21.BROOM
クディッチの話が唐突に出てきたのは、これのせいか、と地面に置かれた箒を見ながら思った。
午後一番の授業は飛行術だったのだ。
思い切り失念していた。

先生に言われた通り、上がれ、と言ってみたが上がらない。
そりゃ上がらないだろうなあ、魔法らしくもないしと思いながらもう一度けだるげに上がれ、と言ってみた。
むろん、上がらない。

「ななしさん、上がらない?」
「うん、やっぱり私箒はダメみたいだね」
「そんなことまだわからないわ、もう一度やってみたら?」

周りを見渡すと、確かにまだ手に箒を持っていない人も多い。
隣のスーザンはもう手にしているが、ハンナとミーニャは苦戦しているようだ。
私はもう少し真面目に、上がれ、と言ってみた。

「ほら、できたじゃない」

箒の癖に、持ち主のやる気を見るなんてすごいなと思った、正直。



箒を手にしてそれに跨ぐと、まさに魔法使いという感じだった。
幼いころに想像していた魔法使いと同じだ。
しかしいざ本当に飛ぶとなると不安である、なんたって本当にただの箒なのだから。

「…はあ」
「ななしさん、緊張してるの?珍しい」
「緊張というか、冷静になって考えてみたらこれ箒だし」
「そりゃあ、そうだけど」

いったいどういう仕組みでただの箒が空を飛ぶようになるのだろう。
見れば見るほど不安である、正確にはただの箒ではなくオンボロ箒だし。
その辺にある箒と何が違うのだろう。
魔法がかかっているのだろうか、それとも箒の原材料の違い?
もしかしたら魔法界で作られて使われた箒はいつか飛ぶようになるように世界がなっているのかもしれない。
どちらにしても、不確定要因が多すぎて信用ならない。

箒を睨むように見ていると、スーザンが苦笑して、大丈夫よといった。
その大丈夫のソースを教えてほしいのだが、きっと聞いてもわからないと言われてしまうだろう。

そんなことを考えているうちに、ホイッスルが鳴り響いた。

「ななしさん、普通にうまいじゃない!」
「ありがと」

ただ、そんな理論は乗ってみたらどうでもよくなった。
気にはなるが、実際に飛んでいるし。
不安定にふよふよと飛ぶ箒は、自転車に乗るのとよく似ていた。
バランスをうまくとっていれば、落ちるようなことはなさそうだ。
ただ、離着陸が大変そうだけど。

足がぶらぶらしてるのが、私は結構楽しい。
ミーニャは不安定で怖いといっていたが、私は昔に行った遊園地のアトラクションに似ていて面白いと思った。
今年のハッフルパフ生は筋がいいらしく、フーチ先生は大声で自由にしてよいといってくれた。
私は加速したり、上下に動いたりしてみた。

箒の柄をちょっと動かして、あっちに行きたい、と思うと勝手に箒は動いてくれる。

「センスあるみたいだね」
「確かに!クィディッチに出られるんじゃない?」

ハンナとスーザンは空中で停止したまま、私の箒を見ている。
箒に乗る分にはいいが、クィディッチみたいに激しい動きはしたいと思わない。

「私、クィディッチはあんまりね」
「そうなの?ディゴリー先輩、かなり推してたじゃない」
「あんな激しい動き、できないだろうし」
「まあ、ななしさんはマイペースだものね」

ある程度飛んで満足したので、ハンナたちのほうへと戻った。
ミーニャは高いところが怖いのか、ぎゅっと箒の柄を握りしめていた。
…そういえば私も高所恐怖症のはずだったのに、箒は大丈夫らしい。

スーザンは私をマイペースと称したが、まったくその通りだ。
あまりチームプレイが得意とは言えないだろうし、向いてない。

「せっかく上手なのに」
「得意なことと好きなことってなかなか被らないものだよ」
「深いわね」

クィディッチは大好きだけれど箒は苦手なのよね、とスーザンが付け足した。
とにかく、あの激しい競技に私は出たいと思わない。

そんなことを空中で話していると、ハンナが心配そうな声を出した

「ミーニャ、大丈夫?」
「…うん、」
「降りる?私も一緒に行から」
「そうする…」

どうやらミーニャは箒が苦手らしい。
ミーニャも私と同じようにマグルとして育った、マグル生まれの魔女だ。
だから私が最初に思ったように、箒がなぜ飛ぶのか、という理論を考えたに違いない。
私はのんきだったからいいが、ミーニャは怖くて仕方ないのだろう。

箒の柄を握ってうつむいたままのミーニャを心配したハンナが付き添って、地上に向かっていったのを私とスーザンは見ていた。

「きゃっ」
「ミーニャ!」

見ていたので、すぐに何が起こったのか理解できた。
少し下で突風が吹いたのだろう、ハンナの長い金髪が舞い上がった。
緊張していたミーニャはそれに気を取られて、箒の柄から手を滑らせた。
そして、箒から落ちてしまったのだ。

「ななしさん!」

それを見て、私はすぐに動けた。
反射的に箒をそちら側に向けて、急降下。
やったこともないのに、箒は意外と私の意志通りに動いてくれる。
私とミーニャの距離は2,3メートル。
ミーニャと地上との距離は15メールほど。

落ちたらひとたまりもないだろうな、と認識するよりも先に、とにかくミーニャを助けなければと思った。
驚いた顔のハンナの隣を飛び去っていく。
地面との距離、3メートル。
ミーニャとの距離、50センチ。

「ミーニャ!」

そこでなんとか私はミーニャの洋服を掴んだ。
両手でミーニャを掴み、足で箒をしっかりとつかんでいる。
ただ、さすがに重い。
ミーニャは気を失っているのか、ピクリともしなかった。

私はバランスをとりながらゆっくり降下していく。
足だけで箒に乗るのは一輪車に乗るのと似ていた、一輪車に乗れる性質でよかった。
途中からはハンナが一緒に手伝ってくれた。

地上につくと異常に気付いた先生が飛んできてくれて、ミーニャを預かってくれた。
私はようやく地面に足をついて、一息つけた。

「ななしさん!大丈夫!?」
「平気、ミーニャも気を失ってるだけだって」

スーザンは先生を呼んできてくれていたらしい。
あー疲れた、もう当分箒はこりごりだ。

「おい!お前すごいな!あんな急降下、初めて見たぞ!」
「え?ああ、どうも…」
「そうよ、ななしさん!やっぱり才能があるんだわ!」
「ええー…」

当分箒はこりごりだと思った矢先に、これである。
私の急降下を見ていた人が結構いるらしく、わらわら人が集まってきた。
こちらは疲れているし、才能とかどうでもいい。
矢次に話しかけられて、ため息をついた。

とくに最初に飛んできた男子は情熱をもって、いかに今の急降下が素晴らしかったかを語っていた。
私はあきれ顔でそれを見ていたが、普段こういう時に止めに入ってくれるスーザンも興奮していて役に立たないし、ハンナも同じで私の味方はいなかった。

「みなさん!今日の授業はここまで!箒を片付けて戻りなさい!」

救世主は先生だった。
ミーニャを医務室に送り届けてきたらしい。
私はその言葉を皮切りに、さっさと箒を片付けにいった。
もう当分、箒に触りたくない。
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