19.STROLL
スピカ先輩は、階段の途中で立ち止まる。
にっこりと笑っているが目元が笑っていない。

「この上がフクロウ小屋よ。私、ここで待っているわ」
「…?はい」

唐突につないでいた手を離された私は、ひやりと風が手に当たるのでここがそれなりに高い場所だと認識した。
階段も2人横に並ぶので精一杯な幅、手すりはない。
少々怖いが、そうも言わせない目をスピカ先輩はしていた。

理由すら聞かせてくれそうにないその瞳をしばらく見ていたが、行かないの?と言われて歩を進めた。
行かないの?の裏には、さっさと行っていらっしゃいという意味が込められていたに違いない。

階段は本当に少しで終わった。
カーブの先には、小さな小屋が見える。
そこからホウホウやらキイキイやらと鳴き声が聞こえるから、その小屋がフクロウ小屋であることに間違いはなさそうだった。
小屋の戸をあけると、そこには大量のフクロウと清掃の行き届いていない床が広がっていた。
そこで私は、スピカ先輩が来なかった理由を悟った。

「手紙…」

私が小屋の扉付近でそうつぶやくと、フクロウたちは顔を見合わせた。
そして、少しして一羽のフクロウが面倒臭そうにそばの止まり木まで来てくれる。
不服そうにホウ、と一度鳴いて足を差し出す。
彼らも慈善活動として郵便をしてくれているわけではないのかもしれない。
次は何か餌を持ってこようと思いうながら、その足に手紙を見た。

どうやって括り付けるのかを考えていたが、フクロウの足には2,3センチほどの円筒状のものがすでにつけられていた。
円筒状のものの上部にはキャップがしてあり、簡単にとることができた。
中は空洞になっているが、どう考えても手紙が入るサイズではない。
…というのがマグル界の考え方、魔法界なら何でもありだ。

そう思い、私は手紙を筒状に丸め、その円筒に突っ込んでみた。
思った通り、手紙は物理的な概念を全く無視して円筒の中に入っていく。
ラヴォアジエやアインシュタインが見たら泣きそうな世界だなと思いつつ、円筒にキャップをした。

フクロウは私がキャップをして、離れるとすぐに飛び立った。
意外と早い仕事を心がけているのか、それともたださっさと仕事を終わらせたいのか。
どちらにしても私にとっては助かる。
私は用事が済んだので、フクロウ小屋からでてスピカ先輩のもとへ向かった。

階段の下りは登りよりも恐ろしい。
下が見えている分、恐怖倍増。
恐る恐る階段を下りると、壁際にスピカ先輩を見つけた。
スピカ先輩はこちらを見て、ゆったりとほほ笑む。

「大丈夫だったかしら?」
「はい」
「そう、ならいいの。…ああ、ちょっとそこにいて頂戴ね」

スピカ先輩はそういうと、私を階段の2段ほど上に置いて少し下がった。
そしてローブから取り出した杖を軽く降る。
その際聞こえた呪文と魔法の効果から察するに、清浄魔法をかけてくれたようだ。
やはりスピカ先輩はフクロウ小屋の不清潔さが気になっていたらしい。

私は魔法に対してのお礼を言って、スピカ先輩のいるステップに降りた。
スピカ先輩は満足そうに微笑み、また私の手を取った。

「校内を散歩しましょう。図書館の場所なんてまだ知らないでしょう?」
「ぜひ!図書館で本を借りたいんです」

校内案内を散歩と称するあたり優雅であるという感想もそこそこに、私は図書館という言葉に目を輝かせた。
校内で最も興味のある場所だ。
あのパパが、すごいと評価した図書館。
どんな本があるの?と聞いたら、大体どんな本でもある、と答えた。

家からも本は持ってきたが、もっと多くの本を読みたい。
一気にテンションの上がった私をみて、スピカ先輩は楽しそうに笑った。

「ななしさんは本が好きでしょう」
「それはもう!」
「じゃあ最初に行きましょう。図書館に行って、スリザリン寮の場所を確認して、ハッフルパフの寮まででいいかしら?」
「スピカ先輩、遠回りじゃありませんか」
「いいのよ、それくらい。それに、ハッフルパフ寮の傍にぜひ案内したいところがあるの」

どうやら位置的に図書館はスリザリン寮のほうが近いようだ。
スリザリン寮の場所を確認させるあたり、なんというか裏があるように思えて仕方ない。
遊びに行ってもいいのだろうか、どうなんだろう。

そして、ハッフルパフ寮の傍の案内したい場所とは何なのか。
ただ、スピカ先輩のオススメは大抵チョイスが最高なので期待している。
アイス屋さんの一件でスピカ先輩のセンスのよさはよくわかっている。
階段を降り終え、廊下に辿り着いてもなお、私はこれから行く場所についての想像をしては楽しんだ。
小学校の図書室とはなんだったのか。
そう思わせるくらいに、ホグワーツの図書館は素晴らしかった。

小学校の体育館ほどの広さの空間に、本棚がずらりと並んでいる。
その光景だけでも圧巻された。
本棚には幅の狭い机と少々の椅子。
それ以外の開けたスペースに長机と椅子があり、数名の生徒が羊皮紙を広げている。
入口のあたりに司書が常駐していたし、室内は静かだし、綺麗だし、今までみた図書館の中で一番素晴らしいと思えた。

「ななしさんは本当に本が好きなのね」

私が目を輝かせてあたりを見て回っていると、スピカ先輩の声が後方から聞こえた。
どうやら興奮してスピカ先輩を置いていってしまったようだ。
慌ててスピカ先輩の傍に戻った。

スピカ先輩は怒ることもなく、呆れることもなく、ただ微笑まし気にしていた。

「本、借りてきてもいいですか」
「いいけど、何を借りるの?」

とくに考えてもいなかった。
ただ本が読みたくなったので借りよう、という程度の考えのまま口にしてしまっていたので返答に困った。

さすがに、スピカ先輩を置いて本を探しに行くわけにもいかない。
時間の関係もあるだろうし、ゆっくり本を探すこともできないし。
どうしようかと思っていると、スピカ先輩は本棚へと向かっていった。
慌ててそのあとを追う。

「これと、これなんてどうかしら?おすすめなのだけれど」
「ありがとうございます、それにします」

スピカ先輩は2冊の本を選んでくれた。
本は初心者向けの薬学の本と歴史書。
どちらも読んだことのないジャンルのものだ。
私はありがたくその本を受け取り、司書さんのところへ向かった。
スピカ先輩の指導のもと、無事本を借りて、図書館を去った。

私は図書館の場所をきちんと覚えようと、懸命に目印を考えながら、スピカ先輩の隣を歩いた。
スピカ先輩はゆっくりと階段を下っていく。
徐々に暗くなる風景に、少々不気味さを感じた。

「ここがスリザリン寮よ。ちょっと湿気が気になるのが難点ね。でもとても静かなの」

そう言って指さした先には、銀の額縁の絵画が飾ってある。
その絵画には湖畔が描かれていて、人はいない。
ひんやりとした廊下にはモスグリーンの毛足の長いカーペットが敷いてあり、足音一つしない。
これまた緑のランプに照らされたその場所は、なんとなく池の底に似ているような気がする。

曰く、ここは湖の下に当たるらしい。
だから日の光もなく、湿気が多いのだと。
その代り、他寮の人はめったに来ないから静かだとも。

「ななしさんはいつでもいらっしゃいね」

いつでもいらっしゃいと言われても、この雰囲気だと来辛い。
廊下はひんやりとしていて若干寒いし、合言葉も知らない。
スリザリン寮の知り合いがそこまで多いわけでもない。
来るなら誰かに連れられてだろうな、と思いながら、一応頷いておいた。

スピカ先輩はその様子に満足したのか、微笑んで、踵を返した。
私はそれに続こうとした。

「お、ななしさんじゃんか。久しぶりだな」
「ザビニ…ドラコも。久しぶり」

続こうとしたが、後ろから声をかけられて立ち止まった。
そこにいたのは、ザビニとドラコ、そしてクラップ、ゴイル。
なんだか珍しい組み合わせだな、と思いながらも挨拶をしておいた。
ドラコは何やら無言である、じっとこちらを見たまま口を開かない。

「あら、ドラコくん。具合でも悪いのかしら?」
「っ…こんにちは、久しぶりだな、ななしさん」

私はそれを気にしなかったが、スピカ先輩が少々不機嫌そうに…と言っても笑顔でだが、注意した。
スリザリン寮では挨拶に煩いらしい。
そして上下関係も厳しいと。
やはりこの寮じゃなくてよかったと思う、私なら絶対に無理。

ザビニは注意されたドラコをニヤニヤしてみている。
相変わらずのガキ大将っぷりなようだ。

「ななしさん、スピカ先輩と仲がいいんだな、意外と」
「ん、パパ経由だけどね」
「あら、私はあなたを気に入っているのよ?ななしさん」

私とスピカ先輩…というかブラック家の関係のきっかけは間違いなくパパである。
ドラコの家との関係も、たぶんパパが関係している。
もともとパパが2人の両親と仲がいいために、こうして関係を持つことができている。

スピカ先輩は私を気に入っているといったが、私だけならば、こんな風に友達になることなどできやしなかっただろう。
というか、出会うこともなかったと思う。

私はその考えを口にすることもなく、曖昧に微笑んでみせた。

「へーそうなのか。そういえば、お前、珍しくセオにも気に入られてるしな」
「あら、セオドール君が」
「そうなんですよ。あのセオドールが。どうも行きつけのカフェが同じだったらしいです」

セオドールの名前がでると、スピカ先輩は微笑を崩して少々驚いた顔をした。
どうやらセオドールはあまり人を気に入らない人…なのだろうか。
確かに、人に無関心そうな感じではあるが。

私はセオドールのことよりも、先輩に対しきちんと敬語を使っているザビニに驚いた。
やはり上下関係は厳しいらしい。

スピカ先輩は敬語のザビニになれているのか、そうなの、と軽く返していた。
両者の話が終わったからか、私が会話に参加できていないからか、それとも時間が惜しいのか。
スピカ先輩は私の手を引いて、そろそろ行きましょうか、といった。
私はその言葉にうなずいておいた、ちょっと寒いし。

「もしななしさんが暇そうだったら、スリザリン寮に連れてきて頂戴ね。私、ななしさんと一緒にお茶がしたいわ」
「了解です。セオドールにも伝えておきますね」
「アルには私から言っておくわ。ドラコ君も手伝ってね」
「はい」

はいじゃねーよ、とツッコミそうになるのを抑えて、苦笑を浮かべた。
スピカ先輩は私が一人でここには来ないだろうと推測していたらしい。
その推測は全く正しいものだ。

4人とはそこで別れ、地下廊下を進んだ。
その突き当りの少し前でスピカ先輩は立ち止まった。

「最後の場所はここよ」

スピカ先輩がそういって指さした先は、絵画だった。
銀縁の梨の絵が描かれたもので、特に変わった点はない。
私が疑問に思っていると、スピカ先輩はクスクス笑って、見ていて、といった。
スピカ先輩が絵画をくすぐるようなしぐさをすると、その絵画が外れた。
外れた、というより、右側だけがパカッと開いたといった方がいいのか。
私がびっくりしていると、スピカ先輩はさらに微笑みを深くして、隠し部屋なのよ、といった。

「ここは、屋敷しもべ妖精の厨房よ」

そう言って、スピカ先輩は絵画扉を開けて見せた。
そこには私の腰よりも低い身長の奇妙な生き物たちが動き回っていた。
ぎょろりとした大きな瞳に尖った耳。
妖精というには少々グロッキーな見た目である。

「お嬢様がた!いらっしゃいませ!何かご用でしょうか!」

しかもキーキーと高い声でしゃべる。
私は唐突にファービーを思い出した。

スピカ先輩はその声にちょっとだけ眉を寄せて、何でもないわ、おさがり、といった。
命令口調がとてもよく似合う。
なんだか命令し慣れているようだった。
下がれと言われて、おとなしく下がった妖精だが、下がった先で何かありましたらお声かけください!と要らない一言を添えた。

スピカ先輩は完全に眉をよせ、出ましょうといった。
私は一つ頷いて、扉のほうへもどった。

「何かおやつが食べたくなったらここに来るといいわ。たいてい何でも用意してくれるから。…ちょっとおせっかいが過ぎることがあるけれど、その時は注意すればいいと思うわ」

スピカ先輩の説明によると、屋敷しもべ妖精は人のためになることが大好きな生き物らしい。
人の喜ぶことを第一優先とする性質を持っているため、屋敷の家事などを行わせる家が多くあるとも。
ホグワーツでも例外なく、部屋の掃除や日々の食事の担当をしているのは彼ららしい。

「私、初めて見ました」
「ホグワーツの屋敷しもべたちはその姿を見られないように仕事をするように命令されているから、眼にすることはほとんどないわ」

屋敷しもべ妖精の能力は相当高いらしい。
本来なら魔法使い以上の力を持っているのだが、性質上、人に危害を加えることは決してないという大変便利な生き物だとか。
なんだかすごい生き物もいたものだ、と私は思った。

ただ、便利ではあるものの騒がしいため、あまり好きにはなれそうにない。
たぶんスピカ先輩も好きではないだろう、先ほどの反応を見るに。
ただ、おやつを好きな時にもらえるというのは喜ばしいことだ。
甘いものが好きな私にとっては有益な情報であるといえる。

「ホグワーツの屋敷しもべ妖精は品がなくていやだわ。私の家の子はとても静かなのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。お父様が幼少期から可愛がっている子なの。もうおじいちゃんなのだけれど、仕事はしっかりしてくれるし」

どうやら屋敷しもべ妖精にも個性や個体差があるらしい。
あと性別も。
性別や年齢によっては声音も変わるのだと教えてくれた。

スピカ先輩は角を曲がって、階段を目指した。
階段を上り終えると斜陽が廊下に差していた。
廊下の突き当りにある大きな古時計を、目を凝らしてみると夕方の5時を刺していた。

「ここをまっすぐ行けばハッフルパフ寮よ」
「ありがとうございます、スピカ先輩。とっても楽しかったです」

見覚えのある廊下まで辿り着いたあたりで、スピカ先輩は歩を止めた。
どうやらハッフルパフ寮には行きたくないらしい。

大広間でも思ったことだが、ハッフルパフとスリザリンはそう仲が良くない。
私とスピカ先輩は学校が始まる前からの付き合いだったから仲がいいが、そうでなかったならきっと仲良くなれなかっただろう。

それはこの学校の特徴であるように思えた。
寮制ゆえに、友達の幅が狭まっているのだ。
似たような人ばかりを集めて寮にするものだから、凝り固まった価値観と先入観ができて、それを正しいと思ってしまう。
魔法界はもっと自由だと思っていたが、その点に置いてはむしろマグル界よりも強固で古風な価値観を持っているようだ。

「ななしさん?」
「あ、いえ。また遊んでくれますか?」
「もちろん。今度はお茶会をしましょう?きっと楽しいわ」

ぼんやりしているとスピカ先輩が不思議そうに声をかけてくれた。
ハッフルパフの人たちが彼女や他のスリザリン生をどのように見ているのかはわからないが、少なくともスピカ先輩はこれだけ優しい人だ。
ただ、その優しさがハッフルパフ生に向くかどうかはわからないけれど。
また、ハッフルパフ生の偏見がなくなるかというものわからないけれど。

馬鹿みたいな考えかもしれないが、みんなが仲良くできればいいのになあと思う。
子ども心ながらに、友達が悪く言われたり思われたりするのはやっぱり嫌だ。

ただ、私は勇気がないのでそれを口に出すことはできなかったが。
prev next bkm
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -