2.間柄
長い髪を濡らしたまま、リビングに戻ると既に朝食はできていた。
1人分と言うことは、イタチは既に実家で食べてきたのだろう。

「ありがと」
「いいえ。…最近、ちゃんと食べてます?冷蔵庫の中、寂しいにも程があるんですけど」
「買い物に行き忘れてただけよ。食べてる」


彼は私の母親か何かだろうか、普通なら教師の食生活を心配する生徒なんてありえない。

「嘘ですよね」
「…そんなことないわ」
「俺に嘘が通じると思ってます?」
「思ってない」

実際のところ、私はそこまで食事に執着がない。
出されたら食べるが、出されなければ食べない。
お腹がすいたら食べるが、すかなければ食べない。
甘いものは好きだが1人で食べるほど好きではない。
と言うわけで、ちゃんとした食事は実に1日ぶりくらいである。

ご飯(冷凍してあったのだろう、いつしたのか覚えてない)と味噌汁(たまねぎとわかめとジャガイモが入ってる)、出し巻き卵(イタチは巻ける)、野菜炒め(野菜なんてあったのか)…ちゃんとしている。
はっきり言って冷蔵庫の中は、家主である私よりもイタチのほうが使用頻度が高い気がする。

「そんな生活でよく生きていけますね」
「まあね」
「仕事もしてるのに食べないなんてありえないです」
「そう?」

人は案外食べなくても生きていける。
身体に蓄えられた栄養で1,2日は生きていけるし、1日食事を抜いても仕事はできる。
それは私が特殊なのかもしれないが、少なくとも私はこの生活でも余裕を持って生きていける。
今は、とても平和だから。

「とりあえずもう少し人間らしい生き方をしてください」
「人間らしい、ね。野宿でも始めようかしら」
「…言い方間違えました。現代に合った生活をしてください」

人間らしいというのがどういう意味だったのかは分かっていたが、冗談を言うと本気で言い直してきた。
イタチはいつだって本気だ、たまに冗談も言うけれど、大抵その冗談は脅しとして使われる。

さて、現代に合った生活とやらはどのようなものなのかぜひお聞きしたい。
ベッドで寝ることができて、好きなときにシャワーを浴びられて、のんびりできる。
これで充分だと思うのだが、イタチはこれ以上何を望むのだろう。

「だから食事をしてください。食べ物は買えばいくらでもあるでしょう?」
「買ってまで食べたいと思わない」
「だからこうして、俺が作りにきてるんじゃないですか」
「まあ、そうね」

イタチは仕事がなければ、大抵ここに来る。
私が仕事でいなくても、彼はここに来ている。
仕事が終わって帰ってくると、冷蔵庫の中に食事が入っていたりするから分かっている。

「私が自分できちんと食事をするようになったら、イタチが来る理由なくなるけど」
「…理由は他で探しますし、理由が無くても来ます」
「来ることは確定なのね」

でも、多分私が自力で食事をすることは無い。
やはり1人の食事に魅力を感じないからだ。
本当に人間としての機能がどこか欠損しているとしか思えない体たらくっぷり。
生きる気力、殆ど無いんじゃないかと思うほど。

それでもイタチは私を慕って、ここに通ってくれている。
依存症の私は、彼に依存して生きている。

「イタチはもてるのに、なんでこんな年増相手にしてるの」
「別に、好きでも嫌いでもない奴に好かれても…そもそも名無しさんは年増って年齢じゃないです」

まあ確かにまだ20代半ばだし年増というのは30代の方に失礼かもしれない。
そうとはいえ、イタチとは10近く離れているのだから、イタチから見れば随分と年増に見えるだろうに。
ずずっと行儀悪く味噌汁をすするだらしない女のどこがいいのだろう。

確かに数年前まで、私は彼の教師だったし、彼は私の生徒だった。
イタチは癖の強い子だったけれど、私に癖が無かったため丁度よく緩和されたような感じだった。
周囲はイタチを強い子だ、賢い子だ、といったが、私から見れば彼は強いが脆く、賢いが少々馬鹿だった。
不器用で周囲の期待ばかり背負ってしまう子だった。
だから私はそれをやめろといったし、もっと好き勝手すればいいといった。

…好き勝手した結果が、教師の家に入り浸り、なぜか教師の世話をする子になった。
なぜだかよく分からないが、彼は私が好きらしい。
もっと甘えてもいい、と確かに言った。
だが甘える相手は普通親じゃないのか…何故私に甘える。
甘えられれば相手はするが、それもうまくできていたかは定かではない。
だというのに、彼は甚く私を気に入り、未だに甘えてきたり、甘やかしてきたりする。
年上の面目はほぼ無い。

「ともかく、名無しさんがいやだって言うならやめますけど、そうでないなら来ますよ」
「はあ…別にいいんだけど。貴方の将来が心配だわ」
「行き遅れたら名無しさんが貰ってくれればいいと思います」
「…男性は行き遅れることは早々無いわよ」

イタチはうちはの長男なのだから、行き遅れることは早々に無いだろう。
嫌と言うほど見合いの話が来るだろうし、結婚なんてしようと思えばいくらでもできる。
ちょっと前にミコトさんのグチを聞いたが、見合いはすべて蹴っているらしい。
ミコトさんの突き刺さるような視線が痛かったから、イタチにはさっさと結婚して落ち着いて欲しい。

でも、まあイタチが結婚しないでここに来てくれることに安心する私もいるのだが。
結婚はしたくないけれどこの生活は好きだから、なんていったらきっと向こうの家からボロクソ言われるに違いない。
だから言わない、イタチが結婚してもおめでとうしか言わないだろう。
おめでとう、を笑っていえるかは、分からない。
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