その日は静かな日だった。
平日の昼下がり、小さな庭。
私はそこでしゃがんで、探し物をしていた。
すると、空から一つのものが墜ちてきた。
私の家は3階建てだ。
その屋根から落ちてきたのだろうと冷静に考えた。
考えて、すでに墜ちることをやめて横たわっているものを見た。
生臭い匂いを立てたそれを、私は呆然と見た。
世界は暗転する。
今度は四角く切り取られた空が頭上に固まっていた。
その日はとても外が騒がしかった。
空は重い雲を侍らせ、日の光を遮っている。
これでは洗濯物が乾かないではないか、半乾きの洗濯物ほど気持ちの悪いものはない。
私は一つため息をついて、憎たらしい空を見上げた。
その空に、打ち鳴らされた鐘の音が奔った。
「逃げるぞ、お前たち金品を集めろ!」
金に飢えた豚というのは養豚場のそれよりも汚らしい感じがするのは私だけだろうか。
後方から聞こえる鳴き声を私は無視して裏口を目指した。
あの鐘の音とともに知らされたのは、ウォールシーナが破壊されたということだった。
巨人が攻めてきたそうだ、あの壁を壊して。
世も末だなあと他人事のように思いながらも裏口の戸を開いた。
そこには広い裏庭が広がっている、人はいない。
人目もはばからず私は裏庭を突っ切って、裏通りへ出た。
ここまで何事もなく済んだのは、巨人のおかげだ。
その部分に関してのみ、彼らに感謝するとしよう。
裏通りの突き当りのドアを開ける。
むあっとした生ゴミのにおいが私の身体を包んだ。
酷い匂いだったが、あの成金豚の香水の匂いよりはましだと思った。
扉からつながる階段を駆け下りて、目が痛いほどの煌びやかな世界を支える生活を終えた。
なんで今、それらを思い出したのだろう。
あの匂いが、この匂いに似てるからだろうか…そうかもしれない。
肋骨は嫌な音を立てて軋んでいる。
口の中は鉄の味でいっぱいだった、吐き出しても吐き出しても中から溢れてくる。
ということは、内臓がやられてしまったのだろう。
苦しまずに殺すすべを持っているのに、何でこの巨人はそうしてくれないのか。
あの時、一瞬でも彼らに感謝したのも忘れて私は恨み言を考えた。
この辺りで生きている人はもう私以外いないだろう。
いたとしても、少なくとも動けるような状態じゃないはずだ。
私の所属していたカルロ班は班長が死んだ瞬間、混乱に陥り、一瞬で壊滅した。
食べられる寸前の班長を救おうとするもの、呆然自失となってしまったもの、仲間を放って逃げようとしたもの、様々いたが今はいない。
数名くらいは生き残って逃げたのかもしれないが、少なくとも今私を助けてくれるような人はいない。
やはり死ぬ前というのは本当に走馬灯が奔るのだなと冷静に考えているあたり、やはり私はどこかがおかしかったのだろうと思う。
同期にはたくさん罵られ殴られた、誰が死んでもお前は悲しんだり、泣いたりしないのだなと言われた。
自分が死ぬって時だってこんなに恐怖心がないのだから、まあ当然と言えばそうだったのだろう。
どうもこの巨人は私を食べるつもりのようだ。
もし私の手にまだ武器があったなら、この口に突き立ててやるのに。
頭から口の中に突っ込まれた、まだ巨人は手を離していない。
真っ赤なヌメヌメとした口の中には、人と同じように前歯や奥歯があった。
親知らずが生えたりもするのだろうか…私は生えるのを見ずに死ぬようだが。
丸呑みにされるか、それとも一回噛まれるか。
巨人は私を掴んだまま口を閉じようとした。
先ほどとは違い、なるほど、噛まれるようだ。
にたぁと垂れた目じりが憎い。
口が閉じきる前に、巨人は私から手を離した。
私は真っ赤な口の中に落下していく。
ダメもとで立体起動を吹かしてみたが、世の中そう都合よくはできていない。
と思ったのだが、そんなことはなかった。
巨人の口に収まるはずだった私は地面に打ち付けられていた。
10メートル級の巨人だったので、10メートル以上の高さから落ちたことになる。
予想だにしなかった事態に受け身も取れずに、地面に体を打ち付けた。
非常に痛かったがきっと巨人にかまれるよりかは痛くないだろう。
「ラン!」
「…うけ、とめるひと、とか、」
「いる訳ねえだろうが、受け身ぐらいとれグズが。…しっかりしやがれ」
私の頭の近くに革靴が置かれた。
というか、革靴を履いた人が立っている。
降ってくるのは血などではなく、棘を持った言葉だった。
血を浴びることのほうが痛くない分よっぽどいい…などというとまた同期や先輩に怒られるのだろう。
それくらいのことは学んだ。
「へい、ちょ…」
「あ?勝手に死んだら殺すぞ」
言葉はとぎれとぎれにしか出ない。
内臓のどこかが壊れたのだろうし、肋骨も折れているのだろうし、腕や足も折れているだろう、なんたって身体がぴくりともしないのだから。
無慈悲なこの人のことは良く知っている、ただ相手は私を知らないだろう。
めちゃくちゃな持論を述べる彼は私を抱き上げて馬に乗った。
「しっかりしろ、名無し」
その場面のみを考えればさぞロマンチックなのだろうが、悲しかな、重症者の私の感想は馬上の揺れが体に響くという点が第一、第二になんでリヴァイ兵長なんだ。