01.SUMMER DAY

夏休みが終わりに近づくと、人が一気に増え始める。
多くの人は、子どもの教科書やら新しいローブやらを買いに来る人だ。
つまりは家族連れだから、人口密度がぐんと上がる。

その影響を受けることなく、カフェシルヴィオは静かだった。
まあ、裏道を少し行かないとカフェの看板すら見えないのだから常連しか来ないのだ。
あとは物好きな人がちょっとだけ…大抵そういう人は新たな常連になっていく。

「それで、ここに食虫蔓の煮汁を加えてとろ火で2分」
「ふうん…でも悪魔の罠って希少種でしょ。代用とかできないと作れないよね、これ」
「うん。それがネック」

さて、常連の中でも最年少なのが私とセオドールだ。
今日はセオドールと待ち合わせして、夏休みの課題の確認をする…予定だった。
魔法薬学の課題を見直していたら、いつの間にか課題ではない薬物の話になって、なんだかコアな話をセオドールが始めて、今に至る。
私は適当な相槌の進化版みたいな発言しかできないし、ぶっちゃけ飽きてきた。

「じゃあ、資料でも見つけてこようよ」
「…どこで?」
「本屋さんで植物図鑑でも見れば、代用品が見つかるかもしれないし」
「暑いから外には出たくない…ななしさん、行ってきて。任せる」
「…あ、うん」

え、私だけ?しかも買うの?
いろいろと言いたいことはあったが、セオドールが教科書に目を落として会話を終了させてしまったので、何も言えず。
自分から言い出したこととはいえ、暑い上に混んでいるダイアゴン横町に繰り出すことになったのだ、1人で。

本屋までの道のりは本当に大変だった。
セオドールも一緒ならまだよかったかもしれないとも思ったが、彼もそう背が高い方ではないので変わらなかっただろう。
何とか本屋に辿り着いたころには、眉根を顰めるくらいには髪が乱れ、汗をかいていた。
帰りたくなる気持ちを抑えて、本屋の中に入った。

本屋の中は、ダイアゴン横町以上の混みようだった。
その状態を見てすぐに引き返そうとしたが、すでに後ろから入ってくる人がすぐそこまできていて、帰ることもできず。
仕方なく、二階の図鑑コーナーに身を寄せた。
教科書が置いてあるわけでもなく、奥まった場所にある図鑑コーナーには5,6歳の少年と10歳くらいの少女が、動物図鑑を開いているだけだった。
一息つくことができそうだ。

「なんでこんなに混んでるの…」

夏休みとはいえ、混みすぎだ。
今までこんなに混んでる状況があっただろうか。
一階部分は人が入る隙間もないくらいに混みあっていて…そういえば今もだけど、甲高い女性の声ばかりがする。
もしかして、誰か有名人でも着ているのだろうか。

動物図鑑を開いていた少年がバタンと閉じた。
そして、トタタと走って吹き抜けの手すりによじ登り始めた。
少女はそれを止めるでもなく一緒になって登り始めるが、ふんわりしたスカートが邪魔なようで足取りがおぼつかない。
オイコラ危ないぞ。

「あなたのハートに?」
「ロックオン!ロックハート!あはは!」

少女が垂れ幕に書いてある金字を読み上げると、少年は某少女向けアニメのオープニングみたいな掛け声を挙げた。
そのまま手すりのよじ登って、てっぺんを目指している。
危ないってマジで!怖いわ!

「危ないぞ、少年少女」
「平気よ」
「そんなことより聞いて!ママがさ、あの中にいるんだ。僕ら早く帰りたいのにひどいよ」
「迷子?」
「私が迷子を選んだの」

私は少年たちのほうへと近づいて、少女を抱き上げた、さすがに見てられない。
彼女を少年と同じように手すりに乗っけて、念のため後ろから抱えるように腕を通した。
そして、私も彼らに倣って吹き抜けから一階を見下ろす。
一階には大勢の人が所狭しとひしめきあっていた。
いやもう気持ち悪いくらいだ。

そのうちの9割が女性だった。
若い人からおばさんまでそろっている。
少年たちのお母さんもそこにいるらしいかった。
まああの中に放り込まれるくらいなら迷子を選ぶほうが賢い。

「そっか。ママたちは君たちを見つけられるの?」
「わからないよ…でも好きならきっと見つけられると思うけど」
「そりゃそうだ」
「あ、ママだ」

少女は淡々とそう言い切った。
なんというかどこか大人びた不思議な子だ。

少年が指を差した。
その先にはたくさんの女性がいる、わからん。
少女曰く、指を差した先の茶髪のストレートヘアの女性がそうらしい。

「シャル、どーする?ママ、ぼくらがここにいるってわかるかな?」
「わからないとおもうけど」
「えっ…じゃあどうするの?」
「見つけてもらうまで待てばいいとおもうわ」
「それってどれくらい?」
「わからない」

シャルと呼ばれた少女は抑揚なく淡々と少年の質問に答えた。
間違ってはいない、すべて正論だ。
だけど、いやいや、もう少し思いやりを持とうよ。
少年の疑問の声は徐々に涙に染まっていた。

「…あー、分かった。君たちのママは私が呼んできてあげるよ」
「ほんと?」
「うん」

なんでこんなことになったんだかなあ。
本当は図鑑を買う予定だったのに、いつの間にかガキンチョの親を呼ぶことになっている。

少女はどうしてそんなことをするの?といわん限りの目でこちらを見ていた。
どうやら感受性の低い子みたいだ…大丈夫かなこの子。
少年は目に浮かべていた涙を勢い余って零していた。
うんうん、元気だなあ。

私は少女と少年を手すりから降ろして、図鑑を読んでいるように頼んだ。
少年はもう一度動物図鑑を開き、少女は植物図鑑を新しく開いた。
その様子を少しだけ見守ってから、私は意を決して1階へと続く階段に向かった。
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