25.布団
暗部になって俺に課せられた最大の任務は、里と一族のパイプラインになること。
その仕事をしながら俺は、少しでも里と一族のしがらみがなくなればいいと思っていた。
俺は木の葉の里が好きだ、確かに鬼才と言われ嫌な思いもしたが、それはごく一部。
それ以外の点では、安定した気候が生み出す自然も温厚な人々も緩やかな雰囲気も大好きだった。
なにより、一度戦場に出た経験から平和に固執するようになっていた。

あんな怖い思いはもうこりごりだし、本当は戦うのだって嫌だ。
仕事だから人を傷つけたり殺したりはする、そこは割り切っている。
平和が好きでも、仕事は仕事。
そういう犠牲の元で成り立っているということも、理解していた。

だから今回のことに関して、俺は一族と里の二重スパイとしてうまくバランスをとろうとした。
だが、それももう限界だった。
父の行動に里の上層部はいよいよ俺に極秘任務を受け渡した。

上層部からの任務内容は、うちはの抹殺。
断れば、父のクーデターにより里に争いが起こる。

「…、イタチ、聞いてるの?」
「え、あ…すいません」
「貴方から呼び出しておいて…全く。何をそんなに思い悩んでいるの」

気がつくと、名無しさんがこちらを覗きこんでいた。
額が触れるのではないかと思うほどの至近距離にぎょっとして、慌てて身を引いた。
名無しさんは手に持っていたお茶をのんびりと飲んでいた。

俺は、今起こっていることを名無しさんにいってしまおうと思って彼女を呼び出した。
普段から忙しい名無しさんを捕まえるのは難しいが、今日はあっさりと捕まってくれて、これは運命なのではないかと馬鹿げたことも考えた。
だけど、やはりいえない。

喉の辺りまで出掛かっている言葉を、団子で押し込める。
こんなに味のしない団子は初めてだった。

「ふぅ、私もうお腹いっぱい。これからどうする?」
「…名無しさんの家、行ってもいいですか?」

少し前から俺は先生のことを名前に敬称をつけて呼ぶようになった。
それは名無しさんが、先生でもないのに先生をつける必要性はない、と言い切ったからだ。
まだ言い慣れないが、名無しさんとの距離が縮まった気がして俺は嬉しかった。
そして、教師と生徒という隔てりをなくした俺たちはかなり自由な関係を持っていた。

名無しさんの家の窓はいつだって開け放してある。
冬場はさすがに窓を開けていることは少ないが、鍵は開いている。
いつでもここから入っていいよ、という意思表示だと俺は思っている。

「家?きても何もないけど…それでもいいなら」
「いいです、ゆっくりしたいので」
「最近イタチも引っ張りダコだからねぇ…」

名無しさんはそういって苦笑した。
そのまま立ち上がって、お会計をしに行こうとしたので止めて割り勘にしようといったが、却下された。
曰く、後輩は奢られときなさい、今だけだから、だそうだ。
生徒であるときから、生徒だから奢られておけといわれているのだが…いつになったら俺がお金を出す時が来るのだろうか。

そんなことを考えながら、俺は名無しさんの背中を見ていた。
華奢な肩に艶やかな黒髪が波打って乗っていて、綺麗だと思う。
言い寄ってくる下品な女たちとは違って、凛としたオーラが滲み出ていて、そこに立っているだけで雰囲気が変わる。
いつだっただろう、自分の中に燻っている名無しさんに対する思いが、思慕から愛に変わったのは。
愛なんていえた歳じゃないし、まだまだ未熟。
それでも、背中を任せられるのは名無しさんだけで、一緒にいるだけでほっとする。
言葉には中々ならない、そんな気持ちだ。

「イタチ、本当に疲れてるのね。ぼんやりしすぎ」
「ああ…そうかも知れませんね」
「家で寝る?布団干したばかりだし」
「それはちょっともったいないような…」

いつの間にか会計を終えた名無しさんが隣に立っていた。
本当にぼんやりしているようだ、名無しさんがとても遠くに居るように思えた。
不安だ、とても。

眠ってしまうのはなんだかもったいない。
折角名無しさんと2人きりなのに、話もしないで寝てしまうなんて。
名無しさんは干したての布団が大好きだ。
眠るのはそんなに好きではないといいつつも、干したての布団にダイブしてコロコロしている。
サスケとやってることが同じで、可笑しかったのを覚えている。

「そう?まあいいけど」
「名無しさん、また布団にダイブするんですか?」
「悪い?あのふかふか感は干したてならではでしょ。存分に味わうべきよ」

暗に伝えられた子供っぽいという意味を汲み取ったのか、名無しさんは開き直ったように笑った。
何も悪いことはない、大人だって子供になりたいときはあるだろう。
…俺だって、もっと子供らしくしたかった。

「…俺もやろうかな」
「やればいいじゃない。将来、私みたいに年下に笑われるようなことがないよう今のうちにね」

名無しさんは意趣返しと言わん限りに悪戯っぽく笑っていた。

家に着くと、名無しさんはさっそく布団を取り込み始めた。
ベッドの上に掛け布団を2つ折にして乗せ、その上にタオルケットを掛ける。

「ふう、これでいい。さあイタチ、先陣を切りなさい」
「いいんですか?」
「もちろん。私は大人だからね」

なんだか今日の名無しさんはやけに大人子供に拘る。
子ども扱いされるのは腹立たしいような心地よいような、よく分からない気持ちになる。

空気を含みふわふわの布団が目の前にあった。
俺の身体の重みでふわふわは大分なくなってしまったが、名無しさんは気にせず俺の隣に倒れこんだ。
布団からは日の光の匂いと名無しさんの家の洗剤の匂いがした。

「どう?中々いいもんでしょ」
「そうですね」

隣で顔だけをこちらに向けた名無しさんがニヒルに笑う。
柔らかに細められた瞳、艶やかな唇…やっぱりちょっと近い。
恥ずかしくなって目を逸らすと、額にひんやりとした指の感触があった。
指は額にかかった前髪を払い、頬へと滑る。

名無しさんは吐息がかかるくらい近くにいた。
俺の位置から見えるのは、名無しさんの鎖骨辺り。
どうしたんだろう、と見上げるように名無しさんを見ようとしたが、それは叶わなかった。
額に柔らかい感触がして、そのままぎゅっと抱きしめられる。
普段滅多にスキンシップなんてしないのに、どうして今になって。

「もっとイタチは子供でいるべきよ」

震える声で溢されたその言葉の重みは、誰よりも俺がよく分かっていた。
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