1.OWL
肩がごりごりと削られるみたいだ。
吐く息は白く、もくもくと空に昇っていく。
背中のランドセルは亀の甲羅のよう。
重くて、でも温かい。

ざくざくと足元が鳴る。
真っ白な雪は人に踏まれて固く固まっていた。
滑らないように気を付けながら、自宅を目指した。

昔は押せなかった、6階と書かれたボタンを背伸びして押す。
手の届かなかったころは、ランドセルにいつも30センチ物差しをしまってあって、それで器用に押したものだ。
なめらかなに上昇を全身に感じながら、手をこすった。
手袋をしていても、寒いものは寒い。
早く家に帰って炬燵に潜りたい。

エレベーターの扉が開いた瞬間に、駆け出した。
廊下を全速力で走って、着き当たりの部屋の前で急ブレーキ。

コートのポケットをまさぐって、カギを見つけた。
ちょっと強引にカギを突っ込んで、ドアを開ける。

「ただいま!さむいいい!!」

誰もいない部屋の電気を片っ端からつけて回った。
最後にランドセルを放り投げて、炬燵の電源を入れて、もぐりこんだ。
最初のうちは冷たいが、徐々に温まってくる。
炬燵におかれたテレビのリモコンをいじって、夕方のアニメの再放送を流した。

今日は、パパの帰りが遅い日だ。
夕飯は用意してくれてあるけれど、あまりお腹が減っているわけでもないのでまだいい。
おやつを食べるにも、炬燵から出るのが億劫だった。

アニメの再放送も面白くないから、私は炬燵で丸くなった。
炬燵では寝るな、と何度も言われているが、こんな魅力的なものを前にして屈しないほうがおかしい。
ころん、と横になると、すぐに眠気が襲ってきた。
こんなの、勝てるわけがない、おやすみなさい。


コンコン、とノックのような音がする。
うちにはノックをするような繊細な感性の持ち主はいない。
私がお風呂に入っていようと、パパはずかずかと洗面所に入ってくるレベル。
いつかは言わなければと思っているが、ぶっちゃけ私は気にしてないのでなあなあになってる。

「…なに」

炬燵は温かいからむしろ熱いくらいの温度になっていた。
偽物っぽい笑い声が聞こえる。
テレビはいつの間にかアニメからバラエティに変わっていた。
時計を見るともう8時過ぎ。

「お腹減った…」

ぐう、と可愛げのない音を立てるお腹をさすりながら、体を起こした。
外はもう真っ暗だった、遠くに高いビルの明かりが見える。
…真っ暗なベランダに、白い塊がいた。

「は?なにこれ」

その白い塊は塊から生えたくちばしでコツ、コツと窓ガラスを叩いている。
いつだか、鳥類園で見たことがある。
このふわふわの丸っこいフォルムは、あれだ、フクロウ。

まさかこんな都会のマンションの一角で見られるとは思わなかったので驚いた。
とりあえず、何も考えずに窓を開けた。
フクロウは空いた窓から部屋の中に羽ばたいて入ってきた。

「…あれ、やばくない?マンションペットオッケーだっけ」

少なくとも犬や猫はダメなはずだ。
でも、インコやハムスターを買っている人はいるらしいし、うちも…可愛くも小さくもないけど、ちょっとしたペットを飼っている。
インコは小さいし可愛いからいいかもしれないが、フクロウはどうなんだろう。
大きすぎるし、こいつ肉食じゃないか。
あ、内のペットも肉食か。

フクロウはハンガーかけの上に止まって毛づくろいをしていた。
私がじっと見つめていると、不思議そうに頭を90度以上回した。

「パパに怒られる…」

そう、マンションよりもまずはパパの心配だ。
もしパパが帰ってきて部屋にフクロウがいたら、…まあ怒るだろう。
戸惑うよりも驚くよりも先に、どうしてこんなものを入れたのだと怒るだろう。

時刻は8時半、そろそろパパが帰ってくる。

「フクロウさん、お願いだからこっちに来て?」

とりあえず、まずは捕獲だ。
捕獲して外に放り出さなければ。
そして、素早く窓を閉める、カンペキだ。

私が必死に声をかけても、フクロウは首を傾げるばかりだった。
フクロウに日本語は通じないということか。

「…そうだ、エサだ!」

冷蔵庫には何かしらあるはず!
とりあえず冷蔵庫の扉を開けると、私の夕食が目に入った。
…お腹もすいているし、とりあえずそれを電子レンジへ。
フクロウは肉食だから、鶏肉とかあれば食べるかな。

私の夕食はハンバーグだった、別添えでデミグラスソースがある。
人参とブロッコリーが添えられている。
あと、小鉢にポテトサラダと野菜ピクルス。
それから、お鍋には野菜ポトフが入っていた。
ご飯は適当によそって食べなさいが我が家スタイルだ。

冷蔵部分には鶏肉はなかったから、冷凍庫を見た。
冷凍庫にはかちんこちんになった肉があった。
鶏肉なのかはわからないが、それを解凍すればいいだろう。

「5…4…3…2…、はいストーップ」

私は電子レンジのあのチンという音が好きじゃない。
だから、鳴るちょっと前に止めてしまう。

「あちっ…」

しっかりと温めたせいか、お皿がとても熱かった。
パーカーの袖を伸ばして、なべつかみ代わりにして持った。
炬燵にご飯とハンバーグを置いて、フクロウを見た。
フクロウは目をつぶって、頭を体にうずめていた。

「ご飯をとるか、お前の排除をとるか…」

時間は8時50分、そろそろパパが帰ってくる。
目の前には温まったご飯、後方にはフクロウ。
肉は解凍しなければならない…電子レンジで解凍するにしても、5分くらいはかかる。
ただ5分では夕飯を食べ終わることはできない。
私は食事を中断されることが嫌いだ。

ご飯を食べれば、食べているうちにパパが帰ってきてしまう。
肉を解凍すればご飯は冷めてしまう。
迷いどころだ。

迷っていると、玄関で物音がした。
…迷った時点で負けだったか。

「何をしているんだ、お前は」

ご飯を目の前に突っ立っている娘はさぞ滑稽に見えただろう。
呆れたような声音が後ろから聞こえてきた。
ゆっくり振り返ると、眉根をしかめたパパが放り投げられていたランドセルを持って立っていた。
…やばい、ランドセル片づけるの忘れてた。

「お帰りパパ、なんかさ、フクロウが」
「…入れたのか、中に」

ここでフクロウを使って、ランドセルから話をそらそう。
そこでようやく、パパは洋服掛けに我が物顔で止まっているフクロウに気づいたようだ。
眉根を先ほどよりも険しくして、低くそう呟いた。

やっぱり逆効果だったかもしれない。
そりゃ片付いてないランドセルよりも、部屋を汚すフクロウのほうがまずい。

「いや、だってさ、コンコン煩かったし」
「だろうな…まあいい。わかった」

まさかそれだけで終わるとは思わなかったので、拍子抜けした。
パパは洋服掛けからハンガーを取って、コートをかけた。
いつもはそのまま洋服掛けにハンガーをかけるが、今日は出窓のカーテンレールにそれを掛けた。
手に持っていたカバンをリビングテーブルの椅子へ、ランドセルも同じように向かいの椅子へ置いた。

「夕食をまだとってなかったのか」
「フクロウ事件でそれどころじゃなかったの」
「そうか。あれは窓を開けておけばそのうちいなくなる」

パパは炬燵の上の夕食を見て、少し咎めるみたいにそういった。
フクロウのせいではないのだが、せっかくなのでそういうことにしておいた。

パパは夕食を済ませているはずだが、キッチンに向かっていった。
私は炬燵に座り直し、炬燵の温度を強から弱に変えてから箸を取った。
テレビは特に面白くもないバラエティを流し続けている。

「お前、また野菜スープをよそわなかったな」
「…だって温めるのめんどくさい」

キッチンからお咎めの言葉が飛んできた。
温めるのが面倒というのはいいわけで、本当は野菜を食べたくないだけだ。
パパもそれは分かっていると思う。

のんびりとハンバーグを食べていると、キッチンにいたパパが戻ってきた。
手にはお茶とスープ。

「パパ、夕飯食べたんじゃないの?食いしん坊だね」
「お前が食べるんだ、いい加減野菜を好き嫌いするのはやめろ」
「えー…いらない。野菜なんて食べなくても生きてけるよ」
「ごちゃごちゃいうな」

パパは私の目の前に野菜ポトフを置いた。
キャベツやジャガイモ、玉ねぎ、にんじん、ときどきウインナー。
パパが見ているので、仕方なく野菜スープに手を付けた。
それを見てパパはようやく私から目を離して、iPadをいじりだした。

30分以上時間をかけて、夕食を食べ終えた。
お皿を片づけて、また炬燵に戻った。
明日から学校はない、春休みだ。
だから、いくらだって夜更かしできる。

「ななしさん、俺がお前の今年の誕生日に何を言ったか覚えているか?」
「え?んっと…、お前の転機になるだろう的な?」

パパは唐突にそう話し始めた。
私はテレビからパパに目線をうつした。

妙に真剣に言われたから覚えている。
なぜ11歳が転機になるのかは全く分からなかったが、パパはときどき占い師みたいなことを言う。
今日は気をつけろとか、どこにはいくな、とか。
それがなぜなのかはわからないけれど、パパのいうことは大抵当たる。

「俺としては、その転機が来ないほうがいいと思ったんだが、来たな」
「え?」
「あのフクロウの足を見なかったか?」
「…足?」

私は炬燵から目を凝らして、フクロウをみた。
フクロウは今は目を開けていて、こちらを見ては首をかしげている。
ふわふわの身体から生える足には、何やら筒状のものがついていた。

「伝書鳩みたいなものだ。手紙を運んでいる」
「じゃあ、手紙が入ってるの?」
「そうだ。お前宛のものだ」

パパは立ち上がって、フクロウのほうへ向かった。
フクロウは近寄ってくるパパから逃げることはなく、差し出した腕に止まった。
羽を広げたフクロウは思ったよりも大きかった。
パパはどこか手慣れた様子でフクロウの足に括り付けてあった棒状のもののふたを開けた。
そこから、どう考えてもその筒には入りきらないような封筒が出てきた。
しかも、その封筒は丸まっていた様子もなく、ぴんと伸びている。

私は不思議に思ったが、パパは驚くでもなく、そのままフクロウをベランダから放り出した。

「ななしさん、お前宛だ」

そういってぶっきらぼうに手渡された封筒には、かっこいい流線型の文字が書かれていた。
筆記体の英語だ、まったく読めない。

「パパ、読めない」
「だろうな。大まかに内容を言えば、それは入学許可証だ」
「かっこいいね」

入学許可証の割にはスタイリッシュでかっこいい。
薄い緑の封筒には蝋燭のようなもので、封がしてあった。
こんな封筒はテレビでしか見たことがない。

素直な感想を言うと、パパは呆れたような顔をした。

「ってか11歳で入学許可ってどういうこと?」
「イギリスではそう珍しいことじゃない」
「…イギリス?」
「それは、イギリスにある魔法学校からの入学許可証だ。お前の母も俺もその学校の出身だ」

どこから突っ込めばいいのかさっぱりわからなかった。
なぜイギリスから入学許可がくるのかとか、なんでフクロウでとか、というか、魔法って。

「…魔法?」
「そうだ」
「パパ、魔法使いだったの?」
「そうなるな」

小さいころ、私がアニメに出てくるような魔法使いになりたい!と言ったらそんなものはいないと断言したのは誰だ。
それにパパはもともと、そういう非現実的なことが嫌いだったのではないのか。
だというのに、真顔でなんてことを言っているんだ。

パパは封筒を開けて、手紙を読み上げた。
内容はパパが言った通り、魔法学校への入学を許可するということだった。

「ただ、これは入学を許可するというだけだ。行く行かないはこちらの自由。ななしさん、お前が決めろ」

パパはそう言って、私に丸投げしてきた。
色々と言いたいことはあるが、訳が分からな過ぎて部屋に戻ってベッドに飛び込んだ。
そしてそのまま寝た。
いつもなら風呂に入れと怒るパパは、その日に限って現れなかった。
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