3.MAGIC

楽しみで、早く起きる…などということはなかった。
今日もお腹のあたりにずっしりとした重みを感じて目が覚めた。

「ナーギニー、重いってばぁ…」
「シューッ」
「起きるって」

頬をなでるようにヌラヌラとした尻尾が動いた。
目を開けるとナギニとばっちり目があった。
私は幼少期からずっとこの大蛇と一緒に過ごしているから怖くはないが、普通なら失神する人だって出るだろう。

ナギニは意外と人懐っこく優しい性格をしている。
滅多なことがない限り威嚇をしたり牙をむくことはない。
普段、お客様が来たときにはおとなしく水槽に戻る。

ナギニに促されて、ベッドを降りた。
代わりにナギニが我が物顔でベッドで蜷局を巻き始めていた。
とりあえずクローゼットからワンピースとカーディガンを引っ張り出して着替えて、リビングに降りた。

今日もパパは和食の朝食を作っていた。
こちらに来るまではフォークとナイフに慣れろと言っていたというのに、今や箸でしか食べられないような食事を出してくる。
今日はご飯と昨日の肉じゃが、キャベツの味噌汁、きんぴら。
美味しいからいいが、私はいつになったらナイフとフォークの使い方を覚えられるようになるのだろう。

「さて、行くか」
「うん」

ご飯を食べ終えて、食器を片づけて9時ごろ。
私服のパパはかなりイケメン、モデルみたい。
結構自慢のパパだ。

パパはバスと電車を乗り継いでロンドンへ出た。
その間、車を買うかどうかで何やら悩んでいるようだった。
日本ではバスや電車がたくさん来るし、遅延などはないが、外国ではそうはいかないようだ。
私は別に遅延しようがなんだろうが、あのぎゅうぎゅう詰めの電車よりも遅れてもそこまで混み合っていないこちらの電車のほうが好きだ。
とはいえ、時間に厳しいパパはやっぱりこちらの電車は性に合わないみたいだった。

ロンドンの時計塔や観覧車を見ながら、大通りから少し離れた場所まで来た。
どこもかしこもレンガ造りで、見ていて飽きない。

「ロンドンはまた今度観光するとしよう…まあ大したところはないが、ななしさんは楽しめるだろうな」
「うん、観覧車乗りたい」
「それもいいだろう、さあここだ。離れるな」

見ているだけでも楽しいのだから、観光したらきっともっと楽しい。
わがままを言うとパパは嫌がるかと思ったけど、意外と乗り気のようだ。

パパがここだといったのは、小さな看板の下がったお店だった。
薄暗い裏路地のお店で、少し怖い。
ぴったりとパパにくっ付いて歩いた。
パパの大きな骨ばった手が、私の手をぎゅっと握った。

パパはカウンターを一瞥もせず、まっすぐに店の奥のドアを目指した。
店を横切る間、店にいる人は少し笑って私を見ていた。
にやにやとしたいやな笑いなどではなく、なにやら微笑ましいものを見るような感じだった。
おじいちゃんおばあちゃんが近所で遊んでいる子供を見るみたいな感じだった。

パパがドアを開けると、そこはゴミ捨て場みたいなところだった。
お勝手裏というか裏門というか、とにかく裏っぽい。

パパは鞄から杖と長いマントのようなものを取り出した。
先にマントを羽織り、その下に私を隠した。

「何?」
「なんでもない。まあ見ていろ」

パパは手にした杖で、レンガのいくつかに触れていった。
5か所くらいに触れたところで、一歩下がった。

すると、今までただのレンガの壁だったものが、ゴゴゴ、と動き出した。
地鳴りが終わるころにはレンガの壁はアーチに変わっていた。
その先には、マントを羽織った人がたくさん歩いている。

「ここが魔法使いの街、ダイアゴン横丁だ」

呟くようにパパがそう言った。



店の看板には蝙蝠がいたり、フクロウがいたり。
猫はもちろん、フェレットやネズミ、カエル…普通なら街中で見かけないような生き物がたくさんいた。
ショウウィンドウの中ではへんてこな機械がガシュガシュと動いていたり、にょろにょろとした細い蔓が蠢いている植物の鉢が置いてあったり、空飛ぶ箒が置かれていたり。
通りを歩く人々は、マントを身に着け、中には魔法使いのあのとんがり帽子をかぶっている人もいた。

パパは私のゆっくり歩く速度に合わせて歩いてくれていた。
いつもならすたすたーっと行ってしまうけれど今日は特別みたいだ。

「ななしさん、まずは服を買う。そのあとに杖だ」
「マント?」
「ローブだ」

どうもマントはローブというらしい。
今日のうちに必要なものをすべて集めてしまおうと考えているようだ。
学校が始まるのは9月らしいが、早め早めの準備をしようとするのはパパらしい。
たどり着いた先にあったのは、マダムマルキンの洋服店という小さくてかわいい看板の下がった店だった。
パパは迷うことなくそのドアを開けた。
ドアについていたベルが、りりんとなった。

「いらっしゃいませ、こんにちは。今日はどんなご用件で?」
「ホグワーツの制服を」
「かしこまりました。御嬢さん、こちらへ」

私の知ってる洋服屋と全くシステムが違うので驚いた。
店の奥から出てきたおばさんに促されて、試着室に連れて行かれた。
不安になって、パパを見たが我関せずという感じで椅子に座っている。
どうもこれが普通のようだ。

おばさんは腰に付けたポーチからメジャーを取り出して、私の前でその先をたらりと下げた。
メジャーの先は蛇のように勝手に動いて、私の足元に降りた。
驚いたが、これも魔法かと少し納得。

身体のサイズを図られて、ようやく試着室から出ることができた。
パパのいるテーブルに向かうと、椅子が走ってきた。
比喩なしで、馬のように走ってきた。
呆然とその様子を見ていると、椅子は足をまげて私が座りやすいようにしてくれた。

「…これも魔法?」
「そうだな。早く座ってやれ」

座ると、椅子は足を伸ばして普通の椅子に戻った。
テーブルにはお茶とお菓子が置かれていた。
どうも待ち時間を潰すためにおかれているらしい。

お菓子は見たことの無い物ばかりだった。
そもそも、イギリスのお菓子にまだ慣れていないから当然と言えば当然だ。
しかし、魔法界のお菓子はまたちょっと違うようだった。

「それはやめておけ、ななしさん。食べるならこっちにしろ」
「…これ、なに?カエルチョコ?」
「そのまんまだ。チョコでできたカエルだな。普通に動くし逃げるしで面倒だからやめろ」

五角形の箱を開けようとしたら、パパに止められた。
パッケージには金の文字でカエルチョコレートと書かれていた。
あまり考えないで開けようとしていたので、ちょっと驚いた。
そしてパパの説明を聞いてもっと驚いた。
ちょっと開けてみたい気もしたが、お店でやるには少しまずいようなものらしい。
パパから差し出されたクッキーを大人しく食べた。

しばらくすると、おばさんがハンガーにかかった制服を持ってきた。
グレーのスカートと同色のセーターだ、ちょっとダサい。

「さあ、一回着てみて!」

そういわれて試着室に突っ込まれた。
とりあえず、言われたように着てみた。
少々サイズは大きいが、長く着ることを考えればこんなものかもしれない。

「サイズはよさそうね。気持ちの悪いところはない?」
「ないです」

出来ればプリーツスカートじゃなくて、普通の襞付きスカートがよかった。
それに、灰色じゃなくて赤とか緑のチェックが良かった。
私が通う予定だった中学校はセーラー服だったけど、これならそっちの方がましなような気がしてくる。
あと、スカートが長いのが気になったが、それらすべてを呑みこんで言った。

試着を終えれば私の仕事はもうない。
パパは出来上がった制服を自宅に送るように手配していた。
その間、私は様々な洋服を見て回った。
魔法界でも私服のセンスはそこまで変わらないようだ。
違うのはローブくらい。
ただ、ローブのせいかスーツという概念はないようだった。

女の子の洋服はお出かけ用のワンピースやスカート、ニット、ボレロなど様々。
寮生活ということは、私服もある程度は持っていかなければならないはずだ。
今の私服で事足りるだろうか。

「そんなに洒落たものを着ていくと逆に浮くぞ、イギリスではな」
「そんなもの?」
「外を歩くやつらを見ろ。出かけ先でもあの程度だ、一般生活をする寮ではもっとひどい」

やることを終えたらしいパパがいつの間にか傍に立っていた。
襟付きのワンピースを見ていると、呆れたようにそう言った。

日本では小学生でも化粧をするような子がいるくらいだ。
イギリスはどうだか知らないが、おしゃれをしたい気もする。
パパに言われて出窓から外の様子を窺うと、とある親子が目に付いた。
父親らしき男性は半ズボンにポロシャツにローブというハチャメチャな格好をしていた。
母親はロングスカートにブラウスだったが、娘はジーパンとTシャツ。
…そういえば、アメリカのドラマだと学生はみんなジーパンとシャツだった気がする。

「なんとなくわかったけど…私ジーパンは似合わないし」
「別にジーンズを履けとは言わない。…学校で過ごすならこれくらいだろうな」

大体ジーパンは足が長い人がはかないと似合わないようなイメージがある。
パパはいいかもしれないが(それでもパパがジーパンを履くことは少ない)私には似合わないだろうし。

パパが話しながらもラックの中から手にしたのは、キュロットスカートとチュニックだった。
全体的にふんわりとしていて過ごしやすそうだ。
なるほど、それならイギリス人に比べてちんちくりんな私にはぴったりだ。

「ある程度は品のある恰好をしておけ。損はない」
「わかった。でも普段は制服だよね?」
「ああ。休日だけは私服で、あとは制服。ただ、放課後の寮内はほとんどの生徒が私服だったな、俺の時は」

さすが卒業生だけあっていうことが違う。
パパは手に持ったキュロットとチュニックも会計を済ませ、これも制服と一緒に送るように手配した。
さらっと買っちゃうあたりパパである。
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