唐突だった。
ガンっと乱暴にあけられたコンパートメントの扉を見て、私は目を見開いた。
そんなに力をいれなくても開くだろうに、肩の力が入りすぎたのだろうか。
驚いて扉のほうをみると、ふわっふわの栗毛の女の子が仁王立ちしていた。
THE英国人って感じで笑ったらさぞかわいいだろう。
しかし、その顔は笑顔とは程遠く、険しい。
「ヒキガエルを、見なかった?」
少なくとも私は見ていない。
慌ててヤタを見た、え、食べてないよね?
「私は見ていないけど…」
「きゃあ!蛇!」
「ごめんなさい、私のペットなの。見た感じ、たぶん食べてはいないと思うけど…」
私はヤタの身体を触って、膨らんでいる個所がないか確認した。
もしヤタが食事をしたなら、腹のどこかしらが膨らんでいるはずである。
しかし、どこも膨らんでいる個所はないため、食べていない。
「うん、食べてない。大丈夫だよ」
「よかった…」
「なんでヒキガエルなんて探しているの?」
「ネビルのペットなんだけど、逃げ出してしまったらしいの」
魔法界のペット事情は恐ろしい限りだ。
蛇に蛙…まあ魔法らしいといえばそれまでではある。
私は本を閉じた。
外に出るきっかけができたみたいだ。
「私も手伝うわ」
「あら、いいの?」
「うん。暇だし」
「だったら先に着替えた方がいいかも。もう半分くらいまで来ているらしいから」
「そうなの?じゃあ着替える。…ちょっと待っていてもらってもいい?」
「もちろんよ」
私は了承を得て、彼女に廊下で少し待っていてもらった。
…そういえば、名前すらまだ聞いていない。
挨拶だってしていないのだ。
先ほど、あいさつしに来たドラコに対しての対応と真逆の対応に私は苦笑せざるを得なかった。
どうやら私は彼があまり好きではないらしい。
ダサい灰色のスカートの丈を気にしながら、私は外に出た。
「そういえば、自己紹介もまだだったよね?私は、ななしさん・ななし。よろしくね」
「すっかり忘れてたわ。…私はハーマイオニー・グレンジャー。よろしく、ななしさん。突然なんだけど、ななしさんって英国人じゃない…?顔立ちは英国人っぽいけど、名前は西洋風じゃないわよね?」
ハーマイオニーについて今、わかったことがある。
めちゃくちゃお喋りだ、あと少々自分勝手だ。
まあ許容範囲内だからいいけれど、と思いつつ、私は畳みかけるようにされた質問を1つ1つ丁寧に答えた。
「私は英国人と日本人のハーフなの」
「なるほどね…日本ってあれでしょう、車とかIT産業が盛んな東アジアの島国!」
「そうそう、よく知ってるね」
日本はヨーロッパ諸外国にとっては、アジアの東のほうという程度の認知だ。
ホンダとかヤマハという名前を出すとああ、となる程度。
侍とか忍者というとアメリカ人は飛び上がって喜ぶ。
実際、パパの仕事相手はそうだったそうだ。
ただそれらのことを11歳の少女が知っているという点には、驚いた。
博識なんだなあと思いながら、コンパートメントの扉をノックした。
「今、いいですか?」
「要件によるな、簡潔に要件を」
私と対峙しているのは、浅黒く日焼けした男子だった。
その前には逆に色白の男の子が本を開いている。
要件を要望されたので、簡潔に述べた。
「ヒキガエルを見なかった?」
「見てない。…お前も見てないだろ?セオ」
「ない…」
簡潔に要件を述べると、即答された。
考えてみれば、コンパートメントの中に入った可能性は低いようにも思える。
ドアが開いたタイミングで蛙が一緒に入ってきていたら気付くか、気付かず踏み潰すんじゃないか。
後者は最悪の事態だが、可能性として低くない。
私は彼らにお礼を言って、コンパートメントの扉を閉めようとした。
その寸前に、滑り込むように言葉が発された。
「シルヴィオ」
「…え?」
唐突にシルヴィオの名が出されたので、動きが止まる。
なぜ、人は自分に関係のないつぶやきであっても、共通点であると反応をしてしまうのか。
つい止まってしまい、私は少しだけ後悔した。
ハーマイオニーはすたすたと先に行ってしまった。
その上、興味深そうにこちらを見ている日焼けの子の眼は、からかいを帯びた眼。
小学校でよく見た、あれだ、「お前○○と付き合ってるんだろー」とかああいう感じ。
「雨の日に」
「モネが言ったの」
「常連だから」
モネが私のことを話すということは、私よりも常連なのだろう。
彼女は客の個人情報をホイホイと話す人ではない。
話すとしても、新しくできた常連がいるのよ、という程度だったに違いない。
しかし、あの雨の日、偶然にも、短時間でもシルヴィオ内で私と彼は一緒に存在した。
モネは彼にタオルを渡して、私のところに戻ってきたのだろう。
だが、私はいなくなっていた。
モネの、彼にとっては謎の行動を、彼がどうしたのかと尋ねるのも自然。
そして、さっきまで常連になった女の子がいたのよ、という話になるのも自然。
その子が同年であるという事実はさらに話を弾ませたことだろう。
「なるほど」
「君がそうだったんだ」
「そう、改めてはじめまして。ななしさん・ななしっていうの、よろしく」
「セオドール・ノット。はじめまして」
セオドールと名乗った少年は変わらずの無表情だ。
対照的に相変わらず子供っぽい意地悪い笑みを浮かべている少年が口を開いた。
「俺はブレーズ・ザビニ」
「…ザビニには聞いてない」
「お前のセリフか?それ」
「よろしく、ザビニ」
セオドールはここで初めて表情を浮かべた。
いうなれば、怪訝。
パパもよくする顔だ、困惑よりも迷惑に近い。
私は特に気にすることなく挨拶を返した。
まあ、同年なのだろうし、またどこかで会う機会もあるに違いない。
セオドールとザビニに、ヒキガエル探しに戻るというと、2人とも微妙な顔をした。
言いたいことはわかる、そんなことして何になるといいたいのだろう。
私も途中からこの行為の無意味さには気付いている。
無意味までとは言えないかもしれないが、限りなくそれに近い。
ただこうして、知り合いが増えていくことは悪くない。
私はヒキガエルのためではなく、自分のためにヒキガエルを探しているのだ。
そういうことにしておこう。
私は2人のコンパートメントを去って、次のコンパートメントの扉をノックした。