アスマと飲んだ次の日、私は火影様のところに向かった。
恐らく任務の言い渡しだろう。
きちんと朝起きて、朝食は食べずに家を出た。
今日はイタチが仕事の日だ。
「おお、来たか、名無し」
「そりゃ来ますよ…」
火影様は暢気にお茶を飲んでいた、なぜか私の分まで用意してある。
差し出されたお茶を手に持ち、近くの椅子に腰掛けた。
本来なら、火影様の前でこのようなことをするのはいかがなものかと思われるのだが、火影様は私を養子縁組した張本人で親に当たる。
そのためそこまで気にすることは無い、公私混合ではあるが。
「それで、話ってなんです?」
「お前さんに頼みたい仕事があっての。お前さんにしか頼めないことじゃ」
「はあ…?」
お茶を机に置くことん、という音がやけに響いた。
それにしても、私に出しか頼めない仕事と言うのは珍しい。
私にはたいした能力は無く、基礎的なことが人並み以上にできるという程度の能力。
一体どんなことなのだろうと小首をかしげた。
「お前さんには今年下忍になるうずまきナルト、うちはサスケの護衛を頼みたいのじゃ」
「…はあ。構いませんが」
「話は最後まで聞いて欲しいのぉ…護衛は暗部としてではない。名無しにも実際に下忍になって潜伏護衛をしてもらう」
「…はあ?」
護衛はそう難しいことではない。
相手に気づかれないように、ただ見ていればいいだけだ。
一日中ついていろ、といわれても特に苦痛を感じない。
食事も睡眠もそこまで欲しないからだ。
しかし、潜伏護衛はそうは行かない。
相手に気づかれてもいいが、護衛であることはばれてはいけない。
しかも下忍ともなれば、力をセーブしないとすぐにばれる。
力をセーブしつつ、2人を護衛するというのはそれなりに難しい。
しかもあろうとこか、そのうちの1人は元生徒の弟に当たる。
「…どこまでならばらしていいのですか」
「うちはの家には通達してある。が、まだイタチには伝えておらん。任務に当たっておるからな。名無しから知らせてやれ」
「担当上忍には伝えていない、と?」
「伝えとらんよ。じゃが、アスマには伝えてある」
つまり、私の顔を知っている人のみに事情を説明したという状況だ。
それならまだいいが、担当上忍にくらい伝えて欲しいものだ。
ちなみに、担当上忍はたけカカシだと聞いた。
かなり厄介な仕事を任されたものだ。
夕涼みをしていると、イタチがやってきた。
相変わらず、窓からの侵入を試みたらしく、ベランダにいた私とばっちり眼が合った。
「いい加減ドアから入ってきたらどう?」
「こっちからのほうが慣れてるんです」
また窓を開け放して、イタチは部屋の中に入り込んだ。
今日は手に買い物袋を提げている。
夕食を作る気なのだろう、そのまま台所に向かっていった。
いつもならそれを見守るだけなのだが、今日はイタチの後ろをついていった。
イタチは不思議そうに私を見た。
「どうしたんです?珍しい」
「今度、私長期任務だって」
「…珍しいですね、どれくらいですか」
リビング側のカウンターに寄りかかっている私の左右に手を置き、少し怪訝そうな眼でこちらを見るイタチ。
最初は私のほうが背が高かったのに、いつの間にか随分背が伸びて、今や私が上目遣い。
見下ろすイタチの瞳には動揺が浮かんでは揺らいでいた。
言い出しづらいのだが、平然を装って口に出す。
「少なくとも半年」
ぴしり、とイタチの動きが止まった。
嘘は得意なイタチだが、こういう時の反応は酷く顕著だ。
「半年、ですか。ちなみに、内容を聞いても?」
「潜伏護衛。うずまきナルトと…イタチの弟君が対象」
「…サスケか」
内容は言ってもいいと火影様から許可が降りているためさっくりと説明した。
イタチはナルトよりもサスケのほうに反応した。
それはそうだ、実の弟までも私の面倒になるのだから。
とはいえ、今回は教師としてではなく同級の仲間としての私だが。
イタチは昔、うちはの能力を狙われていたことがあり、今回サスケも狙われる可能性が高い。
そのため、一度うちはを守ることを経験している私が採用されたということは想像に容易い。
ナルトは言わずもがな、人柱力の監視及び保護という名目だ。
イタチは非常に複雑な表情をしていた。
「まあ、家には帰ってくるし、いつも通りだと思うけど」
「そうですか」
長期任務ではあるが、家には帰ってくることができる。
それはこの任務の救いでもある。
もともと人付き合いがあまり好きでも得意でもない私にとって、ずっと人と一緒にいるのは辛い。
嫌になったら帰ってくる場所があるというのは大きな意味を持つ。
「姿はどうするんですか」
「ああ…なんか特殊な術をかけるって。変化の術の応用で、他人にかけてもらうタイプのもので、その人が解くまで融けないようになってるらしいわ」
「じゃあ、期間中、名無しさんは13歳の姿ってことですか…?」
「そうなるけど」
イタチの目に少しの輝きが戻った。
なんだか嫌な予感しかしないが、イタチの機嫌が戻ったのならまあいい。
「じゃあこの姿の名無しさんは少しの間、見納めですね」
「まあ、そうなるわね」
じっとこちらを見てくるイタチの眼から逃れたいと思うものの、そうそう逃がしてくれるわけも無い。
イタチが年頃の男ということをよく忘れる私だが、できれば今も忘れていたかった。
イタチの左手が私の右頬に触れて、そこだけが冷たい熱を帯びた。
眼を逸らすためにもその左手に視線を移すと、それが気に食わなかったのか左手で軽く顎を持ち上げられる。
柔らかなリップ音と、ぬらりとした舌の感覚。
ぞくりと背筋が粟立つような湧き上がるような感覚に身を委ね、快楽に酔いしれる。
はっきりいってしまえば、私はこれが嫌いじゃない。
「んぅ…」
「本当に名無しは人を期待させるのが上手だな…」
「それは、どうも…でも私夕食食べたい」
「俺は名無しが食べたい」
「勘弁してください。ってか貴方は明日仕事でしょ」
かがんでいるイタチの肩に寄りかかり、息を整えた。
微かなシャンプーの香りが鼻を擽る。
お腹に響く低い声が、まだ燻っている欲を掻き立てるようだった。