Innocent girl
俺はある図書館司書を探していた。
彼女は俺と同級のレイブンクロー生で、特殊な記憶障害を持った女だった。
ヒトの認知と識別が出来ない女…学生時代はいいストレスの捌け口になっていた。

風の噂で、彼女が魔法図書館の司書になったと聞いたので会いに行くことにしたのだ。
過去に闇の魔法がかかった古物や謂れのある宝具、古書などを手に入れるためにボージンアンドバークスで働いていたが、彼女はその上を行った。
魔法図書館にはホグワーツの学校図書館の比ではない量の本がある。
一般書から禁書まで、さまざまだ。
呪いを作り上げる際に非常に役に立つだろうと思い、彼女…名無しさんに会おうと思ったのだ。

昔――記憶が正しければ6年の頃、俺は彼女に仲間になるように言った。
恐らく、名無しさんはそんなことなどすっかり忘れているだろう。
だが、なぜか名無しさんは祖国に帰ることなく、魔法界での仕事を見つけて暮らしている。

聞いた話によると名無しさんはすでに司書の中でもトップクラスにまで上り詰めているそうだ。
本の配置から内容まで全てを暗記しているためか、仕事がよく出来る。
人の名前は全て文字化されているため、彼女でも覚えることが出来た。
名前と顔が一致しなくてもなんら問題のない仕事なのが、彼女にとっての追い風になっているようだった。

「変わらないな、名無しさん」
「…ええと」

名無しさんは全くといっていいほど変わっていなかった。
司書としてかなりの地位を得ているのだろう、彼女には1人部屋が設けられていた。
部屋には鍵がかかっていなかった。
魔法図書館では魔法の使用は大体禁止されている。
それは蔵書を守るためであり、結界もホグワーツと同等かそれ以上のものがかかっている。

だから名無しさんや他の司書たちはかなり平和ボケしていると思われる。
ただ、他の司書は少なくとも現状は知っているだろう。
魔法界で大量のマグル生まれ狩りがあるということは周知している。
しかし、それでも図書館の中は平和ボケしていた。
だから俺は何の苦労もなく図書館の中に入れたし、私室にまで侵入できた。

名無しさんは変わらず俺を覚えていない。
もごもごと口篭り、挙句目を逸らした。

「今俺に名前はない。覚えなくてもいい」
「名前が、ないのですか」
「ないというわけではないが、お前に覚えてもらう必要性はない」

学生時代、俺は名無しさんに毎回名を教えていた。
名前が嫌いだった俺にしては辛抱強いことだったと思う。

名前を変えた今、彼女にその名を覚えてもらう必要性を俺は感じていなかった。
いつかは本にも俺の名前が載ることになるだろう。
その俺は、本当の俺かといえばそうでもない。

確かに俺は自分のやりたいようにやってみて、今や闇の帝王として世間から恐れられる存在となった。
さて、そうなってみて満足しているかといえばそんなことはない。
やはり妙な虚無感がしこりとして残り、不完全燃焼状態だ。
イライラしてやっていられない、部下は不手際を起こすし、思い通りにならない。
結局俺は、名無しさんを求めた。
誰でもない“俺”でいられる場所を求めた。

そうなってしまえば、今度は名無しさんに名を教える必要はない。
“俺”がきているのだとだけ、認知してくれればいい。
時々部屋に上がりこむ不思議な男としてだけ、俺を見ればいい。
だから、名前は教えなかった。

「そうですか。それは助かります。気を遣わなくて済みますから」

名無しさんはさらりとそれを飲み込んだ。
名がない、際立った個を主張するそれがないことを、気楽だといって笑った。
確かに気楽だ、俺はこの気楽を求めてここに来たに等しい。

名無しさんの部屋にはたくさんの本があった。
ホグワーツの図書館にも、ボージンアンドバークスにもないような希少な本ばかりだ。

「好きにしてください。人が来たら隠れてくださればそれで」

本来ならば、人を入れていい場所ではないだろう。
しかし名無しさんは全く気に留めていないらしい。
俺は適当な本を数冊手に取り、ベッドに腰掛けた。
名無しさんは何も言わず、ただ机に向かって何か書き付けていた。

羽ペンの休みなく動く音だけが、部屋の中に響き渡る。
会話はなく、ただ読書をするにはもってこいの居場所である。
夜になると彼女はようやく机から離れた。

「あら、まだ居たのですか」
「悪いか?」
「いいえ、別に。でも私は寝ますからそこはどいてください」

全くマイペースな女だ。
見ず知らずの男(彼女にとっては)がいるにもかかわらず、堂々と眠るらしい。
昼に来てから食事は何もしていない。
時々静かにマグカップの中の冷えているだろう紅茶を飲むだけだった。
食欲は殆どないようであるのに、睡眠欲はあるらしい。

俺は素直にベッドの淵から、先ほどまで名無しさんが座っていた椅子に移った。
手に取った本はあと一冊を残して読み終わったので帰ってもいいのだが、これから名無しさんが本当に眠るのか気になるので居残るつもりだった。

「…お前、俺がいるのに寝るのか」
「誰が居ようと私は10時には寝ると決めていますから。不思議とこの時間になると眠くなるので」
「無用心だな」
「用心せずとも襲ってくるような方はいらっしゃいませんし」

いや、ここにいるだろうと突っ込みたくなった。
いくら俺の名を教えておらず、今世の中を恐怖に陥れている男であると知らずとも、普通男が居れば警戒をするのではないか。
そう思ったが、そういえば昔から名無しさんには常識なるものが欠如していたのを思い出した。

では、俺が普通の男らしく振舞ったら、こいつはどうするのか。

「ほう、俺が何もしないとそう高を括っているのか」
「何かするんですか?私相手に?」
「悪くはないだろう」

既に来ていたワンピースを脱ぎ、下着とネグリジェ(そもそも普段着の下に着るものではないいが)姿になっていた名無しさんが不思議そうにそう聞き返した。
本気で襲われないと思っているのだろう。

俺は遮光カーテンをそっと開けて、月あかりを部屋の中に入れた。
ベッドに差し込んだ月あかりは、名無しさんの白い肌に当たってなまめかしく反射する。
常識のない女だが、女としての魅力は充分にある。
図書館内に暮らすもので男はいない。
だから、ここにいる限り常識があろうとなかろうと教われることはないだろう。
俺を入れない限りは。

「はあ…そうですか」
「気のない返事だな」

名無しさんはどうでもよさそうに、そういった。
この女にとって自分の身体はどうでもいいものなのだろうか。
俺は名無しさんに近づき、ベッドの淵に戻った。
名無しさんは立ったままの俺を見上げて、不思議そうにしていた。

「襲うの?」
「それも悪くないと思った」
「過去形?」
「今もだ」

まるで無垢な少女のようだ。
小さな質問を遊びのように投げかけてくる。
華奢な鎖骨がちらちらと見え隠れしていて、欲情的だった。

「んっ、」

口をつけても、舌を入れても何の抵抗もなかった。
力をこめれば折れてしまいそうな肩を抱き、柔らかな黒髪に覆われた頭を片手で抑える。
呼吸の続くまで長くキスをして、そのままベッドに入り込んだ。

潤んだ濃い黒色の瞳が俺の赤い双眸を写す。

「あ…、あ、なんだ。あなた」
「なんだ?」
「学校でよく一緒に居た人…名前は覚えてないけれど、よく一緒に居たよね」

俺の下に組み敷かれた状態で、名無しさんは暢気にそんなことを言った。

「今更だな」
「本当。そうそう、その赤い目が兎に似ているなって思ってたの、それを覚えていたんだわ」

兎とは全く似合わない動物に例えられたものだ。
ただ目が赤いという共通点だけなのだろうが、どこか可笑しく思えた。

「そういえば、今のこの状況が改善するとでも?」
「いいえ。でも見ず知らずの人に襲われているわけではなくなったから、ちょっと安心かと」
「そうか」

あくまで、名無しさんは抵抗しないらしい。
今から一緒にお茶でもするかのように朗らかな様子だ。
普通なら知人の男に犯されそうになれば、もっと切迫した様子になるだろうに。
まあ、名無しさんにそういった常識が当てはまるかといえば否だ。

しかしランの回答が気になったので、俺は名無しさんに問いかけた。

「何故お前は抵抗しない?」
「世の中には百聞は一見にしかずって諺があるでしょ。セックスって話には聞くけどしたことなかったから気になってたの」

なんとも知的好奇心に身を任せた答えである。
全くふざけている…が、名無しさんらしい。
嬉しそうに無邪気に笑う名無しさんにもう一度口付けをして、宵闇に身を任せた。


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