30.FOOTSTEP
入院生活を終えて外に出てみると、もうクリスマスの匂いがした。
匂い、というか、感じというか。
キリスト圏のイギリスだからだろう、クリスマスは盛大にやるらしい。
ハロウィンの時と同じように私は楽しみにしていた。

そして、何より、クリスマスには休暇がある。
日本でいう冬休みだ。

「ななしさんは帰るわよね?」
「うん。心配かけちゃったし」

ハロウィンに怪我をして以来、パパからの手紙は増えた。
私がまた怪我をしないだろうかと心配らしい。
その心配を払拭するためにも、一度パパのもとに戻りたい。

ホームシックにはならないにしろ、パパをほっとくほど冷たい娘でもない。
何より、パパの料理が恋しい。

イギリスの料理は総じて味が濃く、こってりしている。
食事に関しては、だいぶ慣れてきたものの、時々食べたくなるのが母国食。
パパにはクリスマスは和食がいいと手紙を書いた、それが一昨日。
おそらく今日、返信が届くだろう。

部屋着から制服に着替えて、髪を軽く三つ編みにした。
さらされた首元にカナリアカラーのマフラーを巻く。
ローブにもだいぶ慣れた。

「さー行きましょ」
「OK!」

元気なハンナとスーザンの背中を私は追う。

談話室にはそれなりに人がいる。
というのも、ハッフルパフはグループ行動が大好きで、いつまで経っても先輩後輩のグループで大広間に向かう。
他寮では道を覚えれば1年だけでも移動してしまうし、先輩も後輩を待つことはない。
その点、ハッフルパフの先輩は後輩が大好きで、誰か後輩を引き連れていないと談話室から動かない人が多い。
私たちのグループについてくるのは言うまでもない、セドリック先輩とルイス先輩である。

「おはよう、ななしさん」
「おはようございます、セドリック先輩」
「さみーなあ、今日は」

セドリック先輩が一番に私たちに気付いて、微笑みかけた。
先ほどまでルイス先輩と話していて女子寮に繋がる廊下の方なんて見ていなかったのに…頭の裏にもう一つ目でもあるのだろうか。
そのセドリック先輩に続いて挨拶をすっ飛ばして今日の天気について意見を述べ始めたルイス先輩。
まあ、彼らしいといえば彼らしい。

一頻り挨拶を終えて、ようやく私たちは談話室を後にする。
いつものことながら律儀だと思う。


談話室の外は、馬鹿みたいに寒かった。
露出した頬に冷たい風が刺さるようだ。
前を歩くルイス先輩とハンナたち、窓側を歩くセドリック先輩のおかげで風はあまりあたっていないはずだが、寒い。
雪国育ちというわけでもなかったから、耐性があまりないのだ。

「ななしさん、寒い?」
「うーん…でも、これ以上どうすることもできないです」
「確かに」

私はマフラーを巻き、手袋までして完全防備のつもりだ。
制服の上からカーディガンを2枚くらい羽織っているし、見た目はもこもこ。
着太りしていると自分でも思うが、寒さには変えられない。

「セドリック先輩、温かくなれる魔法ってないんですか…?」
「うーん、ちょっと難しいかな」

どうやら難易度が高いらしい。
でも、何とかしてその魔法を使えるようになりたいものだ。
ずっとこたつに籠っているような気持ちになれる魔法なら素晴らしい。
私の考えを知ってか知らずか、セドリック先輩は可笑しそうに笑った。

廊下の角を曲がってまっすぐ行けば、大広間だ。
大広間につけば、きっと温かいだろう。
そう思うと足取りが軽くなった。

「っぶ、」
「おっと、大丈夫?」
「…変な声出た」

角を曲がると、そこには真っ黒なローブがあった。
というのも、前を歩いていたルイス先輩がそこにいたからだ。
おかげさまで私は女らしからぬ声を上げる羽目になったではないか。
思い切りぶつかってしまい、バランスを崩した私をセドリック先輩が受け止めた。
ナイスキャッチです、倒れたら絶対ローブ汚してた。

ルイス先輩は何やら立ち止まっていたらしい、なぜだ。
文句を言うべく、前のルイス先輩を見ようとして驚いた。

「わ、クリスマスの木だ!」
「樅木だっての…ガキか。そんな珍しくもないだろ…」

目の前には大きなクリスマスツリーがあった。
クリスマスツリーというには少々語弊がある…まだ何も飾り付けられていない状態だからだ。
ルイス先輩は馬鹿にしたようにそういったが、私にとっては大きな樅木なんて見る機会はない。
驚くし、なんだか楽しい気持ちにもなる。
何だか一気にクリスマス気分。

「クリスマスって感じ!」
「まあ、クリスマスだからね」
「私の国ではこんなに盛大にやらないんですよ、クリスマスは」

少なくとも日本においてのクリスマスは、ここまで盛大に祝うようなことではない。
まあ圧倒的にクリスチャンが少ないということが第一だろう。
基本的に、私の友達はクリスマスといえばプレゼントとケーキがもらえる人くらいにしか思っていない。

「そうなの?」
「でも、私の家は結構盛大にやってますよ」

私はパパが英国人だから、それなりにまともなクリスマスだったと思う。
ケーキとチキン、それからなぜかシュトレン。
シュトレンはドイツ料理だが、パパが好きでクリスマスの1か月以上前から作り始めている。
パパ曰く、プディングは言うほど美味しくないだそうで、うちのクリスマスケーキはふわふわの白いケーキだ、これもパパの手作り。

パパは割と料理が得意だし、好きなんだと思う。
なんだかんだ、ローストチキンも自分で作るし…それを考えるとすごいのかもしれない。

「今年もパパの料理が楽しみです」
「ななしさんのパパさんは料理上手なのね。ハロウィンの時もお菓子を送ってくださったし」
「じゃあ家に帰るのが楽しみだね」
「はい」

料理もプレゼントも楽しみだ。
だけど、一番はパパに会えることだ。
列車に乗るときはパパが子離れできていないように感じたけれど、今は私が親離れできていないのを感じるばかりだ。
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