29.安堵
名無しさんは迷うことなく家に戻ってきた。
その間は無言だったが、家に入った途端、一言いった。

「何で相談しないの」

呆れたような声音だった。
俺は俯くことしかできない、いつから名無しさんはこのことを知っていたのだろう。

名無しさんはなれた足取りでいつも救急箱の置いてある棚に向かい、箱を開けた。
まるで見えているかのような手つきだ。

「アンタは何でもかんでも背負い込んで、全く」
「…すいません」
「謝られてもね」

俺の脚はその場に張り付いてしまっていた。
普段、名無しさんは俺を叱ることがない。
やんわりと面倒そうに小言を言う程度だ。

今初めて、名無しさんが怒っていて、叱っていると感じた。
張り詰めた空気を裂くような鋭い声。

名無しさんは救急箱の中からガーゼと包帯を取り、目に当てた。
そんな大雑把な治療法でいいわけがない。

「先生、病院に…」
「いらない。どちらにしてももう見えてないわ」

ぞっとした、見えていないということをなんでもないように言ってしまう先生にも、もう既に視力を失ってしまったという事実にも。
足が、身体が、声が震える。
俺はとんでもないことをしてしまったのではないかと。

どうすれば正解だったのだろうか、先生に相談するのが正解だった?
父に組していれば?先生にばれなければよかった?もっと俺が強ければ?

「ごめんなさい…俺、おれ!」
「そうじゃないの。私の目は元々見えないものなのよ。イタチのせいじゃないし、寧ろ私は見えないほうがいいの」

頭の中がごちゃごちゃで、その中から熱いものが瞳に溜まって零れた。
歪んだ視界で、箱を閉めた先生の困ったような顔が見えた。
いっぱいいっぱいで、先生の言葉がうまく理解できない。
何を言っているんだろう、先生の目は元々見えていただろう!

先生は箱をその場に置いたまま、俺のほうに来た。

「はぁ…イタチ、私が貴方に最初に会ったときのこと覚えている?」

覚えている、戦場で俺のことを助けてくれた少女が先生だった。
言葉にはならなかったので、1つ頷く。

「あの時、私の目は見えていなかった。生まれついたものではなかったけど、物心ついたときには見えなかった。アスマに拾われて木の葉に来て、そこで私は視力を得たの」

木の葉で、見えなかった目が治ったということだろう。
せっかく治ったものを、また壊してしまったのだから、俺が悪い。

更に泣き出す俺を見た名無しさんが慌てて付け加えた。

「ダンゾウが無理矢理私に目を寄越したのよ。私のチャクラと交換に。人魚姫みたいなものよ。私の場合は私の意志を無視したものだったけど。ダンゾウは私を自分のところに繋いで置くために、私のチャクラを人質にとったの」

つまりどういうことだ。
ダンゾウは名無しさんに視力を与える代わりに、もともと持っていた名無しさんのチャクラの一部を盗ったということか。
そこでようやく名無しさんと火影様の話が繋がってくるのか。

「その呪いを解けるのはダンゾウだけ。火影様も私もお手上げだったの。でも、今回偶然にもダンゾウは私の目を壊した。その時点で呪いの契約は破棄された…アイツは私に与えた目を壊したんだから、私はアイツに盗られたチャクラを自分のみに戻すことが出来た…ほら、イタチは何も悪くないじゃない」

名無しさんはそういって、俺の頭を撫でた。
どうやら涙に弱いらしい。

なんとなく意味が分かった。
確かに俺は悪くないのかもしれないが、罪悪感と言うものがある。
その目の傷はきっと残ってしまう。

「今はこんな治療しか出来ないけど、チャクラが身体に馴染めば傷を治すのは簡単よ。傷消えると思う」
「…なんで、いいたいことわかって…」
「なんとなくはね」

名無しさんはさくっと俺の心配を見抜き、答えた。
驚きに目を丸くしていると、涙がぽろりと零れ落ちる。

名無しさんは膝をついて、俺と視線を合わせた。
冷たく細い指の感覚が目じりの辺りにある。
指は目じりに溜まった涙を払い、頬を滑って頭の裏に回る。
優しく嗅ぎなれた香りがすぐ傍にあった。

「私が言いたいのは、何あったら頼りなさいってこと。私、そんなに信用がない?」
「…そんなことない」
「じゃあ、頼りなさい。二度とこんなことがないように。私はいつでもイタチの味方だから」

堰が壊れたように、涙が頬を伝った。
子どものように声を上げて泣いて、それでも名無しさんは嫌な顔ひとつせず、俺を抱きしめていてくれた。
prev next bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -