俺がその手紙を受け取ったのは、11月1日の夕方だった。
仕事を終えて帰ってくると、見覚えのある森フクロウが玄関の傍の塀に止まっていた。
その森フクロウは学校のものではない。
美しい毛並みに知的な瞳…ブラック家の使いだ。
この前やった手紙は定型文であるし、返信を書くことはできないだろう。
レギュラスは無駄な連絡を寄越すようなやつではない。
何か嫌な予感がして、フクロウから手紙を受け取り、コートを脱ぐのも後回しにそれを開封した。
そこに書いてあったのは、ななしさんが負傷したという連絡だった。
学校よりも先に届いたというのは驚きだが、どうもレギュラスの娘から連絡があったらしい。
娘伝いなので詳しいことはまだわからないとのこと。
ただ、状況はあまりよくないそうで、今朝の時点では意識がないと。
「…何をしたんだ、馬鹿娘が」
駆けつけたいのはやまやまだが、学校からの連絡がないことには動けない。
…いや、学校からの連絡があったとしても、俺はダンブルドアの前には出られない。
ホグワーツに行くのは危険すぎた。
いっそ、聖マンゴに入院ということになってくれれば会いに行けるのだが、あいにくいつの時代も学校医は優秀らしい。
俺は走り書きで返事を出した、フクロウは使わない。
ブラック家相手であれば、魔法で返事を出すことができる。
コートを脱いで、代わりにローブを羽織る。
そして引き出しから杖を出して、姿くらましをした。
手紙でのやり取りは面倒だ、少しでもショートカットをするべく、ブラック家へと向かった。
ブラック家の前では手紙を受け取ったらしいレギュラスが待ち構えていた。
「我が君」
「その名で呼ぶな。…それよりも詳しい話を」
「はい。これが娘からの手紙です。先ほどもう一通届きましたが…まだ面会もできない状態だそうです」
レギュラスから手渡された手紙を読む。
スピカからの手紙は数時間おきに届いているらしい。
きちんと時間まで添えて書いてあるためわかりやすかった。
ななしさんが負傷した原因は、ハロウィンの夜に入り込んだトロール。
なぜトロールが入ってきたのかはわからないそうだ。
トロールが入ってきたと伝えたのは、DDDの教授、場所は大広間、時間は夕食時。
夕食が始まったばかりの時間だったため、生徒のほとんどはそこに集まっていた。
大広間は一瞬パニックに陥ったが、校長の一声で落ち着きを取り戻し、監督生が引率して非難を行った。
そして、ななしさんはおそらくそこではぐれたか、その時大広間に居なかった。
ハッフルパフの彼女の友人に聞くと、後者だったそうだ。
ななしさんはトイレに行っていて、その連絡を聞きそびれた。
そして、運悪くそのトイレにトロールが入ってきてしまった。
「運がなかったな…」
「ええ。ですが、トロールをいれた犯人がいます」
「だろうな」
トロールは非常に頭が悪い。
そのため、ひとりでに学校に入ってきたとは到底思えない。
怪しいのは、そのDDDの教授である。
こういう類の事件で、真っ先に疑うべきは第一発見者である。
そいつ以外に、トロールをいれることができるようなやつはいない。
外からの侵入者などの可能性を視野に入れるまでもない。
そして、それにダンブルドアが気付かないわけがない。
おそらくあいつは、犯人を泳がせている。
子どもたちのいる学校内で…本当に腹が立つ。
「…俺は会いに行けない」
「もしも、学校から連絡があったら私めが」
もっとも腹立たしいのは、俺が堂々と学校にいけないことである。
ダンブルドアに、俺の存在が、ななしさんの存在が、ばれるわけにはいかない。
俺は用意された椅子に腰かけた。
次の連絡を待つほかないことが、とにかく苛立たしかった。
私が、その話を聞きつけたのは10月31日の夕食終わる時間だった。
トロールが校内に侵入したという事態が発生して、監督生が後輩たちを率いて寮まで戻った。
地下であるスリザリンの寮はトロールが来るには遠い場所。
寮生たちは皆安心しきっていたし、まだ食事を終えていなかったこともあって、各々談話室で屋敷しもべ妖精たちに用意させた食事を摂っていた。
監督生たちは教授たちへの報告があったので、大広間に集合するように途中で言われたらしく、席をはずした。
「姉さん」
「どうしたの、アル」
「…気になることがあって。姉さん、監督生の人と仲が良かったでしょう」
私が同年の子たちと食事をしていると、アルが寄ってきた。
アルは女があまり好きではないから、私のもとに来るのは珍しい。
私は事の重大さに気づいて、同年の子たちと距離をとった。
アルは眉根をきゅっと寄せたまま、小声で話す。
「ななしさんが、大広間を出ていくのを見た。トロールが来たという連絡の前に。もしかしたら何かあったかもしれない」
「…わかったわ。聞いてみる」
アルはそれだけ言って、セオドールたちのほうへと戻って行った。
私は同年の子たちではなく、先輩のほうへと向かった。
「ルクス先輩たちはまだ戻っていませんよね?」
「あら、スピカ。まだ戻ってないわよ。どうかしたの?」
「ええ。ちょっと気になることがあって。ここで待っていてもいいでしょうか」
「構わないわ」
先輩たちは優しく私を招き入れてくれた。
ルクス先輩というのはスリザリンの監督生の先輩でことあるごとに私に絡んでくる男である。
はっきり言って趣味ではなかったが、仲良くしておいて正解だった。
ルクス先輩は15分ほどで帰ってきた。
その顔には、面白いことがあったといわんばかりの笑みをたたえている。
「ハッフルパフ生1人が重傷だ。間抜けだな」
「…その子の名前は?」
「ななしって言ってたな、珍しい名前だが…東洋人だろうな」
「あとグリフィンドール生が3人、一緒にいたらしいわ。彼らは無傷らしいけれど…スピカ?」
さっと血の気が引いたのがわかった。
ななしさんが、重症。
「その子について、何かほかに言っていませんでした?」
「え?ああ…トロールに脇腹を殴られたらしい。まだ1年だし、軽く吹っ飛ばされたみたいだ。そのあとすぐに教授たちが見つけて、今はマダムポンフリーとスネイプ先生が見ているらしい」
「スピカ、その子知り合いなの?」
「そうなんです、その子の父親に任されていて…大変だわ」
私はお礼もそこそこに部屋に戻って、羊皮紙と羽ペンを取り出した。
次の日の朝、誰もが寝不足のようだった。
トロールの襲撃の夜、一年生が1人行方不明になった。
臆病なハッフルパフ生の恐怖心をあおるのは簡単だった。
俺もセド長く寝付けずに朝を迎えていた。
その理由はいます、談話室にいるやつらとは少し違う。
事の発端は、ななしさんが帰ってこないことにあった。
昨晩避難する際に、ななしさんはいなかった。
1人トイレに行ったまま、帰ってきていなかった。
慌てて先生や先輩に伝えたが、昨日のうちにな帰ってこず、監督生の先輩から怪我をしたという連絡だけもらった。
おかげさまで、眼の下に隈を作ることになった。
「あ、セドリック先輩、ジャック先輩…」
「おはよう、どうかしたの?」
談話室にいた生徒が1人、おずおずと声をかけてきた。
彼、ジャスティンは毎朝とても早く起きている。
どうやらそういう習慣があるらしく、今日も一番に談話室に降りてきたらしい。
彼は少し複雑そうな顔をしてこちらをみていた。
確か彼もまたななしさんの友人だったはずだ。
まあ噂好きがたたってななしさんには好かれていないようだが。
しかし、彼の口からはななしさんのことではない話題がでてきた。
「外に、スリザリンのブラック先輩がいるんですよ。おかげさまで、みんな談話室から出られないんです」
スリザリンのブラック先輩、というとブラック家の長女、スピカだろう。
スリザリンとハッフルパフはお世辞にも仲がいいとはいえない。
というかスリザリン側が勝手に劣等寮だからと距離を置くか、茶化してくるため仲良くなんてできない。
そのスリザリンの権化ともいえるブラック家の長女が何の用だろう。
同じことを思っていたらしいセドと顔を合わせて、首を傾げた。
「とりあえず、話してくるよ」
セドはその容姿と性格、成績からそこまでスリザリンに嫌われているわけではない。
話すには問題ないと思われる。
念のため俺もセドの後に続き、談話室出た。
廊下は朝の空気に包まれて、ひんやりとしていた。
談話室の前の柱にもたれるようにしてたっていたのは、ジャスティンのいう通り、スピカだった。
「おはよう、ディゴリー、ルイス」
「おはよう、ブラック。こんなところでどうしたの?」
「あなたたちに聞きたいことがあるのよ」
スピカは優雅に微笑んで、柱から身体を離した。
綺麗な形をした唇が、歪む。
セドもまた笑顔を浮かべてスピカに向きあった。
「ななしさんのことなの。あの子が昨日何をして怪我をしたのかを知りたいのよ」
「何で君がななしさんのこと…」
「あなたたちには関係ないでしょう…といいたいところだけど、まあいいわ。友達なのよ、私たち。あの子は知り合いがいるといっていたでしょう」
ななしさんよくいっていた知り合いってこいつのことだったのか。
俺も驚いたし、セドも不審げにそうなの?と尋ねていた。
ただ、あり得ない話ではない。
ななしさんは確かにスリザリンらしい部分があったし、何より父親がスリザリンだ。
そこのつながりがあったとすれば、自然なこと。
俺が驚いたのはそこじゃない。
知り合いとはいえ、スリザリンの権化の女をここまで動かしたことに驚いた。
彼女が他人のために動くのは珍しい。
どちらかといえば彼女は人を動かすタイプの人間だ、その人間動かすとは尋常じゃない。
「そうだったんだ。…ななしさんは昨日の夕食の前に」
セドはブラックに知っていることをほぼすべて教えた。
その間、ブラックは何も言わず、眉根を顰めるばかりだった。
一通りセドが話し終えたあたりでブラックはようやく口を開いた。
「ありがとう、よくわかったわ。…そうね、お礼代わりに。まだななしさんは面会謝絶状態よ。行っても無駄。彼女のお父様には私から連絡したわ。お返事はまだだけれど、きっと様子を見ることになると思う」
やはり、ブラックを動かしているのはななしさんの父親だ。
一対、何者なのだろうか。
ブラック家の家長である、レギュラス・ブラックはルシウス・マルフォイと並んで純血家のトップとして魔法界に君臨している。
マルフォイと比べて謙虚且つ穏やかな風貌であるがゆえに、意外と人気があるらしい。
その権力は壮大で、自分が勤めている魔法司法課で絶対的なそれを持っている。
だからこそ、もっとも敵に回してはいけないといわれる。
…それを味方にするとはとんでもない。
父に話を聞くのも悪くないかもしれないが、借りを作るようで癪だ。
ななしさんと同じように俺の父もスリザリンの出生で、しかしスマートではなくどこか意地汚いあいつが俺は嫌いだ。
そんなことを考えている間に、セドとブラックは話を終えたらしい。
結果的に念のため昼食を取ったのちに、医務室に行ってみることとなったらしい。
ブラックは、引き続きななしさんの父親と連絡を取るから、もし何かあったら教えてほしいとそういって帰っていった。
「ジャック、お前がスリザリン嫌いなのは知ってるけどななしさんのことだから…」
「わかってるっての。そこまでガキじゃねぇよ」
いくら俺がスリザリン嫌いだとしても、それはななしさんには関係ない。
今は、憎たらしい後輩のためにもスリザリンと協力するとしよう。
ななしさんが帰ってきた時に、たっぷりと遊んでやろう。