とある娘の生涯憂鬱


私のママは物心ついたころにはすでにいなかった。
パパが私を育ててくれたけれど、パパはママに夢中。
パパはよく言っていた、「あいつは隠れるのがうますぎる」と。

パパが学生の時から、ママは隠れるのが得意だったそうだ。
人目につくことを避け、会話もせず、ただただ捕えられることから逃げることに学生自体の全青春を費やしているかのような人。
パパはそれをずっと追っている。
ママが逃げることに全人生を費やしているならば、パパは追うことに全人生を費やしている。
似たもの夫婦、ある種のベストカップル。

その中に、私はいない。


さて、ママは逃げるために私を捨てた。
パパは捨てられた私を育てた。
パパは何も言わないが、私の出生理由は分かっている、「ママをつなぎとめるため」。
しかし、私はその役目を遂げることなく生きている。
私はいったいなんなんだ。


母になって分かったことだが、普通ならば子供を置いて逃げるなんて、とんでもないことだ。
腹を痛めて生んだ我が子を捨ててまで、ママはなにから逃げているのだろう。
ママは一度くらい、私を抱いただろうか。
きっと抱いたに違いない…というか、抱かされただろうパパによって。
そして、ママは何を思っただろう。

私の腕の中の愛おしいぬくもりは、少しだけ身じろいだ。
腹の中にいるときだって、小さな身じろぎに私は嬉々としたものだ。
ママはどうだったのだろう。
すこしでも、私のことを愛していてくれていただろうか。
私はそれを知ることはできない。
パパが、ママを捕えるまでは。

そういう意味では、私はパパの応援をしたいと思う。
ママに聞きたいことは山積みで、それこそ夏休みの宿題を卒業まで抱えているようなものだった。


我が子がさらわれたという連絡は、夫から得た。
闇払いの夫は少々情報管理能力に欠点があるようだ。

このとき、焦る内心の一部で、ああこれがパパの気持ちかと感じた。
傍にいてほしい人がいないという焦燥は、いやに体に染み渡る。
その不安は瞬く間に体中を襲い、いてもたってもいられず、ただ足だけが動こうとする。
脳は思考を停止し、ただ本能だけで追いかけようとする。

パパはこれに一生蝕まれ続けるのだ。
ママを捕えるまでは。


帝王がパパだなんて予想はしたことがなかった。
なんだろう、この馬鹿馬鹿しい感じは。
そこにスターウォーズのような衝撃的な驚きもなければ、感動もなく。
ああ、この人はどうしてこうも、行動力のベクトルが狂ってしまっているのだろうと呆れる。
狂わせているのは間違いなくママであるから、余計にあきれ果てる。
なんて馬鹿馬鹿しい夫婦。
ここまで世界を混乱させる夫婦はいないだろう。

パパに捕えられている娘はきょとんとした様子だ。
そりゃそうだ、捕えられたと思ったら最終的に数年ぶりに祖父に会うこととなったのだから、生まれるべき危機感も生まれやしない。

娘は、無邪気にパパを見た。

「ねえ、グランパ。グランマはママを捨てて出て行ったんでしょ?なら、人質作戦に意味はないんじゃないの?」
「…ああ、そのことは忘れてたよ…」

馬鹿だ、ものすごく馬鹿だ。
私にもその発想はなかった、忘れていた、ママが母としての概念をすっかりなくしていること。

パパは脱力して、言葉を吐き出した。
もう娘を捕えている意味もないと思ったのか、手を離した。
娘は少しパパを見て、元気出してね、と一言言ってこちらに戻ってきた。
気の利く、いい子だ。

夫は呆然としていて、駆け寄ってきた娘を受け止めきれずに数歩後ろに下がった。
そりゃ呆然もするだろう、今まで敵の頭だと思っていた人が自分の妻の父だったのだから。
今回、一番衝撃を受けているのは彼だ、南無網、あとできちんと最初から説明してあげよう。

「まったく、いつになったら彼女を捕まえることができるんだ?」

そんなこと、私にも分からない。
ママのことはパパから聞いただけの情報しかない。
ただ、その情報から考えて分かることは一つ。

「まあ、少なくとも今やってることは無駄じゃない?」

ってことだ。
パパは私のたとえ話に妙に納得した面持ちだった。
そして、面倒だから戦争はやめようと言い出した。
とんでもない人だ、世界を大戦争に巻き込んでおいて、この言いぐさ。
まるで子供が砂場で苦労して作ったお山を最終的に踏んで壊すような、そういった理論に適っている無情な行為。

子供も返ってきたし、これ以上は私の関わる部分ではない。
後片付けは上手にできる人だから、世界は綺麗に元に戻ることだろう。
世界は、夫婦のくだらない鬼ごっこで動いている。
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