See you
人の顔は似たり寄ったりだ。
日本であれば特に、皆髪は黒だし瞳は茶色、黒。
見分けがつかなくても仕方がないとそう思えるような環境だった、日本は閉鎖的だ。

イギリスにはたくさんの色がある。
髪の色1つを例にとっても、黒茶金…肌の色だって3色以上、目の色なんて本当にさまざまだ。
だけど、結局私には誰も区別ができなかった。
最初のうちは覚えていられても、1日たつと忘れてしまう。
例えそれが、同じ部屋で寝ている同級生であったとしてもだ。

さて、今薄闇から見えているは赤い双眸。
これは恐らくはじめてみる…と思う、忘れているだけかもしれない。
闇に融けるような黒髪、制服も黒だから本当に解け切っている。
色白の顔の皮膚と赤い瞳だけがしっかりと闇の中に浮かんでいた。

「はあ…どうしてこんなところに?」

気の抜けた返事しか出来なかった。
私はこういった突発的な会話が苦手だ、ありきたりな会話ならいいが、私の中では臨機応変と言う言葉は実行難易度の高い言葉として登録されている。

彼(声で判断した)は徐々にこちらに近づいてきた。
近づくことで纏っていた闇が徐々に消えて、その姿がきちんと目に見えるようになった。

綺麗な人である、恐らくは。
白い人形のような肌、袖から見える細長い指、すっと通った鼻、涼しげな赤い眼。
兎みたいな、白鷺のようなそんな感じのイメージを持った、恐らく過去にも。
見覚えはあるが名前は分からない、多分忘れてしまったのだ。

「ええと…」
「要領を得ない子だね、僕はトム・リドルだよ」
「そうなの」

呆れたような声音だが、嫌な感じはなしない。
どうやら彼とは何度か会ったような仲らしい、思い出せない。
彼は何の迷いもなく、私の隣に座った。
埃っぽいからやめたほうがいいといおうかと思ったが、その言葉は喉の辺りで詰まってしまった。

何故、私の隣に座るのだろう。
そんなに仲がよかっただろうか…記憶にない。

「さっきまで図書室に居たのだけれど、騒がしくてね」
「聞いたわ、貴方がいるから煩いって」
「失礼だね。僕がいるから煩いんじゃなくて、女どもがいるから煩いんだ」

ふむ、なるほど正論だ。
“図書室”と“トム・リドル”の2つだけしかそこに存在しないのであれば、恐らくとても静かだろう。
でも、そこに“女”が加わると一気に騒がしくなるに違いない。
何かの方程式のように、綺麗に状況把握が出来た。
やはり、彼は頭がいい。

「そうね」
「そうだろう?…それにしてもここ、埃っぽいな。清め魔法でも掛ければいいのに…」

彼は怪訝そうにあたりを見渡し、眉間に皺を寄せた。
ローブから杖を取り出して、あたりに向かって振ると少し空気が綺麗になったような気がした。
ついでに、自分のローブにも杖を振って埃を落としていた。

「ラン、君も立って。ローブが汚れてる」

そのついでに、私にも杖を振る…あれ、これ、どこかで見たような。
忘れっぽい私はデジャビュをよく見る。
そのデジャビュはいつでもどこでも私の傍を漂っている。
しかし、忘れている私はそれが現実にあったものなのか、それとも夢の中であったことなのか分からない。
分からないが、いつかに同じようなことをしてもらったような、同じようなものを見たようなという思いが非常に強く働く。

杖を振ってもらった後もぼんやりと突っ立っている私を、彼は怪訝そうに見て、「見苦しいから座ってくれないか」と言い放った。
大人しく私は彼の隣に座って、またぼんやりとし始める。
…彼とはどこで会ったんだっけ。

「ところで、貴方はここで何をしていたの?」
「…別に、何も」

貴方はどこで会った人?と聞く勇気はなかった。
毎回その言葉が私と人の間柄をギクシャクさせる、さながら呪いの言葉なのだ。
だから、それを口にするのは非常に億劫である。
これを億劫と感じるのだから、私は結局人を嫌いになりきれていないのだろうとそう感じる。

閑話休題、今はそうではない。
沈黙の中にいるのも少々居心地が悪いので、どうしてこんなところにいるのか聞いてみた。
ここは倉庫しかない場所で、廊下の先は行き止まりだ。
倉庫に用があったのかとも考えたが、ここはこの埃から見て分かるように殆ど人の出入りがない。
倉庫の中身も殆どガラクタだ。

彼は、歯切れの悪い答えを返してきた。
私は小首をかしげながら、珍しいなあと暢気に思った。

「テストの勉強は順調?」
「多分」
「名無しさんは暗記だけがとりえだからね。応用が利かない」
「応用が出来たら、貴方のこと思い出せるのかしら」

彼はあからさまに話題を変えて、振ってきた。
多分、彼がここにいる理由はあまり聞いて欲しいものではなかったのだろう。
私はそう割り切って考えた。

私は人の顔と名前を覚えられない代わりに、教科書や本、方程式やら絵画やら楽譜やら…そのあたりの文字や記号で示された物質を暗記することが得意だ。
変わらないものを記録することに長けている。
その代わり、応用は全く利かない。

人は姿を変える。
服装を変えたり、髪形を変えたり、化粧をしたり、表情があったり。
あれだけコロコロと移り変わるものを記憶しておくのは、実は難しいことであると私は思う。
それを平然とやってのける人間の能力が異常であるのだと、言い訳をしたいくらいに。
とにかく、私は人が認識できない。

「さあ、どうだろうね」

目の前の彼は不敵にそう笑った。
…はて、彼の名前はなんていったのだろうか。


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