33.始まりの前に
家に帰って、お湯を沸かす。
いつもその作業だけは欠かさない。
もともと低体温で寒がりということもあるから、夏でもお湯を沸かす。

沸かしている間に軽く部屋を換気して、シャワーの準備をする。
たいていの場合、シャワールームに着替えとタオルを置いたくらいでお湯は沸く。
沸いたお湯をポットに移して、シャワーを浴びる。
染みついているこの習慣。

それらをいつも通り行っていたけど、どうしてもいつもより時間がかかる。
なんでだろうと首をひねってようやく思い出すのだ、そういえば私は今12歳程度の身長しかないのだと。
ポットの位置や箪笥の高さ、シャワーノズルの高さ、すべてがちょっとずつ違うから慣れない。
早く元の姿に戻りたいと思うのだけれど、仕事だから仕方ない。

「おーい、名無し!」
「…はいはい、何」

沸かしたお湯でお茶を淹れていると、アスマが窓からやってきた。
アスマとイタチは両方とも窓からやってくるが、アスマは来るといつも煩い。
イタチは無言で侵入して、私が声をかけるまでは黙っている。

挨拶くらいしなさいといつも言うけど、彼曰く、驚かせたいらしい。
それに私が寝ていることもあるから、起こしたくないとも。
面白半分、気遣い半分なのだろうと思うが、気遣いがあるならそもそもこんなに頻繁に家に来るのはどうなのか。
まあ、家に来られても困ることは…ないような、あるような。
やはり、私たちの関係は複雑化している。

そんなことを考えているだなんて知る由もないアスマは、我が物顔でリビングのクッションに腰かけた。
何をしに来たと聞きたいところだが、とりあえずカップをもう一つ出して、アスマの分もお茶を淹れた。

「わるいなー」
「思ってもないことを…何しに来たのよ」
「いや、お前も中忍試験受けるんだし、と思って」

お茶に手を付ける前に、アスマは私に用紙を一枚差し出した。
その紙の一番上には、上忍試験の文字があった。
中忍試験を受けるなら、そのまま持っていない資格免許も取っておけばいいということなのだろう。
とはいえ、これ必要なのだろうか。

「でも中忍試験でこの任務が終わるとは限らないじゃない」
「あー、あの2人が受からない可能性もあるからか」
「そういうこと…、」
「確かにルーキーが受かる確率、相当低いしな」

それをわかっていて、自分の班のルーキーたちを中忍試験に突っ込んだのだから性質が悪い。
私は静かにお茶を飲み、ふと思った。
いつかは、この任務も終わるときが来るのだ。
そのとき、私はあの3人になんていえばいいのだろう。

寝食を共にした、仲間だと思っていた子が、実はただの仕事で、なんて。
信頼もしてもらっていたし、仲間だって思って居てもらっていたような気もする。
でも、私はどうしても仕事だという思いが捨てきれないし、サクラにああいって励ましの言葉をかけたのも、サスケにアドバイスしたのも、全部仕事だ。
それを知ったら、3人はどう思うだろう。
私がただ彼らのことを保護観察の対象として見ているということに気付いてしまったら。

「ま、申請だけしておけばいいんじゃね?」
「…そうね」

お茶の入ったカップを机に置いて、机にあった用紙を適当な引き出しにしまった。
アスマはお茶だけ飲んで、また窓から帰っていった。
今日は、イタチが来るだろうか。
少しの期待を開けたままの窓にかけた。

ぼんやりしていると、いやなことを考えがちになる。
何か体を少し動かすような仕事をしたほうがいい。
そう思って、冷蔵庫を開けた…たまには私が料理したっていいだろう。


期待通り、イタチは夕方ごろにやってきた。
今日は仕事だったらしく、その帰りになぜか実家ではなく私の家に直帰してきた。

「おかえり」
「はい、ただいま戻りました…何かありました?」
「別に?」

私が台所に立っているのが物珍しかったらしい。
まあ、殆ど料理をすることはないし、珍しく思うのもおかしなことではない。
イタチが来てもいいように、料理は量を作りやすく日持ちもする煮込みものだ。
夕食を家で取るか、実家で取るかはイタチ次第。

イタチは私の返事に、そうですか?といいながら風呂場に向かって行った。
どうやらシャワーを浴びていくらしい。
もう許可すら取らなくなった彼に違和感を覚えることもなく、夕飯はどうするか聞いた。
タオル片手に、食べていきますと即答を頂いた。

「帰らなくていいの」
「連絡しときましたし。前に謹慎もしたので、まあ大目に見てくれるでしょう」
「サスケ、中忍試験受ける相談したいかもしれないでしょ」
「…それは」
「ご飯だけ食べたら戻りなさい」

サスケは心配なさそうだが、最愛の兄に話を聞いてほしいとか思ってそうだし。
イタチはサスケに弱いから、理由が弟であるなら大人しく変えることが多い。
いくら謹慎を食らったとはいえ、謹慎後に反省の色が見えなければ、またフガクさんの怒りを買うだろう。

イタチは色々といいたそうだったが、米と共に飲み込んだらしい。
分かりました、と渋々答えた。


食事を終え、後片付けはすべてイタチが行ってくれたため、名無しはぼんやりと明日からの中忍試験を思った。
どのような試験になるかはわからない。
イタチの頃の中忍試験を思い出したが、この子は特例で私とワンツーマンだったため、中忍試験前にとってつけられたチームで受験をした。
チームワークなんてないような状況だっただろうに、一次二次と通過するたびに嬉しそうに報告してきてくれたことを思い出した。
どんな受験内容だったかはほとんど話さなかったけど。

また聞きした話だと、確か一次が筆記、二次がサバイバルだったはず。
どうやらこれは中忍試験のテンプレートのようで、毎年そうらしい。
三次で終わるかどうかは、残りの受験者数による。
大抵、求められる能力はリーダーシップ、チームワーク、最低限のサバイバル術。

「…名無しさん、」
「んー…」
「大丈夫ですか?」

ソファーを背凭れに目を瞑って考え事をしていたきうただけなのに、目を開けると心配そうな顔をしたイタチが目の前にいた。
別に大丈夫と答える前に、イタチに覆いかぶさられて、何も言えずに腕の中に納まった。
優しい洗剤の香りと額に柔らかな感触。
どうやら甘やかしモードらしい。

「やっぱり今日俺、泊まります」
「いやそれはいいから。今日は帰りなさい」

このまま泊まられると、そのまま調子に乗ってきそうな雰囲気だったので慌てて止めた。
イタチは少し不満げにうなっていたが、やがて諦めたのかそっと身体を離した。
まったくスキンシップが激しくなったものだ。

やれやれと首を鳴らし、大きく伸びをして立ち上がった。
いつもより低い視界にため息をつく、いい加減元に戻りたい。

「名無しさん、運びましょうか?」
「…イタチ、楽しんでるでしょ」
「そりゃあ、まあ。だって小さい名無しさん可愛いですし」

俺、妹も欲しかったんですよね、と言って抱き上げられた。
生粋の兄気質のイタチの妹なんて相当わがままに育ちそうな気がする。
抵抗しても無駄だということは理解しているので大人しく抱き上げられているが、そのままギュっとされそうな勢い。

結局寝室まで運ばれて、ベッドに降ろされた。
夕食前にシャワーを浴びているから、このまま寝てもまあいいか。
子供の姿になったからか、それとも任務で疲れているのかわからないが、とにかく最近眠くなりやすい。

「おやすみなさい、名無しさん」
「…おやすみ。ちゃんと帰ってよ…?」

はい、と返事を聞いたような気がした。
そのまま私の意識は微睡みをあっという間に通り越して、深い眠りの底に落ちた。


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