Dark red
なぜか、世の中は争いごとが多い。
どうしそんな疲れることをするのだろうかと私は思う。
名前は記号、顔は個体識別コード。
個人などたいした意味は持たない、個人でいる意味とはなんだろう。

私はレイブンクローの談話室の端の1人掛けのソファーであたりを見渡した。
テスト前のレイブンクロー生は黙々と勉強をしている。
談話室にいる生徒達は友人や先輩に分からないところを質問している。
ぼんやりと手元の教科書に目を落とすと、どうでもいい文字の羅列が目に飛び込んできた。

私はレイブンクロー生の癖に、勉強が好きなわけではない。
好きではないが、得意だ。
記号を覚えるのはとても得意だ、つまらないけれど。
組み分け帽子は言った「君は聡明である。だが、向上心がない。君の世界は閉ざされたままだ」
そのときは、11歳ながらに「この耄碌帽子は何を思春期の少年のようなことを言っているのだろう」などと思った。
閉ざされた世界、それは今なら分かる、正鵠を得ている。

私の世界には個人が存在しない。
もっと具体的に言うのであれば、友達と呼べる人がいてもそれは“友達”という人間だ。
私は“友達”の名前を覚えていない、顔を覚えていない、覚えられない。
なぜかは分からないけれど、物心ついたときにはそういう状態だった。

廊下を歩くと、たくさんの生徒とすれ違う。
でも、私はそれらの人たちの区別がつかない。
男女の差、歳の差、身長差…そういったぱっと見て分かる区別はできるものの、それ以外は出来ない。
何より、学校では皆同じ制服を来ているから余計に分からない。
服装による区別もつけられない。

「あら、名無しさん。今から図書室に行くの?」
「ええ、そのつもり」
「今はやめたほうがいいわよ。トム・リドルがいるから」

手に教科書を抱いていた私とぱっと目が合った女子生徒。
誰だっただろう、でもネクタイのカラーを見る限りではレイブンクローだ。
多分“友達”だろう、“先輩”ではないはずだ。

まあ、もし“先輩”だったとしても別に構わない。
興味がない、誰に嫌われようが悪く思われようが。

して、私は別に図書室に向かうつもりはなかったのだが、彼女はご親切に忠告を下さった。
トム・リドル…さて誰だっただろうか。
名前からして男であり、また敬称をつけないことから年下もしくは同年か…。
ふむ、分からない。

「そうなの。ありがとう」
「いいえ。じゃあね」

ともかく、図書室は騒がしいという情報を頂いたので、避けることにしようと思った。
彼女とすれ違って、そのまま地下へと下る階段を降りた。
スリザリンの寮の近くの階段だが、寮とは逆方向なのであまり人は居ない。
薄暗く埃っぽいが、それが気にならない私にとっても丁度いい場所。
また、図書室が近いこともあり便利だ。

私は人があまり好きではない。
嫌いといっても過言ではないような気もするが、過言な気もする。
一応は私も人から生まれたわけだからそこまで嫌うのはいかがなものかと思う良心もある。

しかし、どの人に話しかけても話しかけられても、その人を個人として認識できない。
皆の言う“友達”にはなれないし“恋人”にもなれない。
好きになる道理などありっこなかった。
認識が出来ない上に忘れっぽい私は、ここに来る前にたくさん痛い目を見た。
小学校での“友達”はいつまでも名前を覚えてもらえないことに憤慨し、腹を立て、私を苛め始めたし、泣いた子も居た。
そうなった時点で私は面倒になって、人付き合いをやめた。

人と群れて生きることに魅力も意味も見出せなくなった。
何だかんだで、親の力だけあれば今のところは適当に生きていける。
親の力というのは簡単に言ってしまえば金。
イギリスで1人寮生活をしている私は、1年の殆どを手紙でのやり取りしかしない親の顔をもう忘れていた。
昨年、約1年ぶりに会った親を認識できなくなったときには、やはり私はどこかに欠損があるのだろうなと思わざるを得なかった。
生みの親すら、忘れてしまうのだから。

ぱたり、と教科書を閉じた。
教科書はこんなにも簡単に暗記できてしまうのに、どうして生きているものはダメなのだろう。
もう覚えておきたいと思うことすらしなくなってしまったけど、それだけは謎として私の中にしこりとして残っていた。

「…ああ、こんなところに」

ぼんやりと薄闇を眺めていたら、その薄闇が声を発した。
おや、誰かいるのかと目を凝らすと、赤い双眸がこちらをじっと見ていた。


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