はそれで満足だったのか、機嫌よさそうに私を城の中に招き入れた。
ついでにアルが清め魔法をかけて、土がついたローブや靴を綺麗にしてくれた。
清め魔法が上手なのはスピカと似ている。

ぴっちりと清め魔法を掛けてもらったものの、汗をかいてべたつく肌までは綺麗にならない。
私は急ぎ足で寮へと戻った。
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