30.大人のわがまま
一番苦しいときに助けてくれるのはいつも名無しさんだ。
父でさえ俺の敵になったそのときでも、名無しさんだけはずっと味方で居てくれた。
幼少期や少年期の印象や感覚と言うのは大人になってからも変わらないというが、まさにそれ。
家族は大切だが、名無しさんは俺にとってそれと同等、もしくはそれ以上の価値を孕んでいる。
だから、名無しさん以外の女に興味を示すことが出来ないし、名無しさんは絶対。

そう言うわけだから、俺は見合いに出たとしても基本的に心が動くことはない。
見合いはまだ先の話しのようだし(今里は中忍試験の準備で忙しい、俺も例外はない)、まだそう深く考えることもない。
とにかく、今は父の気が済むように家で大人しくしていよう。
そう思って2日が過ぎた。

名無しさんのところへ使いに遣ったカオルはその日のうちに帰ってきた。
首輪の手紙入れには短い手紙が入れられていた。
“きちんと食べていますから、当分はそちらにいるように”…その内容が本当なのかは甚だ疑問だが、今は信じるほかない。
それに、昨日はサスケが班の集合に出たようだし、名無しさんも出ただろう。
一度外に出れば、食べ物を買うくらいのことはしてくれるはずだ。
そうでなくても、アスマさんが顔を出しているかもしれない。

俺は任務に行ったり、帰ってきてサスケの修行を見たりしていた。
別にその生活に不満があるわけではないが、物足りない。
もう謹慎も4日目に突入するのだから、そろそろ名無しさんの元に行ってもいいだろうかと思い始めた。

「兄貴、俺中忍試験受けるんだ」
「ああ…そうか」

そうか、そういえばカカシさんの班、アスマさんの班、紅さんの班は中忍試験に出るといっていたか。
これで名無しさんはまた気苦労が増えるだろう。
俺の素っ気無い返事が気に障ったのか、サスケは不機嫌そうにこちらをみた。
それを見て苦笑し、修行を手伝ってやるというと満足そうにしていた、現金な奴だ。


俺は昼下がりに名無しさんの家を訪れた。
泊まるつもりはないが、やはり様子が気になる。

「イタチ、来たの」
「名無しさん、お久しぶりです」
「…高々4日でしょ」

名無しさんは変わらず窓の外を見てぼんやりしていた。
昔からそうだ、名無しさんはやることが何もないとこうしてぼんやりしている。
何を考えているのか、と昔聞いたが、何も考えていないとそういわれた。

名無しさんの目はもう見えないから、本は読めない。
それだけが不便だと愚痴っているのを聞いたのは、昔のこと。
特筆できる趣味のない名無しさんにとって、暇を潰すことが一番難しい。
だからとにかくぼんやりしている、なんだかそれはとても怖いことのような気がしている。

「まあそうですけど」
「カオルだって来たじゃない」
「カオルは器用ですけど、さすがに料理は作れませんから」
「そりゃそうね」

名無しさんは長い髪に指を通しながら、つまらなそうにそういった。
ベランダに伸ばした細い足をぱたぱたと動かしている。

昔に大人だと思っていた名無しさんは、どんどん子どもになっていっている。
そして今は姿も子どもだ、でもそれがいい。

名無しさんは幼かった俺に子どもでいろとそういった。
かの一件があってから、俺はその言葉通りに我がままを言ったりしている。
名無しさんのところに来るのもわがままだし、勝手に泊まっていくのもわがままだ。
そして、名無しさんはそれをすべて許容している。

名無しさんは子どもの我がままを許容しているうちに、子どもになって行ったような気がする。
わがままの言い方を学んだのかもしれない。
名無しさんもまた、俺以上に子どもらしくない子どもだっただろうことは想像に容易い。
名無しさんこそ、子どもになっていいと俺は思う。

名無しさんが子どもになったら、今度は俺がたくさん甘やかしてやろうとそう思っているから。

「何か食べます?」
「甘いものがいい」

名無しさんの要望に答えてホットケーキを作った。
ホットケーキなどのお菓子を作るときには、名無しさんが傍によってくる。
甘い匂いにつられているのか、マタタビを渡す前の猫に似ている。
生地をかき回すのが名無しさんの仕事だ。
でも、少し目を離すと生の生地を食べ始めるので、注意が必要だ。

「名無しさん、生地食べないでください」
「美味しいじゃない」
「焼いたらもっと美味しくなりますから我慢してください」

さっそく生地に指を突っ込んで舐めている名無しさんを止めて、ボウルをとった。
名無しさんは指を舐め終わると飽きたのかリビングに戻っていった。
本当に猫みたいな人だ、昔はそんなことなかったけど。


名無しさんにホットケーキを焼いた後、俺は家のほうに戻った。
シロップのかかった甘いホットケーキは久しぶりに食べたが、やはりどこか懐かしい味がしてうまい。
普段は和菓子が多いが、たまには洋菓子も悪くないなとそう思う。



「お、イタチ。珍しいなぁ、こっちにいるの」
「シスイ。そんなに俺が珍しいか?」
「珍しいだろ。名無しのとこにばっかり行ってるからな、お前」
「最近は任務で居ないんだよ」

甘味屋の前でシスイとばったりあった。
シスイは俺の少し年上で昔から付合いがある親友だ。
俺と同じに甘いものが好きなので、恐らく甘味を買いに来たところだろう。

にやにやと嫌な笑いを浮かべながらシスイは続ける。

「そういや、名無し可愛かったな、子供姿も!」
「…シスイ」

シスイは名無しさんと同い年。
暗部にいたころはよくタッグを組んでいたらしい。
嫉妬して怒ってもそれを笑って流してくれる貴重な共通の友人である

「…嘘嘘、冗談だよ、そんな怒るなって。可愛いのはホントだけどな」
「シスイ、怒るって分かってるんだったら挑発するな」
「お前も可愛くなったよなぁ、昔はツンケンしてたのに今や冗談が通じるんだから」

シスイは幼少期からの友人であるため、名無しさんと俺の関係をよく分かっている。

確かに俺は子どもの頃、変に大人びていて真面目で冗談の通じないやつだったと思う。
今思えば恥ずかしい子供時代だったわけだが。
シスイは子供っぽくなった俺を気に入っているらしい。

「名無しさんも子供っぽくなったと思わないか?」
「ははっ、確かに名無しのほうが子供になったな。でも、お前とそっくりだよ」

シスイは笑って、そういった。
話を聞いて俺は首をかしげた。

「名無しも昔から自分ひとりで何でもやろうとする奴だったからな。んで、アイツはやなことに全部出来ちまう。だからダンゾウにいいように使われたりなんてしてたんだ」

そういえば名無しさんはダンゾウにチャクラを封じられていたといっていた。
キバを抜かれ、調教されていたということだろう。
そして名無しさんはその状況に、全く疑念も抱かずに淡々と過ごしていた。
確かにそれは俺によく似ていると思う。

人質はとられてないにしろ、大人の言うことに忠実であり続けるように過ごしていた。
子供らしいわがままもなく育ってしまったからこそ、今になってわがままになっているような気がする。

「ま、頑張ってたんだからちょっとくらいわがまま言ったって許されるだろ」
「そうだな」
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