26.HALLOWEEN
お茶会を終え、片づけは僕らでやるからと言ってくれたディゴリー先輩に甘えて私たちは大広間に向かっていた。
学校中で甘いにおいが漂っていて、私はわくわくした。
これなら夕食もかぼちゃづくしかもしれない。
かぼちゃが大好きな私にとっては天国である。

「わあ、すごい!」

大広間に先に入ったスーザンが珍しく大きな声でそういった。
いつも落ち着いたお姉さんというイメージだったからちょっと驚きながらも大広間に入ると、思わずおお、と感嘆の声が漏れた。
大広間では何千羽もの蝙蝠が頭上を飛び交い、まるで黒い雲のようだった。
いつもとは違って、蝋燭のみでぼんやりとした光と薄暗さがあまりにも本格的だ。
おどろおどろしいその様相に、さすがにちょっと引いた。

私たちはハッフルパフのテーブルについて、その大広間を見ていた。
蝙蝠たちはときどきテーブルの近くまで降りてきて、急上昇していくこともあった。
ミーニャは蝙蝠が近づくたびにヒッと引きつったような声をあげていた。

「おー、今年も盛大だな」
「でも蝙蝠はね…テーブルに近づいてこなければいいんだけど」

そのうち、片づけを終えたらしいディゴリー先輩とルイス先輩が帰ってきた。
私たちは取っておいた席をあけて、2人にお礼を言った。

2人が席についてちょっとして、私はお手洗いに行きたくなった。
先ほどお茶を飲みすぎたのが悪かったのだろう。
食事中に席を外すわけにもいかないので、行っておいた方がいい。
そう思ってミーニャに一声かけて、速足で大広間を出た。

「っく…ひっく」
「…え、誰かいるの?」
「…誰でもいいでしょ、さっさとどっかに行ってよ」

大広間から一番近いトイレに駆け込むと、何やら変な音がする。
しゃっくりのような、声…泣いた後みたいな感じの声だった。
一種のハロウィンホラーかとも思ったが、こんな目立たない女子トイレでそんなことする人はいないだろうと思ってい考えなおした。

一応声をかけてみると、返事があった。
高い女の子の声…女子トイレなのだから女子なのは当たり前か。
どうやら自暴自棄になっているらしい。

「え、ごめんなさい。用だけ済ませたら行きます」
「…あなた、ななしさん?」

面倒だし、関わりたくもない。
とりあえず用だけ済ませればそれでいいのだ。
そう思って発言したのがいけなかったらしい。
どうやら泣いている子は私のことを知っているようだ。

いいけど、さっさと用を済ませたい。

「うん、そうだけど。ごめん、入っていい?」
「え?ああ、そうね…どうぞ」

いつから女子トイレは彼女の許可を得ないと使えない仕様になったのだろう。
時間が惜しいので何も言わないで用を足した。
隣に人がいるとわかっていて用を足すのはなんとなく気が引けたが。
私は個室を出て手を洗おうとしたところで異変に気付いた。
やたらとあたりが煩い。

大広間で何かあったのだろうか、と思ったのだが、大勢の人が歩く足音がする。
どうやら皆が移動しているらしい。
これから夕食というときに、どうしたというのだろう。

「ななしさん?」
「ねえ、出てきた方がいいかも。なんかおかしいよ」
「何が?」
「みんなが移動してる。これから夕食なのに。なんかあったんだ…」

私が怪訝そうにそういうと、え?と間の抜けた返事が返ってきた。
そして、個室のドアが開く。
そこにいたのはハーマイオニーだった。
まだ目がうっすらと赤いから、やっぱり泣いていたんだと思う。
なぜこんなところで泣いていたのだろうということは気になるが、今はそれどころではない。

私は廊下に顔を出して、異臭に顔をしかめた。
なんだろう、どぶ川のにおいがする。
目を細めて暗い廊下の先をみる…かすかに、荒い鼻息が聞こえる。
何かよくわからないものがいるらしい。

「…なんか、いる」
「え、なに?」

ずるっずるっという何かを引きずる音が、こちら側に来る。
異臭はどんどんきつくなっていって、トイレの中からでもその匂いがわかる。
廊下の窓から差す月明かり、その光に照らされていたのは、謎の巨体だった。
灰色の身体に、小さすぎる頭、長い手には棍棒が握られていて、それが引きずられている。

見たことのある姿だった、確か、トロールという化け物だ。
とても頭の悪く暴力的だと本で読んだ。
きっと本好きなハーマイオニーも知っているだろう。
だから、何かとだけ言った。
きっとトロールだと知らせれば、怯えてしまうだろう。

「やりすごそう。個室に戻って、私も入るから」
「えっ」
「いいから早く」

戦って勝てるかといえば、微妙。
杖はあるが、攻撃系の魔法を使ったことなどない。
危ない賭けをする必要などない、なんたってトロールは馬鹿だ。
女子トイレの中にまで入ってくるとは思えない。
…入ってきたら絶望的だが。

ハーマイオニーの入っていた個室に、今度は私も一緒に入った。
そして、息をひそめる。
もし、女子トイレにトロールが入ってきた時のことを考えておこう。
“物事を考えるときは、まず最悪の状態を考えろ”パパはそういっていた。

「ハーマイオニー、落ち着いて聞いてね。外にいるのはトロールよ。それだけは知っておいて」

まずは一緒にいるハーマイオニーに状況を知ってもらおう。
戦うのであれば2人一緒にだ。
1人で戦うのは無謀すぎる。

ハーマイオニーは私の話を聞いてヒッと引きつった声を出した。
さっき聞いたミーニャのものよりもずっとせっぱつまっているように聞こえた。

もし、トロールがここまで来たら。
まずはどちらかが囮になる、そしてどちらかが助けを呼ぶか応戦する。
トロールをトイレの奥まで誘い入れることができれば、一人くらいはトイレから出ることができるだろう。
それが私とハーマイオニーのどちらかになるかはわからない。
…だめだ状況にならないとどうにも計画は立てられそうにない。

ブファーブファーと鼻息が聞こえる。
随分近くまで来ているらしい。
通り過ぎてくれと願ったが、なぜか叶わなかった。

バタンと音がしたので、誰かがトイレのドアを閉めた。
…中にいるんですけど、トロール。

やばいと思い、息をひそめ、しゃがみこんだ。
その頭上を、ブォンと何かが通り過ぎた。
冷や汗ものなんてレベルじゃない。

「キャー!」
「まじか…」

おいおい、ドラクエに出てきそうな化け物相手にどうしろっていうんだ。
いや、囮になろう、そうするほかない。

「こっちこっち!」
「ななしさん!?」
「あんたは助けを呼んで!」

私は個室…無残にも壊されて個室でも何でもなくなった場所から飛び出た。
トロールの視線を釘づけ…嬉しくない。
トイレの奥に向かって走る。
トロールはうまく私のほうを狙ってきてくれた。
その隙に、ハーマイオニーは逆側…トイレの出口に差し掛かる。

「ハーマイオニー!」
「ハリー、ロン!まだ中にななしさんが!」

なぜかハリートロンがいるらしい。
トロールがここにいるということは、先ほどの大移動は避難だったのだろう。
なのになぜ2人はここにいるのか。
…さすがにそれを考える余裕はない!

振り上げられた棍棒を避けて、洗面台の下に隠れる。
そのまま這ってハーマイオニーたちのいる方へ行こうとしたが、気付かれて棍棒をッ振り下ろされた。
危なく脳天にそれが直撃するところだった、やばい。

仕方がないので、もう一度トイレの奥に戻って杖を構えた。
何か、呪文を。

「っ、プロテゴ!」
「…ウガァ?」

思い出した呪文はそれだったが、さすがに難しすぎてうまくいかなかった。
振り下ろされた棍棒の軌道を少しだけ避けてくれた程度。
しかし、トロールはひるんでくれた。
その隙に、脇を通り過ぎる。

「ななしさん!」
「っ、」

通り過ぎようと思ったのだが、無謀だったようだ。
棍棒を持っていない方の腕が、私の脇腹あたりに当たった。
視界が一瞬にしてぼやける、めっちゃ痛い。

ハーマイオニーの絶叫に近い声がとても遠くに聞こえる。
でも、私の体を包む温もりはきっと彼女のものだ。

遠のく意識の中、パパになんて言い訳をしようかと考えた。
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