2.ENGLAND

全身に重さを感じて、ちょっとだけ目を開けた。
黒っぽいうろこが目の前に広がっている。

「パーパー、ナーギーニーどーけーてー」
「お前がいつまでも寝てるからだ。さっさと起きてシャワーを浴びろ。…ナギニ、お前は戻れ」

ナギニは蛇だ、しかもかなり大きい。
パパの愛蛇で私が生まれる前からパパのペットをやっている。
一般的に考えれば優に2メートルを超える大蛇をマンションで飼っているなんてありえないと思うだろうが、そのあたりうちは一般的じゃない。

ナギニはパパの言うことをよく聞く、すぐに私の上からどいてパパの足元に移動した。
今日は土曜日だから、パパも家にいる。
私はシャワーを浴びて、着替えて、リビングに向かった。

「ねー、昨日の話なんだけどさ」

今日の朝食はパンケーキとタラモサラダ、ミネストローネ。
ナイフとフォークは使いづらいから、この食事はあまり好きでない。
私は和食が好きだが、土曜の朝はいつもパパが洋食にしてしまう。

不器用にフォークとナイフをガチガチ言わせながら、メイプルシロップをたっぷりかけたパンケーキを切り分けたころ、思い出したように口にした。

「なんだ」
「私がその学校に入学するとして、英語どうするの?」
「勉強しろ」
「ならいかない」
「英語は魔法でなんとかすればいい」

パパは即答した。
英語なんて学校ですこし歌を歌ったりする程度の能力しかない。
勉強するにしたってこれからして、現地の人と同等に話せるわけがない。
そういう理由から入学を断ろうと思ったが、それは一蹴された。

魔法はやはり魔法らしい、英語だって喋れるようにしてくれるみたいだ。
今まで魔法とかそういうのを絶対に信じないタイプだったパパが、魔法という言葉を言っているのが不思議だった。

「うーん」
「悩んでるのか」
「ううん、断る理由がなくなっちゃったなあと思って」

断る理由を様々探していた。
こっちの友達と離れるのは嫌だとか、英語がしゃべれないだとか、イギリスに行きたくないだとか。
でもどれもピンとこない。

本当は、私は魔法学校とやらに行ってみたい。
きっと退屈なこちらの学校生活よりも刺激的で楽しいだろう。

「断る理由を探す理由はなんだ」
「だって、パパ。あんまり行ってほしくないんでしょ?」

半分は勘だが、自信はあった。
証拠とかそういうのはないけど、なんとなくそんな感じがした。
パパはちょっとだけ驚いたような顔をした。
そして、不機嫌そうに切り分けたパンケーキを口に運んだ。

「そうだな。だが、決めるのはお前だ。行ってみたいなら行けばいい」
「ん。楽しいところ?」
「お前なら楽しめるだろう」

なんだか今からワクワクしてきた。
やはり断る理由が見つからないのだから、行きたいと思う。
日本以外の国に行くのも初めて。

「パパ」
「なんだ」
「魔法学校、通いたい」
「…イギリスに行くまでには、ナイフとフォークの使い方くらいはマスターしろ」

パパはため息を一つついて、私のカスだらけの皿をちらりとみた。
明日からは和食が減りそうだ。



初めての引っ越し準備も、飛行機も、イギリスも。
すべてが初めてでドキドキとワクワクがすごかった。
ここ5年分くらいの好奇心と楽しさがいっぺんに来たみたいだった。

表向きは、パパの仕事の海外転勤ということで引っ越しをした。
パパは転勤届を出したら速攻でイギリス転勤が決まったらしい。
元々優秀な人だったことと、イギリス出身だということもあると思う。

「ここが新しい家だ…まあ、お前はあまりここに帰ってくることはないだろうが」
「うん?」
「学校は寮制だからな」

新しい家は、ロンドンの郊外にあった。
アパート(テラスド・ハウスというらしい。横に長い建物だった)の一室ではあるものの、二階建てで日当たり良し。
ここはペットもOKらしい、とはいえ、ナギニはどうなのだろう。
私の部屋は二階のようで、荷物はリビングにはなかった。

というか、今、すごいことを聞いてしまったような気がする。

「え、寮?」
「そうだ。5.6人部屋だ、頑張れよ」

パパは意地悪そうに笑って見せた。
こういうときばかり楽しそうに笑うのはやめてほしい。

それにしても寮生活とは思ってもみなかった。
今までパパと2人暮らしで、しかもパパは仕事が忙しくて普段は家に一人だった。
そこから突然同級生と5,6人部屋というのは少々辛い気がする。
共同生活なんてしたこともない、6年生になれば修学旅行があったかもしれないが、私はそれを体験する前に転校してしまった。
毎日、誰かと一緒に寝るなんてどんな気分なんだろう。

「なんか不安になってきた」
「まあ、大丈夫だろう。寮にもよるが…」

そこでパパも少し不安になったのか、表情が曇った。
確かに相部屋の人がどのような人かというもの重要なことだ。
まあ不安もあるが、それでも私としては楽しみな気持ちの方が強い。

私は部屋を片付けてくると言って、二階へ向かった。
二階には部屋が2つある。
奥の一つはパパの部屋、私の部屋はその隣。
私の部屋はカントリー風の色合いで、木の机が窓の隣に置かれ、ベッドがその反対側にあった。
可愛らしい木苺の絵が描かれた萌木色の布団がベッドにしかれていた。

荷物は洋服やアルバム、教科書やランドセルも一応持ってきた。
なんとなく、日本らしいものがないのはさみしいように思えたからだ。

簡単に部屋の中を片付けた。
そこまで広くはない部屋だが、荷物が多いわけでもないので問題なく収まった。
部屋から見える風景は日本のそれとは全く違う。
レンガ造りの赤茶色の屋根が多く目立っていた。

「ななしさん、夕食だ」
「ふぁ!?」

突然、隣にいるかのように声が聞こえた。
驚いて変な声が出た…壁は薄くないだろうか、聞こえていたら恥ずかしい。

下に降りると、すでに夕食がダイニングテーブルに並んでいた。
リビングは前に住んでいたところとそう変わらない。
イギリスは通常靴を脱がない文化だが、うちは日本にいたときのように脱ぐようにしている。
そのおかげで、炬燵も一緒に渡英することができた。
これは私にとってはとても喜ばしいことだ。

「今のなに、パパ」
「簡単な魔法だ。二階建てだと呼びに行くのが面倒だからな。少しずつ魔法になれておけ」
「ふうん…」

どうやら魔法の一環だったようだ。
これからこういう風に驚くことがたくさん起きるのだと思うと、ワクワクする。
今日の夕飯は、なぜか和食だった。
パパは日本では洋食をよく作っていたのに、ここにきて和食とは…さすが。
素直じゃないというか、予想外というか、ひねくれ者、曲者だ。

炊き込みご飯を食べながら、イギリスのことをパパからたくさん聞いた。
日本とは全くと言っていいほど文化が違う。
そもそも、魔法界に行くという時点で文化どころか次元が違うのではないかと思えるくらいだ。
その前に、イギリスのことを知らなければと思う。

「ななしさん、明日は魔法使いの街に行くぞ」
「…まじ?」
「まじだ」
「イギリスにも慣れてないのに?」
「そんなものじき慣れる。問題は魔法のほうだ。あんな簡単な魔法で悲鳴をあげられては近所迷惑だからな」

食器を片づけて緑茶を入れて、炬燵で温まった。
全くこれじゃあ日本にいたときよりも日本らしい。

パパはなんだか楽しそうだ。
日本で暮らしていた時よりも表情の変化が多いし。
やっぱり引っ越してきてよかった。

「明日は早いの?」
「ああ、早めに休め」

どうやら明日も早いらしい。
…明日は平日だったはずだが、仕事はいいのだろうか。

「パパ、仕事は?」
「今月いっぱいは休みだ。お前に魔法界のある程度のことを教えておかなければならないからな」
「本当?」

いつもパパは仕事で忙しい。
男手一つで私を育ってくれているから、土日家にいてくれるだけでもいいことだと思っていた。
だけど、やはりさみしい気もするわけで。
一緒にいられるのはうれしい。

お風呂場は一階にある、意外なことに湯船もある。
お湯を張って、大黒柱よりも先に一番風呂をいただく。
お風呂をあがって、おやすみなさいを言って、部屋にあがった。
ベッドにもぐりこむと、なんだか肌慣れない。
まだ布団やシーツがごわごわしている感じ
それでも無理やり目をつぶって、若干残っている時差ボケを吹き飛ばすように眠った。
とにかく明日が楽しみだ。
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