Phrase dawn
ななしさんは寝ている。
穏やかな寝顔を少しだけ撫でて、ヤタを引き連れて部屋を出た。
ヤタは不機嫌そうにシューシューと声を上げている。
ななしさんとともに帰ってきてから、ずっとだ。

『…で、ななしさんにすごくしつこく纏わりつこうとするから怒ったら怒られたんだ。僕、何も悪くないと思うんだけど、パパさん。ななしさんったら理不尽だよねえ』
『…まあなんだ、許してやれ。あいつにはわからなかったんだろう。よくやった、ヤタ』

どうやらもうすでに学校では事件が起こったらしい。
例のあの人によるものだと、そう聞いた。
ハリーポッターが在学中には、しばしばこういうことも起こることだろう。

ヤタが敏感でよかった。
下手をすれば、乗っ取られていたかもしれない。
乗っ取られたとしてもたいていの場合なら払える。
しかし、念には念を入れたほうがいいだろうし、乗っ取られないに越したことはない。

『それで、あれは何だったの?気持ち悪かったんだ、パパさんに似てたけど全然似てなくて』
『それは後々。俺でないことは確かだから、また会ったら威嚇していい』
『やだよ、またななしさんに怒られるじゃないか』
『もう怒らないように言っておくから、しっかり警戒してやってくれ』

俺に似ているのは、ある意味当たり前だ。
おそらくあいつはななしさんにも気づいただろう…ハリーポッターのみならず、ななしさんまでいるとなるとホグワーツは大変だな。

ななしさんに関しては、こちらでしっかりとフォローを入れていかねばなるまい。
ハリーポッターと違って、勇敢ではないにしろ、巻き込まれやすいようではあるから。
その点に関しては、母親に似たマイナス部分でもあり、プラス部分でもある。
まあ受け継いでしまったものは仕方がないのだ、何にしても。

「…さて、明日の朝食はどうするか」

ななしさんが帰ってきたからには、手抜きはできない。
恐らく洋食に飽き飽きしているであろう娘のために、米と味噌を用意してある。
朝も和食がいいだろう…夕食の残りも出すとして、あと数品。

こうして、料理を考えるのもだいぶ慣れたものだ。
11年、長いようで短い日々だったと思う。
今までが平和だったのだ。
マグルの世界は、俺たちにとって平和そのものだった。

「まあ、こうなることはわかっていたことだしな」

ななしさんの安全のためとホグワーツに通わせることを躊躇った時期もあった。
捨てた入学届が何枚あったかなど、覚えてもいない。
魔法界に行けば、今よりも危険が増える、ななしさんを守り切れないとそう思っていたことも。
マグルの世界で、俺がななしさんに魔法を教えればそれが一番平和だと思っていた。

しかし平和を壊されるのが嫌だからと、ななしさんを束縛するのは間違っている。
それくらいはわかっていたから、ななしさんが入学届を手にした時点で諦めた。
忘却呪文をかけることも最終手段として残っていたが、それをやめた。

親の都合で、子ども自由が侵されることがあってはならない。
決して、あってはならない。

「来年も、何事も…あってもいいが、大事に至らないといい」

何事もないことなど、無いだろう。
ななしさんとハリーポッターがいる限り、何らかの問題は起こる。
その時、いかにななしさんが自分の身を守れるか。
それが最も重要だった。

自室の鍵のかかった引き出し。
そこには、1冊のちいさなアルバムと指輪が収められている。
マグル式の写真の中の妻が静かに、しかし明るく笑いかけていた。

カーテンが明るいグリーン色に変わった。
日が昇るのが早くなったものだ。
今さら寝るのも面倒なので、引き出しにアルバムを仕舞って鍵をかけて、部屋を出た。


prev next bkm
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -