14.BEAT-UP HAT
脳内に他者の声が聞こえる。
そう今まで暮らしていたところで訴えたならば、速攻で心療内科に連行されたことだろう。
しかし、今はどうだ。

“いやはや…あれの娘を見ることとなるとは。世も末だ…”

誰だってきっとこの状況で、他者の声が頭の中に響いているといっても、きっと誰も心配しない。
まあそういうこともあるさ、って感じで流される。
そう考えるととんでもない世界に来てしまったような気がする。
価値観が違いすぎる。

というかパパ、何したんだ、このおんぼろ帽子に。
なんか世も末とか言われているぞ。

“安心すべきことなのか、どうなのか。君はお母さんに似ているようだね”

ママの話だ、そうか、ママもこのおんぼろ帽子を被ったんだ。
人に頭を下げることを知らないパパの頭上に乗った帽子、私のまだ知らないママの頭に乗った帽子。
その帽子が、今度は私の頭の上にいる。
そう思うと、不思議な感じがした。
嫌な感じじゃない、むしろ幸福なことのように思える。

“君はそんな考えができるのか。ならば、血筋だけでスリザリンに入れるのは忍びない”

いったいどんな考えをすれば、スリザリンに入れるのか疑問だ。
11歳で野心も狡猾もクソもないだろ。
…いや、パパなら11歳くらいでそういうことを考えたりするかもしれない。
それこそ末恐ろしいクソガキだったに違いない。

“あながち間違えではないと言っておこうかのぉ”

やっぱり。
ああよかった、パパのクソガキっぽさを受け継がなくて。
パパも私はママに性格が似たとそういっていた…安堵した顔で。
その時に、お前はどんなクソガキだったんだよと思った覚えがある。

“それでは、お嬢さん意向を聞いて決めようかの”

ふむふむ、ならば少し意地悪な方法で寮を決めよう。
私は一石二鳥、帽子さんの答えは1つ、パパはちょっと不機嫌になるかもしれない。

“ほう、それはどんな方法だね”

私はママと同じ寮にいきたい。

“なるほど、ならば答えは一つ。−−−ハッフルパフ!!”

わっと左端から歓声が上がったのをきっかけに、帽子は頭の上から去って行った。
去り際に聞こえた言葉を、私は忘れないだろう。
“願わくば、君が脅威にならぬよう”
どういう意味なんだ、私が何の脅威になるのか。

その言葉の意味に頭をかしげつつ、私は歓声の上がった方のテーブルへと向かった。
その中で手を振ってくれている人がいたので、そちらへ向かう。
手を振っていてくれたのはディゴリー先輩、その隣にはルイス先輩がいる。

「お前、絶対スリザリンだと思ったのに」

ルイス先輩の第一声はそれだった。
まあスリザリンと迷われたわけだし、ルイス先輩の想像はやっぱり半分くらいあたっていた。

驚いたような、自分の予想が外れた悔しそうな、そんな感情の織り交ざった顔をしているルイス先輩を咎めるようにディゴリー先輩がコラ、と怒った。
怒っても大して怖くない。

「まったく…ハッフルパフにようこそ、ななしさん。歓迎するよ!」
「はい、ありがとうございます」

ルイス先輩は渋々、歓迎してやんよ、といった。
でも、その顔の口の端が吊り上がっているのを見る限り、そこまで歓迎していないようではないようだ。
わかりにくい、まあ歓迎してくれているといっていいだろう。
私はルイス先輩とディゴリー先輩の間に座った。

ディナーはとんでもなく量が多かった。
背の低い私はテーブルの上のものに手が届かない場合が多かったので、ルイス先輩に任せたのが悪かった。
ルイス先輩は、おそらく自分の好きなものを選んできたのだろう。

それがまあ、茶色い。
肉とか肉とか肉とか…彩りのいの字もない。

「ルイス先輩、もうちょっと野菜とか入れてください」
「なんだよ、注文が多い新入生だな」
「普通に考えて、女の子がこんな肉ばかり食べるわけないじゃないですか。…ああ、すみません、ルイス先輩は女の子にこうやって食事をする機会がなかったんですね」
「…お前やっぱスリザリンだろ」
「残念ながら、ハッフルパフですよ」

そんなやりとりをしつつ、なんとか私は夕食に野菜を摂ることができた。
ディゴリー先輩は私たちのやりとりを心配そうに見ていたが、それは最初だけで、今は自分の担当の女の子に集中している。
彼の取り分けるものは野菜と肉と主食と、きちんとバランスよく盛られていた。
ディゴリー先輩がよかった、とちょっと思うが、ルイス先輩も一生懸命にやってくれている、と思っておく。

夕食のデザートまで終わると、校長のお話だ。
座りながら校長の話を聞けるのはいいことだ、日本の朝礼も見習ってほしい。
校長曰く、出入り禁止区域があり、そこにいくと怖いことが起こるぞとのこと。
そういうことを言われると、こう、押してはいけないスイッチ的な思考が働きそうなものだが、どうなのだろう。
少なくとも、私は押してはいけないスイッチがあったら、とりあえず押したくなるタイプだ。

校長はそういった諸注意だけ述べて、話を終えた。
時間にして10分程度、日本の校長も見習ってほしい。

「さあ、ハッフルパフのみんな。僕らについてきてね」

そう、机に乗って叫ぶ少年(見た目は少年だが監督生らしい)についていく。
ハッフルパフの寮は地上2階、変な像の隣だ。
絵画の女性は綺麗なドレスを着ているのに、ふああ、とその姿に似合わず大あくび。
このあたりからもうハッフルパフらしさが出てるが、寮内はもっとハッフルパフらしかった。

第一印象は某、蜂蜜好きの黄色い熊の寝床を思い浮かべた。
全体的に暖かなオレンジの光に満ちた談話室は、今までの石造りの城と打って変わって木造造り。
床はクリーム色の毛の長いカーペットで埋まっていて、ところどころに椅子やテーブルが置かれている。
そして中央に、縦に長い煙突を有した円筒状の暖炉。
きっとその周りにみんな集まっておしゃべりやチェスやティータイムに勤しむのだろうと思う。

そのあと、部屋に通された。
部屋までの道のりは、アリの巣のように地下にいったり、奥にいったり、上にあがったり、部屋によってさまざま。
私の部屋はどちらかといえば、上のほうの、奥の方だった。

部屋は4人部屋で、六角形の一番奥の辺の部分だ。
部屋はどこもこの六角形をしているらしい、アリの巣だと思っていたがハチの巣だったようだ。

「ええと、自己紹介したほうがいいわよね?」
「そうね、朝起きて、おはようから先が詰まっちゃうわ。私はハンナ・アボット。よろしくね」
「私はスーザン・ボーンズよ、よろしく」
「えと、ミーニャ・シュレンガーです、よろしく…」

ハンナとスーザンははつらつとした感じの女の子たちだ。
ハンナは褐色の髪をお下げにして、なんとなく赤毛のアンを彷彿とさせた。
スーザンは黒に近いこげ茶の髪を肩口で切りそろえたセミロングだ。
ミーニャは亜麻色のウェーブのかかった長い髪を顔を隠すように垂らしている。
どうやら恥ずかしがりみたいだ。

3人の6つの視線が私を見た。
どうしても観察してしまうのが私の悪い癖。

「あなたは?」
「ごめんなさい、遅れて。私はななしさん・ななし。よろしく」

これも悪い癖だが、どこか高飛車みたいな感じのことしか言えないのだ。
私としてはもっと親しみやすい、柔らかい感じのあいさつがしたいのだが、どうもつっけんどんになる。
年上の人には丁寧でいい子だねと言われるが、同年代ではそうはいかない。
大切なのは親近感。
それがわかっていながらこれだ、たぶん印象悪いだろうな。

よろしくの言い方とか、まったくよろしくない。
ミーニャは怯えたように笑顔をひきつらせているし、ハンナとスーザンも上っ面の笑顔。

パパが寮生活は他者とのコミュニケーションが大切だとそういっていた。
どうやら私はそれができないみたいだ。

「明日の朝って先輩たちが大広間まで連れて行ってくれるんだっけ?」
「そうそう、7時だって」
「起きてなかったら起こしてね」

スーザンとハンナはどうやら気が合ったらしく、そんなやりとりをしている。
私は道を覚えているからどちらでもいいかなと思っていた。
ミーニャはすでに自分のベッドに戻って荷解きをしている。
私もミーニャにならって自分のベッドに戻って、カーテンを引いた。

カーテンをきっちり引いた後に、トランクの中から毛布に包まれたゲージを取り出す。
そこには不機嫌そうにシューシューと威嚇音を立てているヤタが収まっていた。
ヤタに静かにするように言って、ベッドサイドの机の一番下の広めの引き出しにゲージごとしまった。

ヤタのこと、今説明してしまった方がいいのだろう。
でも、もうそんな雰囲気でもない。
困った、と思いつつもどうにもならないので、荷解きを続ける。
あらかた荷解きを済ませると、カーテンを開けた。

ミーニャのカーテンは閉まったままで、何の音もしないからきっと寝てしまったのだろう。
まだ9時だが、朝からずっと動いているから疲れて寝てしまう気持ちもわかる。
スーザンたちはカーテンを開けたまま荷解きをしていた。

「あら、ななしさんは起きてたの?」
「ええ。荷解きは終わったの。…その猫は?」
「私の猫よ。パスティっていうの。猫は好き?」
「好きよ」

パスティと呼ばれた猫はにゃあんと甘えたような声を出した。
薄茶色の虎猫である、かわいい。
…そうだ、いまだ、今、ペットの話に持っていけばヤタの紹介もできる。

「スーザンは何か飼ってるの?」
「フクロウを飼ってるわ。名前はマシューよ。今は外に出してるんだけど、クリーム色で小さいのよ」
「フクロウもいいよね。私も飼いたかったんだけど、パスティいるから学校の森フクロウでいいかなって。…ななしさんは何か飼っているの?」

スーザンはフクロウを飼っているらしい。
外に放しておけば勝手に食事をしてくれるようだ、いいな、楽で。
そして、ハンナは私に話を振ってくれた。
助かる、…話すには勇気がいるが。

「あー、うん。ペットはいるんだけど、変わってるから、みんな怖がるかも…」
「変わってる?ってことは猫とかフクロウじゃないってことでしょ?ちょっと待って、あてるわ」

スーザンとハンナは私のペットを当てようと、考えているようだ。
絶対当たらないと思う。
そう思いつつも、2人の答えを待った。

「蛙?」
「ノーよ」
「ええ?じゃあ蝙蝠!」
「それもノー」

ええーっと2人は困ったように顔を見合わせた。
犬?とか言われたけど、むしろそれはベーシック…いや魔法界ではそうでもないのかもしれない。
それからウサギ、亀、ネズミなど様々出てきたが、答えは違う。
ハンナが困ったようにいった。

「ヒントはないの?」
「そうね、蛙も蝙蝠もうさぎも亀もネズミも捕食対象よ」

あえて猫やフクロウは言わないでおいた。
言ってしまえば、今すでにひきつっている2人の顔がさらにひきつることとなるだろうと思ったからだ。
2人は答えにたどり着いたらしい、恐る恐るスーザンがその単語を口にする。

「まさか、蛇?」
「…そうなの。ごめんね、怖いよね」

見てもいい?とかそういう反応が出ないのがリアルだ。
これが一般の反応だよなと思いつつ、放し飼いにはしないから安心してとだけ言った。
ちなみに、サイズや見た目の話は一切しなかった。
きっと怖がるだろうと思うから

そのあとは他愛のない話をしていたが、眠くなってきたのか徐々に口数が減っていった。
明日も早いから寝ましょ、というスーザンの言葉に、私もハンナも頷いて、各々ベッドに戻っていった。

ベッドはつやつやのシーツと毛布、それから掛布団が置いてある。
どれも新品で慣れない匂いがした。
私はベッドに入ることをやめて、引き出しからレターセットを取り出す。
パパに今日あったことを伝えるための手紙を書くのだ。
1週間に1度は必ず手紙をと言われている。

手紙にはハッフルパフに入ったこと、マルフォイさんの息子君にあいさつされたこと、まだブラックさんの息子には会えていないこと、同室の子たちにヤタの話をしたことなど
を盛り込んだ。
その手紙は引き出しに戻して、もう一度ベッドにもぐりこんだ。
手紙を出すのは明日でいい、学校のフクロウを借りる場所を聞かなないとなと思いつつ、眼を閉じた。
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