パパにとって、イギリスでの仕事は暇なんだろうか。
「パパ、暇だったの?」
「お前の面倒を見る必要がないからな」
「…うへへ」
普段のクリスマスよりもずっとずっと準備が派手だ。
リビングにはきちんとデコレーションされた樅木があって、壁紙もクリスマス風のモスグリーンのものに張り替えられていた。
それに、壁には蔦が這っている…これはセドリック先輩に教わった、ええと。
「なんだっけ、これ」
「ヤドリギだ。家ではいいが、外でヤドリギの前に座るな」
「ん?」
「日本ではありえないようなジンクスがあるからな、いやな思いをしたくなければ気を付けることだ」
そうそう、ヤドリギ。
そういえば、セドリック先輩が教えてくれた時に、隣にいたルイス先輩が嫌な笑みを浮かべていたから印象に残っていたんだ。
その上、パパの忠告は的を外れない。
気を付けておこう。
一度、荷物を上に置きに自室に戻った。
自室は私が普段使っている時よりも綺麗だったから、定期的にパパが掃除しているのだろうとわかった。
うーん、これだけ綺麗にできるならパパがやってくれればいいのになあ、と思うけど、それを言うとネチネチ嫌味を言われることだろう。
ヤタのゲージを鞄から出して(本当にこの鞄、何でも入る)、硬く蜷局を巻いているヤタを腕に抱いた。
そのヤタを暖炉のそばに置いて、テーブルにつく。
まだクリスマスではないから、ケーキとキチンはお預け。
その代わりに、肉じゃがと味噌汁と御飯が並んでいた。
「…さすがパパ。わかってる…!」
「こちらの食事には飽きただろう」
「うん…ごはんだ…白米…」
「その前に手を洗ってこい」
なるほど、イエスではなくてパパが神だったか。
本当にパパは気が回る…見習わないと。
さて、手を洗って御飯だ。
箸を持つのも久しぶりだし、パパと2人なのも久しぶり。
いただきますは学校にいても癖で言ってしまう、この前もハンナたちになんて言ってるの?って聞かれた。
いただきますの意味を教えたら、いい国なのねって言われたのがちょっと嬉しかった。
「それで、この前のハロウィンはどうなっていたんだ」
「うん。心配かけてごめんなさい」
食事を終えて、出された緑茶を冷ましていると、ハロウィンの話題を出された。
まあ間違いなく聞かれるだろうとは思っていたから、そこまで驚きはない。
パパは怪訝そうだが、怒っている風ではない。
私は塊と化しているヤタを膝にのせた。
「心配を掛けた以外は、ななしさんに負い目はないということか」
「少なくとも私はそう思う」
「なるほど。では原因は?」
あのハロウィンの事件の一番の被害者である私は、特になにをしたわけでもない。
いうなれば、運がなかった。
トイレに行っているうちにトロールが来るなんて誰が想像するだろう。
原因は、と聞かれると少し困る。
私が巻き込まれた原因を指しているのか、それともこの事件全体の原因を指しているのか。
…まあたぶんどちらもなのだろう。
恐らくパパは、私の見解を聞きたいのだと思う。
「ハロウィンの事件、どこまで話したっけ?」
「夕食前にトロールが校内に侵入していた。その際、お前はトイレにいて、そのことを知らなかった。運悪くトロールが近くまで来てしまい…そういえば、ここにグリフィンドール生がいたらしいな?そのあたりが曖昧だな」
「うん、大体の概要はあってる。グリフィンドール生がいたのは確か。グリフィンドール生は女子1人、男子2人。女子の子は私の前にトイレにいたの。で、最初に襲われたのが私たち。そこにトロールがきたから、冷静な判断ができなさそうなグリフィンドール生の女子を逃がそうとして怪我した」
「男子2人はいつ、なぜ来た?」
「男子が来たのはトロールがきた後。女子の友達で、トイレに行っていたのを思い出して伝えに来たところだったみたいね」
…ちょっとだけ、情報を伏せた。
本当のことをありのまま教えたら、パパはハリーとロンに何らかのアクションを起こしてきそうで怖い。
小学校時代の教師の件もあり、私は少々敏感だ。
しかも、今回は結構大きな怪我をしてしまったし。
私が叱られるくらいならいいが、他人に負い目があるとわかったら大変だ。
パパは何やら考え込んでいた。
うん、もしかしたらばれてるかも。
「男子はお前が怪我をするのと同時に来たのか」
「そうだね、ほぼ同時」
「なるほど。ななしさんはその3人ともともと面識があったな」
「どうして?」
何でわかるんだ…怖すぎ。
なんだかいろいろと説明してくれたが、話が長すぎて途中から聞くのをやめてしまった。
でも最初の方、女子が先にトイレに入ったのであれば、出るのはその女子のほうが早いはずで、そうでないということは8割方お前らお喋りをしたのだろうとか言っていたのは覚えている。
いや、何この人、なんでわかるんだ。
「まあグリフィンドール生が無鉄砲なのは今に始まったことではないな」
「それは否定しないけどさ」
「大体のことはわかった。…好きにしろはいったが、少々やんちゃが過ぎるな」
「それはごめん」
まあ、ちょっとやんちゃしちゃったかなって感じはする。
私とパパだけしかいないのだ、そりゃ大切なんだろう。
パパの大切なものを壊すわけにはいかない。
私もパパが大好きなんだから。
来年は気を付けよう、と心に誓った。