26.子供
イタチの話を聞いたのは偶然だった。
そもそも私はイタチの面倒を見始める前は根で働いていた。
戦場に立っていた私にとって根での生活はそう大変なものではなかった。
感情を押し殺すことも、人を躊躇いなく殺すことも得意だったから。
何より、ご意見番たちは根のトップであるダンゾウを警戒していた。
そのため、私を利用しダンゾウの傾向を見定めていた。
三代目はそれを酷く嫌がり、私に別の任務としてイタチの面倒を見せるようになったのだ。

しかし、私には今でも根とのつながりがある。
根にいる子供たちの世話役として、時々そこに行くことがある。
ダンゾウも私のことを気に入っているのか、私が入り込んでいても気にすることはないかった。

そこで、偶然聞いてしまった会話。
ダンゾウと誰か知らない男が話をしていた。
私はもともと目が悪い代わりに耳がよかった、だから小声でも階下の声は聞こえる。

「うちはと木の葉を相打ちにさせれば、戦争を起こすのは容易い…」
「そのためにイタチに二重スパイをさせ、うちはの動向を探る」
「いいや…うちはを殲滅させたほうがいいだろう、写輪眼は死んでからでも移植ができる」

不避けた内容の話がその後も続いた。
ダンゾウはやはり木の葉を潰すつもりなのだろう、そして一緒に居た男も。
里を潰されるというのは私にとっても嫌な展開。

しかし、そんなことよりも気になったのは、イタチのこと。
この話にイタチは深く関わっている、優しいイタチは里の大多数の幸せを取った。
最近、イタチの様子がおかしかったのはこれのせいかと私は眉根を顰めた。


その日はイタチに呼ばれて、一緒に甘味を食べに行った。
イタチはその姿に似つかず甘いものが好きだ。
私は蓬餅と桜餅を頼んで、のんびり食べていた。
今日は天気がいい、庇から春の柔らかな日差しがこぼれてくる。

イタチはぼんやりしている。
普段はいやと言うほど話しかけてくるが、今日は何か考え込むように遠くを見ていた。

「…、イタチ、聞いてるの?」
「え、あ…すいません」
「貴方から呼び出しておいて…全く。何をそんなに思い悩んでいるの」

イタチがあまりにもぼんやりしていたので、声をかけた。
聞いてるも何も、私は何も話していない。
それに関して突っ込まない辺り、相当ぼんやりしていたんだろう。
呼び出したのはイタチのほうだから、きっと何か言いたいことがあるだろうと思いさりげなく話を振ってみた。

しかし、イタチは何も言わなかった。
困ったように笑って、なんでもないですと言ってのけた。
なんでもないわけがないのに、この子は何でも自分で背負い込んでしまう。
優しい子、里を守るために一人犠牲になろうとしている、優しくて愚かな子供。
その優しさが、果たして本当の優しさであるのか、まだ見当のつかない子供。
子供の癖に、大人ぶって平気ぶって嘘をついて自分すらも欺き見失ってしまう子供。

「ふぅ、私もうお腹いっぱい。これからどうする?」
「…名無しさんの家、行ってもいいですか?」

イタチの精一杯の甘えだろう。
物分りのいいイタチは私があまり他人を好まないことを知っている。
家に上げるのはごく小数だけだし、その少数の人でも断ることが多々ある。
今日だって部屋を片付けていないし、布団は干しっぱなし。
でも、今日だけは許してやろう。

「家?きても何もないけど…それでもいいなら」
「いいです、ゆっくりしたいので」
「最近イタチも引っ張りダコだからねぇ…」

何もないのは本当。
私は基本的に買いだめをしたりするタイプではないし、食事もごく少量。
泊まるといわれると非常に困る、その日暮らしタイプだ。
まあ、家には干したての布団があるから昼寝にはもってこいだろう。

イタチを置いて支払を済ませ(ここでもイタチは生意気に「誘ったのは俺だから支払う」といっていたが断った)、道へ出た。
なぜかイタチはこちらをじっと見ていて、眼が合うとふっと逸らしてしまった。
甘えたいのだろうか…今回親には頼れないから私を親代わりに見ているのかもしれない。

「イタチ、本当に疲れてるのね。ぼんやりしすぎ」
「ああ…そうかも知れませんね」
「家で寝る?布団干したばかりだし」
「それはちょっともったいないような…」
「そう?まあいいけど」

イタチは弱冠10歳にして暗部の部隊長にまで上り詰めた。
教師であった私は絶賛されたし、誇らしいことだとそういわれた。
でも私はそうは思わない。

私はイタチを里のおもちゃにさせるために育てたんじゃない、助けたんじゃない。
私はイタチに私の影を重ねて、幸せになってもらおうとしていた。
今思えばそれはとても図々しいことだ、自分の幸せは自分で掴むものなのにイタチに掴んでもらおうとしていたのだから。
しかし、最初はそう言う思いでイタチを育てた。
だから、今回のような状況になってしまったのが悔しくてたまらない。
私はイタチを苦しませるために育てたんじゃない。

平和な里で育ったのだから、もっと子供らしく甘えたっていい、わがまま言っていい。
やりたくないと駄々をこねたって構わない、機械のように上司のいうことだけを聞く子にはなってほしくなかった。
悲しいことに、蛙の子は蛙、イタチもまた私と同じように、いいやもっと酷い、そんな状況に陥ってしまった。

「名無しさん、また布団にダイブするんですか?」
「あら、悪い?あのふかふか感は干したてならではでしょ。存分に味わうべきよ」
「…俺もやろうかな」

家に着くと、私はすぐに布団を取り込んだ。
ベッドの上に2つ折にして、その上にタオルケットを置いた。
畳んでもふわふわなので殆ど折れ曲がることなく、ベッドの上に鎮座している布団。
きっと太陽の香りがするだろう。

私はいつも布団を取り込んだらすぐに、その布団にダイブする。
それが私の癖だ、柔らかい布団とベッドがあることへの幸福と感謝を噛み締めるためにそれをする。

しかし、今回普段馬鹿にするイタチが珍しく立候補をしたので、私は彼にその権利を譲った。

「やればいいじゃない。私みたいに年下に笑われるようなことがないようにね」
「ふう、これでいい。さあイタチ、先陣を切りなさい」
「いいんですか?」
「もちろん。私は大人だからね」

こんな小さな我がまましかいえないイタチ。
もちろん、滅多に言わないのだから、基本的にイタチのわがままは聞く。
許可を出すと、何の前触れもなく布団に倒れこんだ。
本当に疲れているのだろう、倒れこんで動かなかった。

私はイタチの分だけへこんだ布団に私も倒れこんだ。
布団は太陽の香りがたっぷりしみこんでいて、ふわふわだった。

「どう?中々いいもんでしょ」
「そうですね」

イタチがこちらを見たので、笑ってそういってみる。
いつもイタチは布団に飛び込む私を子供っぽいといって笑っていた、その意趣返しだ。
イタチは拗ねたのかふいっと目を逸らしてしまった。

額にかかった黒髪をそっと払っておいた。
眠いのなら寝てしまえばいい。
イタチは結局何もいわない、全部を自分で背負い込んでしまう。
少しは頼ればいいものを、全部自分でやろうとする。
だから、そのうち壊れてしまうんじゃないかと私は心配になる。

柔らかな頬、イタチはまだ若い。
これからどんなことだってできる。
今まで中々できなかった友人だって、好きな人だってできるかもしれない。
だというのに、里はその芽を潰そうとする。

そっと額にキスをして抱きしめた。
いつも私のことを子供だと馬鹿にするイタチだけど、貴方のほうが子供であるべきだった。
我慢することなんてなかった、大人になる必要なんて本当はない。

「もっとイタチは子供でいるべきよ」

本心からの言葉は空気を震わせ、イタチを震わせた。
prev next bkm
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -