4.SHOPPING

服屋を出て次は本屋に向かった。
本屋ではパパがかご代わりの大鍋(そんなに重くなかった)に片っ端から本を放り込んできた。
読書家のパパらしいといえばそうだが、私の教科書はどうした。

「教科書は…?」
「まとめて置いてある。教科書が一番重いから最後だ」
「…パパ、何しに来たの?」
「本を買いに来たに決まっているだろう」

呆れたようにそういうが、本来は私の教科書を買いに来たわけで。
パパの趣味の本を買いに来たわけではない。
私も本を読むのは好きだが、これには辟易だ。

専門書には興味がないので、自分の読めそうな本を探しにひとり歩いた。
童話や物語の置いてある棚を見つけて、その本を見てみた。
魔法使いの世界を知るのに少しは役に立つだろうか。
児童書から、「吟遊詩人ビートルの物語」を選んだ。
これに関してはどうもポピュラーなものらしく、可愛らしいポップに「子供時代の定番!大人になっても楽しめる!」と書かれていた。

ついでにその隣の歴史書の中から魔法使いの近代史を探してみた。
近代史については簡単な教科書のようなものがあったのでそれを選んだ。
それから、主婦向けの家庭本「魔法を上手に使って家事をしよう!」「魔法にマフラーを編ませる方法」なんてものも手に取ってみた。

そのあたりで、ようやくパパと鉢合わせた。

「気は済んだ?パパ」
「…ああ、付き合わせて悪かった」

どうやら私がいなくなったことに気づかなかったようだ。
私が嫌味っぽく言うと、ちょっとばつが悪そうにしていた。

私は自分で選んだ本を大鍋に入れて、教科書を見に行った。
教科書は学問書と一緒におかれていて、パパは教科書以外にもそれらをいくつか一緒に買っていた。
いわく、「俺もついでに勉強しなおしたい」だそうだ。
見上げた向上心である。

たっぷり買った本は、また自宅に送ってもらうことになるらしい。
というか、家に入りきるのだろうか。
ただでさえ書斎には棚に入りきらず床に置いてある本だってあるのに。

「お前が見た本の中に魔法で収納スペースを増やす方法が書いてある。そういうことだ」

訝しげにカウンターの上の山積みの本を見ていると、パパはにやりと笑ってそういった。
日本では魔法を使わないでいたパパだが、私に魔法使いだとばらしたからか使いたい放題する予定のようだ。
なんだか釈然としないが、まあ本が増えても問題ないのは嬉しい。

積み上げられた本の中からパパは2,3冊だけ引き抜いて鞄にしまって店を出た。
どうもすぐに読みたい本らしい。
お昼時という理由も相まって(本当はこちらが優先されるべきだが、パパは本が読みたいがゆえに)小さな喫茶店に入った。
大通りから少し外れた場所にあるせいか、人は少なく静かだ。

「何がいい?」
「んー、甘いものと紅茶」
「…ホットサンドとケーキでいいな」

紅茶は様々な種類があったが、パパの薦めでアールグレイにした。
パパも同じものを頼み、ツナとチェダーチーズのホットサンドとハムとレタスのサンドイッチを頼んだ。
ケーキを頼んでないと文句を言うと、食後にしろと一蹴された。

注文を終えると、パパはすぐに鞄に手を伸ばした。
本を出すのかなと思ったら、新聞だった。

「…パパ、それ、写真?」
「そうだ。魔法界では写真が動画に近い。覚えておけ、これが普通だ」

新聞の一面記事「魔法省、管轄下にて不祥事か」という見出しの隣の写真。
そこには、手紙が宙を舞って飛んでいる光景が映っていた。
もうその時点で驚きなのだが、写真の中で手紙はせわしなく右上から左中央へと飛び交っている。
どうやら魔法界のカメラで撮るとこうなるらしい。

パパは難しい顔をしてその新聞を読んでいた。
私はヒマになってしまったので、雑誌ラックへ向かって適当な雑誌を手に取った。
雑誌は、主婦向けの週刊誌だ。
おばさん臭いかなとも思ったが、魔法界の流行を知るためにはちょうどいい気がした。

雑誌の表紙は、「家を守る!主婦にできる守護魔法」が大きく書かれていた。
内容も家の周りに張る守護魔法を数種とその持続方法などが書かれている。
小見出しには、例のあの人から家族を守るために、と書かれていた。

「…例のあの人?」

固有名詞として読んでいいのだろうかと疑問に思った。
名前がない人なのだろうか…良くわからない。

ぽつりとつぶやくと、サンドイッチを持ってきたウェイトレスが硬直していた。
目の前のパパも少し不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。
固まっているウェイトレスにチップを渡すとようやく動き出した。

「ななしさん、あまりそれは口にしないほうがいい」
「…なんとなくわかった」
「詳しくは家に帰ってからだ。読むならこっちにしておけ」

どうやら魔法界にもタブーがあるようだ。
私は雑誌をラックに返してパパに渡された本を手に取った。
その本は薬学の本だった。
どう見ても専門書だったので、むっとしてパパをにらんだ。
こんなもの読めるか。

「魔法薬学は菓子作りと似てる。そう思って読んでろ」
「…お菓子を作るのにネズミの尻尾は使わないと思うよ」
「そこに突っ込んだらおしまいだ」

パパは苦笑しながらそう言った。
サンドイッチを手にしながら、ぱらぱらと流し読みをしてみた。

それしにしても様々な薬があるものだ。
睡眠薬や育毛剤、風邪薬などのマグルの世界にもあるものから、若返りの薬、姿を変える薬、脱狼薬…よくわからないものまでさまざま。
使う品も薬草関係から、ネズミの尻尾、蜘蛛などまで…。
これを学校の授業で扱うことを考えると気が引ける。

ただ、お菓子作りという点には確かに、と思うこともある。
刻んだり、潰したり、混ぜたりと作業自体はお菓子作りっぽい。
…材料だけ無視すればの話だけど。

「ご飯食べてるときに読むものじゃないね」
「というより、食事をしながら本を読むこと自体が間違ってる」

と言っている本人も片手には本を持っているのだから全く説得性がない。

サンドイッチを食べ終わったところでケーキを頼み、ティータイム。
その時に改めて薬学の本を読んだが、細かい。
回す回数や方向で変わってくるなんて面倒くさすぎる。

少しいやになって、本を閉じた。
そのことに気づいたらしいパパがお会計をしはじめたので、私も店を出る準備をした。
昼下がりの街は少し人が増えていた。
ただ、あと買うものはそう多くはない。

「あと買うものは?」
「…ここよりも、あちらのほうがいい。離れるな」

パパは不機嫌そうにすたすたと歩いて行った。
私はそれを小走りで追いかける。

ある小さく狭い小道の中に入ると、すぐに空気が変わった。
ひんやりしていて、昼間だというのにすでに薄暗い。
迷路のような小道の曲がり角には人が座り込んでいる。
一気に治安の悪いところに入ってしまったようだ。

入ってしまったというか、たぶんパパが意図的に入ったのだろう。
離れるなというのはそういう意味だったのだ。
私はパパのローブを離さないようにして、それに隠れるように歩いた。
なんとなく、姿を見られてはいけない気がした。

いくつか薄暗い店に入って、買い物を済ました。
その間、私はパパのローブの下に隠れて、人に見られないようにした。
ほとんどの人は薄暗いことも相まって、私がいるということにはあまり気づいていないようだった。

ダイアゴン横丁に戻ってきて、私はようやく暑苦しいパパのローブの下から出てきた。

「賢い判断だったな」
「だってなんか怖かったし」
「危機感のないお前にしては上出来だ」

危機感は確かにないが、恐怖心はある。それが幸いした。
そのあとパパに話を聞くと、あそこは治安の悪いノクターン横丁という街らしい。
少なくとも子供が入るような場所ではないと。

決して入るな、と言わないあたりパパは分かっている。
私が、絶対に押すなと言われたスイッチを押すタイプの人間であるということを。


最後に残ったのは、杖だった。
パパの持つ杖は白い、骨のようなものだった。
杖は1人1人に合うものがあり、決まるまでに時間がかかるそうだ。

杖を扱う店は独占市場的らしく、大抵はここと決まっているそうだ…オリバンダーの店と。
古びた猫脚のドアノブを力いっぱい引くと、ぶわっと古臭いにおいがした。

「…!どうしてあなたがここに…」
「客は俺じゃない。こちらだ」

私の開けたドアなのに、さっさと中に入ったパパをちょっと驚いてみた。
紳士の国の名が泣くだろう。
遅れて中に入ると、なにやら驚いたような怯えたような顔をした老人がカウンターに立っていた。
おいおい、パパ、ご老体に何をしたんだ。

パパはこちらといって私の手を引いた。
英国の一般的な子供よりも小さい私は、前に出るとカウンターに隠れてしまう。
そのため、パパの横に立った。

「…お嬢さんですか」
「その通りだ。この子に合う杖を探している」
「わかりました…じゃあお嬢さん、こちらへ」

お嬢さんですか、の声には驚きと諦めのようなものが含まれているように思えた。
何なのだろう、パパはと仲が悪いのだろうか。
その雰囲気に押されて、少し緊張した。

おじいさんは少しして、いくつかの細長い箱を持ってきた。
それを開けて、カウンターに並べた。
カウンターには様々な色や長さの杖でいっぱいになった。

「さあ、好きなものを振ってみなさい」

そう促されて、とりあえず左端のものを振ってみた。
その瞬間、棚から細長い箱がびゅんと飛び出していった…1つ2つなどではなく、10個くらい。
びっくりして硬直している私の手から、これはいかん、と杖を抜いた。
そしてまた、次の杖を振るようにと促された。

そんなことを繰り返すうちに、店の中は台風一過を経験したかのようになった。
窓は割れ、棚は壊れ、天井の照明は地に落ちて、宙には箱の残骸が舞い、舞えないごみクズのような箱がカウンターに散乱していた。
それでもパパもおじいさんも参ったなという感じの顔だ。
パパは少しあきれていた。

「お前、あまり魔女には向かないのかもしれないな」
「パパ、やめてよ。ここまで楽しみにしてたのに」
「冗談だ。ほら、次をふれ」

おじいさんもちょっと疲れ気味のようだし、早く決めたい。
だが手渡された杖を振ると、また状態が悪化するのだ。
今度はカウンターにひびが入った。

「こりゃ参りましたねえ…お嬢さん、ここから見える箱で気になるものはありますか」

とうとう店主も投げやりになってきたようだ。
私はカウンターのそばにあった椅子の上に立って(靴を履いたままだ、椅子の上にもガラスが散乱しているから行儀とか衛生面とかそんなことは言ってられない)あたりを見渡してみた。
…はっきり言ってわかりっこない。
どれが気になるといわれても、どれも同じ箱にしか見えない。

「…中に入ってもいいですか」
「どうぞ、いいですよ」

おじいさんはカウンターのドアを開けて中に入れてくれた。
パパは入る気もないようで、カウンター越しにこちらを見ているだけだ。
棚のあたりは埃がひどい…まあ私が舞い上がらせてしまったせいだろうけれど。
それ以外にもカビのにおいがした。

あたりをきょろきょろしながら奥に進む。
和紙のようなちょっと日に焼けたような箱がずらっと並んでいるちょっと斜めになった棚(たぶん私のせいだ)を見回して、気になるものを探した。
つまりは、直感が大切なんだろう。

奥に進んでいく途中で、ちょっと目に留まった箱があった。
その箱は、他の箱のように紙製ではなかった。
ちょっと高そうな木の箱に入っている。

「これ振ってみてもいいですか?」
「ああ、いいですよ。でもここではやらないでくださいね」

どうも私の魔法もどきにはこりごりなようだ。
こんな狭いところで振ったら私もおじいさんも怪我じゃすまない。

カウンターのある方に戻ってくると、パパが眉根をしかめて待っていた。
待たせてしまっただろうかと思いながらも、箱から杖を出してみた。
その杖は、今まで見た杖の中でも最も短い。
色は新品の木製の子供机みたいな感じだった、柔らかそうなベージュに近い茶色。

私がそれを軽く振ると、風が吹いて、あたりに舞っていた埃や紙くずが星のようにキラキラと瞬いた。
光っただけで消えはしなかったが、それでもパパやおじいさんは満足なようだ。

「ようやくか…」
「それがあっているようですね」

ホントかよ、と思っているのが私だ。
時間かかってるし、もうそれでいいだろって感じじゃないだろうか。
私はちょっと呆れたように大人2人を見たが、彼らは関係なく話を進めていた。

「杖の素材は」
「桜の木です。芯は人魚の涙と鱗。よくしなる。天邪鬼ですね」
「水気が多い杖だな」

なんだかよくわからないが、これが私の杖で決定らしい。
天邪鬼とか言われてることが心配だが、まあそれは仕方ない。
私の杖になってくれただけでも感謝だ。
パパはお会計をして店主と少し何か話していたが、やがて私の手を引いて外に出た。

1時間半ぶりの外は空気が美味しかった。
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