「んっ…んー」
「おきた?」
「…!」
太陽がのぼり、すっかり明るくなったころ隣の子は目を覚ました。
大きく伸びをして、眼をこすりながらあたりを見て、ちょっとびっくりしていた。
連れ去られたことを忘れていたのだろうか、みあげたせいしんりょくだ。
とりあえず昨晩と同じ食事をあたえて、森をぬけるために歩いた。
「あとどれくらいで着くの?」
「このままいけば、今日の夜には着く」
「そっか…」
彼はあまりうれしくなさそうに、そういった。
わたしの思い違いかもしれないが、すくなくとも嬉しそうではなかった。
もっと早くつきたいのだろう、わがままだ。
そう思うと、とてもいやな気持ちになった。
「ねえ、きみはこれからどうするの?」
「これから?」
「俺を木の葉にとどけたら、どうするの」
とうとつな質問だった。
どうするもこうするもない、ただ今までどおりの生活にもどるだけ。
敵からにげて、やとってくれる人をさがすだけ。
「帰る場所はあるの?」
そんなもの、ずっと前になくした。
だから、わたしはそれを得るためにずっと戦ったり逃げたりしてる。
もし得られずに死んでもそれは仕方がない。
守ってくれる人なんてだれもいないのだから。
「…寂しくないの」
「わからない。でも、ずっとそうだったから」
たくさんの人の死をみた、その中にはわたしが殺した人もいる。
寂しいなんて感じている暇なんてなかった。
今はそうでもないけど、そもそも寂しいという気持ちがもうわからない。
昔はよく泣いていた、友達が死んだとき、よく泣いていた。
でも、そのうち誰も泣かなくなった。
つよくなったのか、しんでしまったのか分からない。
「もう戦争はおわったんだ、だからどこかに…」
「…おわってたの?」
「え?」
「戦争、おわってたの…?」
さいきん、戦いが少なくなったとおもっていた。
死体の数も減ったし、人も見なくなった。
でも、変わらずおそってくる人は多かった。
いったいわたしは、なにと戦っていたんだろう。
最後に受けた命令は、“好きなように戦え”
戦争がおわったのなら、もう戦いはない。
これで、やることもなくなった。
わたしを縛るものはなくなった。
「そう」
静かに、真実だけが心のそこに落ちていった。
太陽が沈かけ、空がほのおのような赤に染まったころ。
わたしたちは森をぬけた。
森の外はひろい荒野で、その先には小さな塀が見える。
あの塀の向こうが火の国だ。
「ほら、もうわかるでしょ」
「本当だ…!」
「きっと国のほうに近づけば、きみをさがしてる人がいるはずだから」
荒野は危険だ、姿をかくすものがなにもない。
わたしは踵を返して、森に帰ろうとした。
「どこにいくの?」
「戻るの。もうあなたは1人で帰れるでしょ」
戻ろうとするわたしの服のすそを掴み、彼はふしぎそうにわたしをみた。
「戻るって、どこに?」
「…あなたには関係ない」
「戦争はもうおわったんだ」
「だから、なに?わたしはあなたみたいに家があるわけじゃない。心配してる親がいるわけじゃない。帰る場所なんてない」
彼はまっすぐにわたしを見ていた。
本当にまっすぐで、こちらが眼をそらしたくなるくらいだった。
わたしには帰る場所なんてない。
住んでいたところは、戦いによってこわされた。
両親は敵からわたしを守るために、しんだ。
傭兵としてのわたしを育てた場所は、追いだされた。
いっしょに逃げてきた友達はみんな、しんでいった。
もう、残っているのはわたしだけ。
「うん、だから俺といっしょに行こう」
「なんで?」
「きっとお願いすれば平気だよ」
とっても純真でまっすぐな言葉だった。
世間をしらない、ばかな言葉。
彼はわたしが今までどんなことをして暮らしてきたのかを知らない。
「むりよ。いいから行って。夜になったらあぶないから」
「いやだ、いっしょに行こう」
意外と頑固でききわけがない。
こうしている間にも、夜はさしせまっている。
夜になれば、彼をさがしている人も引き上げてしまう可能性がある。
だから、夜になる前に彼をひきわたさなければならない。
きっと彼も現状を見ればあきらめるだろう。
それに、きっと彼は無理にでも帰らざるをえなくなる。
「…わかった。急ぐよ、日が暮れる」
彼のちいさな手を引いて、荒野を歩き出した。