9.RAINY DAY
カフェ・シルヴィオはダイアゴン横町の大通りから少しそれた横道にある。
レンガ造りの店だが青々とした蔦に張り巡らされていて、その赤はちらとしか見えない。
全体的にもっさりとした外観だが、ところどころに置いてある置物だとか、ぶら下がっている如雨露だとかがセンス良く見える。
ただ、店の中は蔦のせいであまり見えない。
だからか、この店にはご新規さんは少ない。
それが社交的なモネの苦言だった。

今日もお店は人が少ない。
モネは必然的に私の前の席に座って、お喋りに勤しんでいる。

「あ、そこにミュネーの飛行術発明をいれた方がいいと思うわ」
「ここ?」

私はといえば、歴史の勉強に勤しんでいる。
この前出会った、レギュラスさんとルシウスさんの家系の話を聞いて魔法界の歴史について興味がわいたのだ。
2人の家系は純血を保っていて、魔法界の古来から存在する家なんだと聞いた。
そして、その純血至上主義であったサラザール・スリザリンを敬愛しているとのこと。
サラザールとは誰だろうと調べてみると1000年もさかのぼることになり、せっかくだからと歴史を学び始めた。

そんなことをしているとモネが寄ってきて、一緒に勉強をしているのだ。
モネが卒業したのは3年前らしいので、まだ結構覚えているとのこと。
曰く、歴史と妖精学、天文学には自信がある。

「そうそう。それが入ってないことが多いのよ。でも、入れておいた方がいいと思う。飛行術の始祖って言われている人よ」
「始祖鳥みたい」
「なぁにそれ?」

モネはマグル界のことをあまり知らない。
魔法界に生まれ、魔法界に育ったからだそうだ。
純血ではないそうだが、半純血よりは純血に近いとか。
だから、マグルの世界のことは私が教える。
そうやって教えあいをして、のんびり過ごしていた。

「あら、雨だわ」
「わ…」

モネの言葉を聞いて外に目を向けると、雨が降っていた。
先ほどまでずっと晴れていたのに唐突に降ってきたようだ。
おそらく通り雨だろう、とマスターが言ったのが聞こえた。

それにしても激しく降っているようだ。
大粒の雨は店を覆う蔦を叩くように降り注いでいる。
ぼんやりと外を見ていると、カランという音と、ザアアという音が同時に聞こえた。
誰かお客様が来たみたいだと私が思うより先に、モネが動いていた。

マスターは店の奥からタオルを取り入ったようだ。
お客はずぶ濡れなのだろう。

「突然だったから大変だったでしょう?」
「はい…タオル、ありがとうございます」

私のいる席から扉は見えない。
しかし声からして、同い年くらいの男の子であろうことはわかった。
モネが本来の仕事に戻ったので、私は歴史書と向き合った。

雨は20分ほどで止んだようだ。
ようだ、というのは私が見ている限りではそれくらいだったような気がするから。
歴史書を読んでいて、20分くらいで顔をあげたら雨は止んでいた。
マスターのいう通り、通り雨だったようだ。

モネがこちらに来ないことから、雨宿りのお客さんは帰っていないのだろう。
雨も止んだことだし、散歩にでも出ようか。
雨上がりのレンガ道は滑るが、しっとり濡れたそれの赤は綺麗だし、看板や植木に滴る水は日の光に輝いて綺麗だろう。
通りはまばらに人が増えて行って、あの雑踏を取り戻すだろう。
通り雨の上がった後のその過程が、私はなぜだか好きだった。

モネがいないので、マスターにちょっと出てくる旨を伝えて、あえて裏口から出た。
表口から出れば雨宿りのお客さんとあってしまう。
そうなるとモネが何かと話をつけたがる、同い年くらいとあらば特に。
マスターはそれを察してか、あっさり裏口をあけてくれた。
念のため、傘も持たされた。

裏口を出ると、これも蔦に覆われたレンガ造りの塀があった。
その一部にドアが取り付けられている。
クリーム色のドアはその緑の中に浮いているようだった。
小さな金のドアノブはバラの形をしていて、表のドアノブは蔦なのに、と少し笑った。

裏通りは人気がない。
雨が降ったので皆慌てて屋内に入ったのだろう。
空を仰げば、雲がまばらに散ったブルー・スクリーンが広がっている。

私は小道を歩いて回った。
いつも綺麗なお庭は雨に濡れて、中の花々が湿っている。
塀に絡む蔦の花の花弁は泣いたような線を描いて、雫を滴らせていた。
それらを見て、ゆるゆると溶けるような時間を過ごした。

大通りにはさすがに人がいた。
それでも、いつもよりは人が少ない。
ところどころにできている水たまりを人々は避けて歩く。
まるでそこに底なし沼があるかのような避けっぷり。
私は水たまりなんて気にしないで歩いた。
靴は濡れたが、心は晴れやかだった。

そうしてあらかた散歩を終えるころには、日が沈みかけ、夕闇が道の端に転がるようになっていた。
私はカフェに戻るべく、小道へと歩を進めた。

「あ、ななしさん!まったくもう、私に何も言わないでいっちゃうんだもの、びっくりしたわ」
「ごめんなさい。お散歩、楽しかったよ」

とりあえず謝っておいた。
別段私が何か悪いことをしたわけではないけど、日本人の性だ。
お散歩に行っていたときくやいなや、モネは目を輝かせた。

彼女もまた、お散歩が好きな人種だ。
ちなみにお散歩が嫌いな人種もいる、パパみたいな人だ。

「でしょうね。うらやましいわ。ブルストさんのお庭なんてきれいだったでしょう」
「あの、野ばらが綺麗なお宅?」
「そうそう。」
「野ばらよりも、アーチのところにかかった蜘蛛の巣に水滴がついてきらきらしてる方が綺麗だったよ」
「いいわねえ、それ。きっと今日しか見られなかったんだわ。あーうらやましい」

他愛のない話の中に、モネの美的センスが見て取れる。
モネはちょっとだけ日本的な感性を持っている。
時間の流れや一瞬の儚さに敏感で、眼に見えないものを想像することを好むところとか。

「そういえば雨宿りのお客様も、雨樋とか蔦に伝う雨をずっと見ているような子よ。ななしさんと同い年なの」

それはそれはハイセンスな同い年である。
モネによるとなかなかハンサムで物静かな色の薄い男の子だとか。

「ななしさんと気が合いそうな感じだったわ」

まるで結婚を推し進めるおばさんみたいだ。
そんな人近くにいないけど、いたらこうなんだろうと思う。
私はそうなんだ、と言って紅茶と一緒に軽くそれを嚥下した。
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