2.日常の累積
リヴァイ兵長という人は、サドである。
言葉数が少ない代わりに、蹴りが飛んでくることがままある。
私はリヴァイ班の人間ではないが、報告書を届けに行くくらいのことはある。
というか私の所属する班は気弱な人が多く、班長のカルロでさえリヴァイを怖がっているような状態。
そんななか、私の図太い神経が役に立った。

私は兵長に蹴られようが殴られようが特に何とも思わなかった。
怖いということも不思議となかった。
痛いのはむろんいやではあったが、それくらいのものだ。

「おい」
「はい、なんでしょう」
「茶を入れろ」

まあこんなこともある。
私は文句も言わずそれをこなして、報告書を出して帰る。
その程度の関係だ。


報告書を出し終えて班に戻ると、執務室の奥からご苦労さま、と声をかけられた。
ふとそちらを見ると、穏やかな笑顔が逆光になっていた。

「すまないなあ、名無し」
「いえ」

カルロは本当に申し訳なさそうな顔をするのだ。
彼は優しいが気が小さく、臆病だ。
だからこそ、この班の生存率はかなり高い。
だからと言って仕事をしないわけでもなく、平々凡々、平穏な班である。

「報告書に問題はなかったよな?」
「ええ。私もチェックしましたし、リヴァイさんも何もおっしゃらなかったので大丈夫かと」

彼は心配性で、事前チェックを怠らない。
この班の生存率の高さはそういうところからも見て取れる。
ここでの報告書は作った人のほかに2人くらいは絶対に確認する。
そのうちの1人は確実に班長で、もう1人は他の人。
そして、リヴァイ兵長に直接私に行くときは、私も見ている。

今回も、リヴァイ兵長に渡す前に確認した。
それを話すとカルロはほっとしたようにもう一度笑った。

「そうか、ありがとう。ああ、もうこんな時間だな、名無し。昼食は?」
「まだです」
「行っておいで。こちらの書類は僕がやっておくからね」

時計はちょうど昼過ぎの時間を指していた。
私はカルロにそう言われて、昼過ぎでなければまだ書類をやらせるつもりだったのか、と内心辟易としながらも部屋を出た。

カルロは決して悪い人ではない、だが、だからこそ悪い。
そういう風に思ってしまうあたり、私は嫌な性格だなあと思うのだ。

さてはて、そんなことを考えるうちに食堂に着いた。
食堂はもうまばらにしか人がいない。
私はいつも通りトレーをもって配膳の列に並んだ。
今日は野菜のスープと穀物のパン、ここの食事は変わり映えがない。
まだ給食のほうが立派であるということを思い出すことも、少なくなった。

スープの中のニンジンをかみ砕き、その甘さに舌鼓をうつ。
あたりの兵は数名で一緒に食事をとっていた。
話している内容は、来週に迫った壁外遠征のことだ。

壁外遠征は非常に過酷で、まあとんでもない人数の人が死ぬ。
はっきり言って、帰ってくる人数は毎回半分にも満たない。
戦争よりも悲惨で無慈悲で無意味なものだ。
敵は、言葉もなく知性もない、力だけがある生物、人類唯一の天敵、巨人。

それを駆逐するために、私たちはいる。

「大丈夫だ、メリカ、俺が守る」
「カミナ…」

そのはずだが、まあ人間というのは呑気なもので。
大抵遠征の前には大勢のカップルができる。
本能に従順なのだろうなあと思いながら、パンを食べ終えた。

食べ終えて書類を片づけるか、それとも訓練をするか迷った。
だが、今部屋に戻ればまだカルロが申し訳なさそうに書類を差し出してくるのだろう。
そう思うとなんだか面倒になって、とりあえず身体を動かすことにした。

身体を動かすのはあまり好きではなかった。
しかし、そうもいってはいられなかった。
まあ、やってみれば難しいことでもつまらないことでもなかった。
立体起動装置は難しかった、だけどそれよりも何よりも楽しかった。

あの高く飛び上がる感覚、そしてそこから落ちる感覚。
素早くアンカーを出して、付近の木を捕える。
そこから空中ブランコの要領で反動をつけて別の木に飛び移り、また反動を生む。
木々を飛び越え、林の上に飛び出た。

高い空の先に、ぽっかりと蛆虫のような雲が浮かんでいた。
その先には灰色の壁が見える。
落ちていくにつれて、青から灰色に、灰色から黄土色の土地へと視界が変わった。
地面にたたきつけられる寸前に、アンカーを飛ばして、静かに地面に降り立った。

あたりからは少々の嘆声が漏れた…ような気がする。
視線が集まるのが嫌で立体起動装置を外して、中に入った。
軽くシャワーを浴びて部屋に戻る…前に執務室に行ってみよう。

きっとまだ書類は残っているだろう。

「名無し!どこ行ってたんだよ」
「食事と食後の運動ですよ」
「名無しちゃあん!助けてよお!!」

部屋を開けるとカルロではなく、先輩2人が出迎えてくれた。
機嫌が悪そうな男はスティール、半べその女はカトレア。
2人は身長も性格も全く違った2人だが、今は共通点がある。
両手に抱えた資料だ。

どうやらどこかから回ってきたようだ。
多分ハンジ班あたりだろう、あの班はいつだって書類を貯めこんでいる。

溜息をつきつつ、私は自分の席に着いた。
今日は夕食過ぎまでこの書類と格闘することになるだろう。
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