11.RED TRAIN
パパは私の手を離さなかった。
朝、家を出てからずっとだ。
このありさまには、私も苦笑しか漏れない。

初めて見る蒸気機関は、時折フシューと気合を入れるように蒸気を吹きだしている。
真っ赤なそれに、パパは目を細めた。
懐かしいのだろうなと思う、数十年前にもパパはこの電車に乗ったのだ。
きっと、ママも。
そして今、私はこの電車に乗っていこうとしている。

かれこれ、1時間以上は。

「パパ、手紙も出すし、校則もできる限り守るよ」
「ああ」
「ヤタの面倒もちゃんと見るし、勉強も留年しない程度にやるからさ」
「ああ」
「ほら、もう行かないと。いくら席を取ってあっても乗りそびれたら意味ないよ」

パパは手を離さない。
いくら私が大丈夫だといっても、パパは手を離さない。
子離れできないとは実に厄介だ。

パパは赤い瞳を細めて、苦々しそうに赤い列車をにらんだ。
パパにとっては可愛い娘を連れ去る男にでも見えるのだろうか。
今からこんな調子じゃあ、私の将来が心配だ。

ピィーと列車は高い音を出した。
さすがにもうまずいだろう。
パパの手が緩んだ、察したのだろうと思う。

「パパ、いってきます」
「…ああ、いってこい。くれぐれも…」
「?」

手が緩んだすきに手を離し、ぎゅっとパパの腰あたりに腕を回して抱き着いた。
あまりこういうことはしないけど、イギリスではよく目にする光景だし、今の状況を鑑みればそんなに恥ずかしいことでもない。
パパも腕を回して抱き返してくれた。
力強い腕が、私の腰に回る。

耳元で、パパの低い声がする。
くれぐれも、と言って少しだけ言葉を止めた。
私が胸元で小首をかしげるとパパは何事もなかったかのように、話を続ける。

「楽しんでこい。好き勝手やって、好き勝手学んでこい」
「言われなくても!」

パパはそれだけ言って私を離した。
私は笑顔でそれに応じた。
せっかくの魔法学校だ、楽しむほかない。

パパは私の頬に軽くキスして私の背を押した。
今まで離してくれなかったくせに、今になっていい感じに送り出す親みたいな顔して。
私はその豹変ぶりに苦笑しながら、キスを返して列車に乗り込んだ。


コンパートメントは勝手ながらに魔法で鍵を掛けさせてもらったため、一人だけだ。
見たところ数名で座っている場合が多いようだったので申し訳ない気がしたが。
もしまだ座れていない人がいたなら、ここに座ればいい。
そう思って、鍵を開けておいた。

列車が発車してから数分。
誰も来ない静かなコンパートメントで私は読書をしていた。
耳にはイヤフォン、日本でお気に入りだった曲を聴いている。
保温効果(魔法)のついたマグには紅茶、シルヴィオのマスターが選別にとくれたクッキー。
それらが列車に備え付けのテーブルの上に置かれている。
なかなか快適な旅である。

窓の外は田舎町から山の風景へと変わっている。
列車の旅をした覚えがあまりないから新鮮だ。

そんな中、私のタオルの中で蜷局を巻いていたヤタが起き上がって、警戒音を出し始めた。
誰かそばに来ているのだろう、私もイヤフォンを外してあたりの音に集中する。
集中したとしても、私にははしゃぐ子供たちの声と電車が織りなす騒音しか聞こえない。

唐突にコンパートメントの窓に人影が写った。
普通なら、通り過ぎていくその人影は私のコンパートメントの前から動かない。
しばらくして、コンパートメントのドアが開けられた。

「…やあ、こんにちは」
「こんにちは、えっと…ドラコ君だよね」

そこに立っていたのは夏にみたプラチナブロンドだ。
たしかドラコと紹介されていたはず。
苗字はマルフォイだっけな、と思い出しつつ、彼を見た。

彼は緊張した面持ちでこちらを見ては、口をもごつかせている。
話すことがないならこなければいいのに。

「どうかした?」
「いや、君にきちんと挨拶していなかったと思ってな」
「そう?名前も知っているし十分だと思うけど」

ちょっと私は意地悪だ。
彼はきっとあのプラチナブロンドパパにいわれて私のところに来たんだろう。
挨拶をしてこいと言われたのだろうが、残念ながら私は彼の名前をもう知っている。
彼は名乗っておこうと思ったのだろうが、それを拒否した。
さてどうでるだろう、出方によっては話し相手をしてもいいけどなあと上から目線。

まずいな、徐々にパパに似てきてる。
私はそこに眉根をひそめた。

「すまない、邪魔して」
「ううん、別に」

彼は引け腰だ、この様子だと話し相手にはならなそう。
私はもう話す気はありませんよーという意思表示として本に目を落とした。
するとドラコは、じゃあまた、と言ってコンパートメントを出ていった。
どうやら度胸はないらしい。

再び1人になったので、そのまま読書続行。
本当ならだれかと話すのも悪くないと思うのだけど、人が来ないのでは仕方ない。
自分から行くほど話をしたいとは思わないし、何よりこの快適空間から出る気もない。
ヤタはやる気なさげに鎌首を自分の体に預けて、また寝始めた。
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