38.PAINT
冬の分厚い雪に埋もれたホグワーツに、羽ペンの音が響く。
まあ、あれです、テスト。
イギリスに来て驚いたことの中に、学校の制度の違いがある。
日本における11歳児は基本的に、テストに追われるなんてことほとんどない。

テスト前に勉強するなんて、中学からだ。
下手したら私なんて中学に入っても勉強しなかったかもしれない。
だって馬鹿でも卒業できるし、義務教育万歳。

しかしイギリスではそうもいかない。
困ったことにテストである程度の成績を修めないと卒業どころか進級も危ういときた。
魔法学校には魔法を教える義務があるのではないかと思っていたのだが、甘かったらしい。
パパにこんなの絶対おかしいよ!と手紙を送ったところ、別に進級できなくてもいいが、恥ずかしい思いをするのはお前だぞ、といわれてようやく勉強を始めたのだ。

「11歳から勉強に追われるなんて、将来が危ぶまれるよ。もっとさ、自由に遊ぶべきだと思うんだけど」
「今年いっぱい遊びまくってたのに何言ってんだ」
「…はい」

まあ、確かに遊んでいた。
学校からの課題は行うが、休みも多かったし、やりたいことをやりたいだけやっていたと思う。
ルイス先輩のいうことは正しい。

ルイス先輩とセドリック先輩は私たちよりもずっと必死そうだ。
というもの、OWLという大きな試験を前にしているらしい。
なにやらそれによって就職が変わってくるとか…14歳にして就職を視野に入れなければならないとは恐ろしい。

隣にいたスーザンの2年後は私たちもああなるのね、という呟きに顔を青くするほかない。
日本に逃亡したい。

ただ、テストはまだ1ヵ月も先の話だ。
セドリック先輩たちはOWLがあるから早くに勉強を始めていて、私たちはそれに便乗している形。
いつも遊んでくれているセドリック先輩たちが勉強しているのに、私たちがのうのうと遊んでるって言うのもねえ、というスーザンの行き過ぎた気遣いからこうなった。
私は勉強するにしても基本1週間前に詰め込むタイプだと思う…そんなに勉強したことないからわからないけど。
というわけで、そうそう飽きた私は寮を離れて校内をふらふらしていた。

何たって図書室も勉強する人ばかりでいるのすら憚れるし、スリザリンのスピカ先輩もOWL。
やることもないから、何か面白いことはないかと絵画たちの会話を盗み聞きしながら過ごしていた。、

『そういえば、マルフォイがやけに楽しそうだったわねえ』
『本当に?心配だな。あの子は、父親に似ずに全く危ないことばかり…誰に似たんだか』
『あれは母親の血よ、ブラックは果敢な部分がありますからね』
「それってドラコのこと?」

スリザリン寮の階段の前の品の良さそうな老婦人と精悍な男性が話していた。
椅子に座る老婦人はほぅと物憂げに頬に手を当て、ちょっと演技っぽい様子だ。
男性は静かに老婦人の傍に立ち、話を聞いていた。
たぶん、どちらもスリザリンの家の人なのだろうと思う。

私がポロリと零した呟きを彼らは聞き逃さなかった。
老婦人はぱっとこちらを見て、ちょっと驚いた顔をして、でもすぐに眉根をしかめた。

『あら、お話をするときはきちんとした言葉遣いをするようにと言われなかったの?可哀想に…』
『おや?驚いた、君は彼の子だね。顔つきがそっくりだな…色は消しているようだが』

老婦人は私の胸元をちらと見ると、嫌そうに目を細めた。
そのあからさまな態度に皮肉っぽい口調で、いわゆるお貴族様といったところ。
まあでもこれは私が悪い、目上の人には敬語を使うのが当たり前だ。

一方の男性は、ちょっと驚いた顔をしたのは老婦人と同じだったが、すぐに懐かしそうな顔をした。
老婦人は驚いたように男性を見て、何、何なの、と声を上げる。

彼とはパパのことだろうか、顔が似ているというのはよく言われる。
パーツはちょっとずつ違うのに、なぜか全体図を見るとパパに似ているという謎設計なのが私の顔だ。

「パパを知っているんですか?」
『もちろん。彼は私の後輩だった、とても優秀だったから有名さ。絵画たちにも知るものは多いだろう』
「そうなんですか」
『それにしても、驚いた。彼の娘がハッフルパフとはね。風の噂でハッフルパフの子と結婚したとは聞いていたが』

ふむ、どうやらパパの知り合いらしかった。
彼はティエランドロだと名乗ってくれたので、一応私も名前を教えておいた。
今度パパに聞いてみるとしよう。

隣の老夫人は途中から機嫌を悪くしたのか、別の絵画へと移動してしまっていた。

『それで、君はマルフォイと仲がいいのか?』
「友達です」
『そうか…いや、先ほどマルフォイがここを通ったんだがね、ひどく興奮した様子で「今夜だ、ポッターを貶めてやる」なんて言っているものだから心配でな。困った子だ、変なところで勇気がある…無謀なことだ、嘆かわしい』

ティエランドロさんは眉根をしかめて唸るようにそういった。
確かにそりゃ無謀だ、どうせ今夜というのは消灯時間後のことだろう。

そして、グリフィンドールのハリー・ポッターはここ半年で無茶をする子として認識されている。
その噂や武勇伝らしきものは校内の絵画たちにまでも広まっているくらいだ。
例えば、夜中に寮を抜け出すだとか、ハロウィンのときのトロール戦だとか…まあいろいろある。

そしてドラコはそんなハリーをなぜか敵視していて、なんとか彼を貶めようとしては失敗している。
そもそも関わらなければいいだろうに、なぜか関わりに行くものだから周囲は大変だ。
絵画にまで心配されるとはいかに。

「本人から話を聞いてみます」
『すまないが、頼む。君に負担をかけたくはないが…彼もまた大切な純血の系譜だから、守っていかねばなるまい』
「気にしないでください、ティエランドロさん。友達ですから、危ないことをしそうなら止めるのは当然のことです。教えてくれてありがとう」
『いや…何かあったらすぐに言いなさい。私からルシウスに話しておく』

どうやらティエランドロさんは顔が広いらしい。
私はやることができたので、スリザリン寮の前に向かった。

スリザリン寮内は非常に静かだった。
なぜか話し声はすべてウィスパーボイス、ある意味すごい。

寮内にいれたPのバッチを付けた先輩(監督生の先輩だ)がドラコを呼びに行ってくれている。
それ自体は有難いのだけれど、1人談話室に取り残されるとそのウィスパーボイスが気になって仕方ない。
あの子、だれ?とかハッフルパフ生だわ、とか劣等寮が何の用だとか…まあいろいろといっていらっしゃる。

スピカ先輩やアルがいてくれることのありがたみを身を以て感じていると、ドラコがやってきた。

「すまない、待たせた」
「ううん。私が突然来ただけだから」

ドラコが来るとウィスパーボイスが止んだ、すごい世界だな。
彼はちょっとそわそわしているようだ…まあ私が彼を呼び出すことなんて滅多にない。
2人で話すのもこれが初めてな気がする。

そう思うと少し緊張するような気もしたけれど、とりあえずは本題を提示することにしよう。

「今夜、何かあるの?」
「…何が」
「独り言は避けた方がいいよ、絵画たちは噂好きだからね」

どうやらシラをるつもりだったらしい。
さっくりと情報源を教えると、ドラコは黙り込んだ。
そして、小さな声で話し始めた。

「これだよ」
「…なにこれ、手紙?」

ドラコがローブから取り出したのは一枚の羊皮紙だった。
そこには、簡単なあいさつから始まってドラゴンを受け渡しを土曜零時にという内容、それから最後に名前が記されていた。

なるほど、今日の夜中零時にドラゴンの受け渡し。
それをドラコは摘発しようとしているらしい。

「ハリーたちの罠の可能性があるでしょ。ドラゴンなんて現実的じゃないし」
「いや、ドラゴンがいるのは本当だ。森番の家で見た」
「ドラゴンって違法でしょ。何でもってんの」
「知るか」

この手紙をなぜドラコが持っているのかなども気になる。
聞けば、ドラゴン関連の本に挟まったままだったらしい。
ということは、向こうのうっかりミスか意図的な作戦。
普段から仲の悪い両者だしで見当もつかない。

そんな危険な橋を渡ろうだなんて、それこそ愚かだ。
もし見つかってしまえば減点もの。
その上、ドラゴンが本当だとすれば危険まで伴う。

「やめたほうがいいと思うけど…罠の可能性だってあり得なくないよ」
「いや、あいつらはそんなに頭が回るやつじゃない」

いや、その決めつけはよくない。
ハリーは結構頭が回ると思うが…まあドラコはそんなこと認めないだろう。
とにかく、これはちょっと危ない。

「ばれたら減点ものだよ、分かってる?」
「わかってるさ、ばれなきゃいい」

ダメだわかってない。
とりあえず話を切り上げて、私はスリザリン寮を出た。
ドラコは私を送ると言ったけれどそれを断って、ティエランドロさんのところに向かった。

「全然話を聞いてもらえませんでした…」
『君は悪くない、すまないね。とりあえず私からセブルスに話しておこう。危険なことがないようにはして、罰則なりなんなり受けてもらうとしよう。そうすれば少しは反省もするだろうから』
「あはは…荒療治ですね」
『若いうちに痛い目を見ておいたほうがいいさ』

さすが長く生きている人のいうことは違う。
とりあえず自分にできることはした、あとは彼の運しだいだ。
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