24.家
家に帰ると、母が待っていた。

「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「あら、イタチ。今日の集会のこと忘れてるんじゃないかと思ったわ」

母は父の羽織を受け取りながら、冗談っぽくそういった。
父と比べて母は柔軟な思考の持ち主で、だからこそこの家はバランスが取れているように思える。
俺は苦笑して父がいなくなるのを見計らって、母に話しかけた。

「覚えていたんだけど、寝入ってたんだ」
「全くもう、家よりも先生のところのほうが落ち着くのね」

呆れた子、と言いながらも母は笑顔だ。
何だかんだで、母は名無しさんのことを悪くは思っていない。

名無しさんには昔、うちは内部のことでお世話になった。
父はそれを後ろめたく思っているし、母は名無しさんのお陰で最小限の問題で済んだと安堵していた。
だから母は俺が名無しさんのところに入り浸っていても、そう怒ることはない。
ただ、名目上怒らざるを得ないだけだ。

「でも、今回はお父さんカンカンだから大人しくしてなさいよ」
「…分かったよ」
「あれ、兄貴。帰ってきたのか」

とはいえ、家長である父の機嫌を損ねたままにするわけにもいかず。
とりあえず数日はこちらにいないとならないだろう。
名無しさんが心配なので眷属の猫か烏を遣わせようと考えつつ、母の言葉に相槌を打つ。
そうしながら、自室に繋がる廊下を歩いていると、部屋からサスケがひょっこり顔を出した。

昨日帰ってきたであろう、サスケ。
今は名無しさんと同じ班員である。

「ああ、さっきな」
「ふぅん…」

何か言いたげだが、俺はそれを無視して部屋に入った。
悪いが、今日は相手をする気分ではない。

部屋では2匹の猫がベッドを占領していた。
両方とも黒猫で、姉妹である。
ドアが開いた音できちんと行儀良く座りなおしたほうの黒猫(もう一匹は伏せの状態でちらりとこちらを見ただけだ)が口を開いた。

「おかえりなさいにゃあ」
「ただいま、イロハ、カオル」

おかえりなさいを言ったほうがイロハ、まだ寝ているほうがカオルだ。
イロハは愛想が良く、足元に擦り寄って俺の後をついて回る。
昨日は名無しさんの所にいたので、その匂いが嫌なのだろう。
懸命に自分の匂いをつけようとしているらしい、口調が上品でもやることは猫だ。

部屋着に着替え終えた頃に、カオルがようやく起きだした。
ベッドの真ん中から気だるげに窓際に移動し、日の光を浴びている。
マイペースなことこの上ない。

それを横目に、俺は名無しさんに宛てる手紙を書いた。
そう長いものではない、ただ用件だけの手紙だ。
頻繁にあっているのだから、手紙に書くことなど多くはない。

「カオル、手紙を届けてくれないか」
「またあの人のところかにゃ?」
「そうだ」
「わかったにゃ」

普段、名無しさんに手紙を出すときに行ってくれるのはカオルだ。
面倒くさがりでマイペースなカオルだが、名無しさんはカオルのほうが好きらしい。
カオルもカオルで名無しさんのところに行くとオヤツがもらえると分かっているので、好んで行ってくれる。

名無しさんは猫も犬も鳥も…基本的には動物なら何でも好きだ。
なので、眷属である猫や烏を遣った手紙を喜ぶ。
一匹くらい飼えばいいと思うのだが、そもそも自分の生活事態危うい人が育てられるはずもなかった。
書いたばかりの手紙をカオルの首輪の鞄に入れた。
カオルは鞄が閉まっているのを確認してから、ひらりと窓際の木に飛び乗り消えた。

「…イタチさんはあの人ばっかりですにゃ」
「お前は本当に人間くさいな、イロハ」

足元にいたイロハが恨みがましそうにこちらをみて、ぼそりと呟いた。
イロハを抱き上げ、苦笑しながら喉元をかくとゴロゴロと喉を鳴らして眼を細めた。
名無しさんよりもよっぽど人間らしい、そう思った。

イロハを連れて居間に向かうと、サスケが忍具の整備をしていた。
俺が来たことに気づいたのか、サスケがこちらを見た。

「何だ、兄貴。暇してるじゃんか」
「そういう気分じゃないんだよ」
「…そーかよ」

確かに今日は仕事も無いし、呼び出しもない、集会にだけ出ればいい日だった。
俺だって遊びに(といっても甘味屋に行ったり本屋に行く程度だが)出たいところだが、今日の遅刻の一軒があるため、自主自宅謹慎をしているのだ。
サスケの面倒を見てもいいが、そんな気分でもない。
名無しさんのところに行きたいのは山々だが、そんなことをしてばれたら今度こそ家に縛り付けられる。
父の気がよくなるまでは大人しくしているのが吉だ。

とはいえ、さすがに暇だ。

「サスケ、下忍の仕事はどうだ?」
「退屈だよ。この前兄貴が来たやつはかなり凄かったけど」

サスケの実力では迷い猫の捜索やら子守やらは退屈だろう。
まあ殆どの下忍が退屈に感じるのがDランクの仕事なのだが。
この前、俺が助太刀に入った波の国での任務はランク誤差があったようなので、大変だったろうが。
…一番苦労したのは名無しさんだろう。

サスケやナルトを影からこっそり支えている人がいることをこいつは知らない。

「まあそうだろうな。班の奴はどんなかんじだ?」
「ぱっとしたのは居ないんじゃないかと思うけど。ナルトは火事場の馬鹿力、サクラとランは…あんまり。ああ、でも名無しはアドバイスが適格だった」
「へえ、名無しって黒髪のほうだっけか」
「そう」

そりゃそうだ、名無しさんは元々根っからの教師なのだから。
それにしても名無しさんはうまくやっているようだ。
特にこれといって特徴を持たれることもなく、あくまで一般のくのいちとして存在できている。

外にいるときよりも幼い口調の弟から聞かれる班の話は、面白そうの一言に尽きた。
九尾の人柱力であるナルトは、普段は馬鹿をしているようだがいざという時に役に立つ存在。
サクラは今時の女の子といったところでサスケに気があるとか…まあ、そうういうのはよくある話だ。
そして、名無しさんの評価は上々でサスケの中ではサクラよりかは上らしい。
なんとなくもやもやとした、この気持はよく分かってるからそれを包み隠して話を続けた。

「ここにいたか、イタチ」
「父上」
「父さん」

俺は父のことを父上と呼ぶ、サスケは父さんと呼ぶ。
母のことは両方とも母さんと呼んでいるから、俺が無意識に父を遠ざけているのだろうと思う。
昔のことだからもう気にしていないつもりでも、一度傷つけられたことは忘れられない。

それはさておき、父は俺を呼びにきたらしい。
サスケは少し不安そうな顔で立ち上がった俺を見ていた。
それに苦笑で返しながら、父の後を歩いた。
父は自室に向かっているようだ、自室に呼ばれるときは大抵うちはの家の関係のこと。
また何か問題が起こったのか、それとも里に持って行って欲しい意見でもあるのか。
どちらにしても面倒だ、と思いつつ父の前に座った。
父は重苦しく、口を開く。

「イタチ、火の国の姫から見合いの話が出ている」

…まだ、まだ問題が起こったとか、意見があるとかそっちのほうがよかった。
見合い、しかも国の姫君と。
聞けばその姫は上に兄がいて末娘、うちはに嫁ぐことも可能。
10年前の一件以来、うちはの権力は弱くなっている。
それを強めるには丁度いいくらいの相手だ。

とはいえ、俺はそんな見合いはしたくない。
一族は確かに大切な家族だ、だけどもう一族のために自分を殺すのはこりごりだった。

「俺に受けろというのですか」
「サスケはまだ幼い。年齢的にお前しか合う奴はいない」

半分は本当で半分は嘘だろうと俺は感じた。
サスケは年齢面では問題ないだろう、俺だってサスケくらいの歳から見合いの話は出ていた。
しかし、今のサスケは一人前には程遠い。
相手もそれを知っているからサスケに見合いの話を持ってこない。

「…見合いをするのは構いません。でも、それに対しての返事をするのは俺です。うちはじゃない」

父は渋い顔をして黙っていた。
俺の気持ちが決まっているのを父は知っている。
知っていてなお、見合いを持ってくる。

父の気持ちは分かる、うちはを建て直したいという気持ちは俺も同じ。
しかし、やり方が俺とは違う。
父は不機嫌そうに、1つ頷いた。
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